12/会話という名の尋問
──まずは水見さんだ。
「どうしたの? 急に呼び出したりして……」
「ごめん。昼ご飯、食べてる途中だったかな? メールでもよかったんだけど、顔見て話したくて……」
「えっ……と」
水見さんは俯いて視線を逸らし、顔を赤らめている。
「──あっ、ごめん! 告白とかじゃなくて!」
僕は両手を前に出し、必死に否定した。たしかにシチュエーションは告白と勘違いされてもおかしくないし、誰もいない校舎の屋上に呼び出されたら誰だって勘違いするはずだ。
「──水見さん。ちょっと確認したいことがあってここに呼び出したんだ」
僕は「言いたくなかったら話さなくてもいいから」と付け足し、彼女がいつも早い時間に登校しているのかを確認した。
それを聞くと強張らせた表情をいつもの笑顔に戻し、水見さんは首を振った。
「……うぅん。今日はたまたま。調律がズレてる家のピアノだと弾いてて気持ち悪くて。それで今朝──先生に頼んで音楽室で練習させて貰ったの」
今噛くんを驚かせちゃったみたいだけどね、と彼女は言う。
調律が必要ということは、電子ピアノではなくアップライトピアノだろうか。
どちらにしても、それは今確認することではなさそうだ。
「そうだったんだね……。ごめん、答えてくれてありがとう!」
僕がお礼を言うと、水見さんは首を傾げる。
「──それで、優くん。それがどうかしたの?」
水見さんは僕の瞳を見て、質問の意図を尋ねた。
色素の薄いライトブラウンの瞳。彼女の目はまるで、心の内を全て見透かしているようだった。
「……実は──」
下手に嘘をついても見破られると確信し、僕は正直に話すことにした。
今朝机の中に手紙が入っていたこと、そしてその内容のこと、水見さんと徹を疑っていること、その全てを話した。
「──なるほどね。……たしかに、それなら私が疑われても仕方ないよ」
でも──私はやっていない、と彼女は言った。
特に怒っている様子もなく、いつもと変わらない表情だった。
「それじゃ、私は教室に戻るね!」
僕に手を振ると、水見さんは階段を降りて教室に戻った。
──次に、徹だ。
両手をズボンのポケットに突っ込み、肩を振りながら面倒臭そうに階段を上がってきた。彼の性格的にも、下手に遠回しに聞くより単刀直入に聞く方がいいと僕は判断した。
「おぅ。なんだよ屋上なんかに呼び出して」
「うん。ごめんね、昼休み中に……」
そう言って、僕は封筒から便箋を取り出し、その手を徹の前に突き出した。
「ねぇ、徹。……これ、なんだかわかる?」
「──ん? なにそれ、プリント?」
徹は首を傾げている。
「うぅん、手紙だよ」
「マジかよ! ラブレターだったりすんの? 誰からだよ!」
はしゃぐ徹を他所に、僕は首を振った。
「いや……たぶん、脅迫状」
「……は?」
僕は彼の動向を観察する。
徹は微動だにせず、ただただ風の音だけが聞こえていた。
それはまるで、僕と徹だけが世界から剥離し、時間を止めているようだった。
──徹の目は泳いでいない。……本当に知らないのか?
しばらくすると、徹がその口を開いた。
「──脅迫状って……どんなこと書かれてんの?」
それを聞いて、僕は手紙の内容を見せた。
しかし、あまり驚いてるようには見えない。
「……随分と手の込んだメッセージだな。でもまぁ──ただのイタズラだろうし、気持ち悪ィから捨てた方がいんじゃね?」
徹は冷静に言う。普段の彼なら、こんなに冷静ではない気がする。
友人に対して疑心暗鬼な自分がなんだか情けなく思えた。
「──本当にイタズラならいいんだけど……」
そう言って、大きくため息をついた。
「で、他に聞きたいことあんのかい?」
徹の問いに、僕は首を振る。
「うぅん。徹が知らないなら──それだけ……」
申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになり、僕は俯いた。
「お前なぁ……それならメールで言えばよかったじゃんよ!」
責めることなど一切せず、いつものように僕の背中を叩きながら徹は笑った。
「……ごめん。疑って」
謝ると、彼は僕の胸を拳で軽く叩いた。
「ばーか。ダチなんだから、んなこと気にすんなって!」
徹は笑っていた。その笑顔が、逆に僕の胸を締め付ける。
「これから皆でサッカーやるけどお前もどう?」と誘われたが、昼食がまだだったのもあり断ることにした。そもそも僕は──運動というものが苦手だ。
「そっか。そんじゃ、また後でな!」
徹は手を振り、階段を駆け下りて校庭に向かった。
一人ぽつんと屋上に残され、風が僕の髪を撫でる。
フェンスで囲われた屋上は、まるで〝鳥かご〟だ。
「……ただの感傷だなぁ」
今はあの時の僕とは違う。クマバチの話を聞いて僕は変わったのだ。
だからきっと、この状況だって〝打破できると信じて行動すれば打破できる〟はずなのだ。
「──保健室の先生、元気かな」
思わず声を漏らす。
いつも僕の味方をしてくれた先生は、今は何をしているのだろう。
──先生?
空を仰ぐ。見えるのは一面の青、青、青────。
「……あ」
僕は一つだけ見逃していることがあるのに気が付く。
──美丘……先生。
今朝、上の階から美丘先生が降りてきたのを思い出した。机に封筒を入れるのが可能な人物は、水見さんや徹の他に、美丘先生も含まれることを見落としていた。
「────」
息をするのも忘れて階段に続く扉へ急ぐ。
──でも、どうやって確認する……?
階段を駆け下りながら自身に問う。相手は大人であり、教師だ。
下手に質問しても軽くあしらわれるのは目に見えている。うまく言いくるめられて、また水見さんや徹を疑うことになるかもしれない。
職員室の前に着き、扉の引き手に手を掛けると僕は唾を飲み込んだ。
──いや、待て。美丘先生にどうやって、何を聞くんだ?
職員室の中で確認すれば色々と問題が起きるはずだ。もし仮に美丘先生が犯人だったとして、他の教師にそれが知られれば逆上し、イタズラだけのつもりが傷害事件にまで発展してしまうかもしれない。
「────」
僕は引き手に掛けた手を降ろした。
こういう時こそ、冷静にならなくてはいけない。
「……とりあえず落ち着かなきゃ」
大きく深呼吸すると、気が抜けたのか腸が空腹を知らせる。
「────」
そのまま売店に向かって焼きそばパンを購入し、結局一人で昼休みを過ごした。
昼休みが終わり、午後の授業が始まる。
しかし、手紙のことが足枷となり、授業に集中することができない。
授業の間の中休みに「大丈夫?」と水見さんに聞かれたが、僕は頷くだけで言葉を交わすことを拒んでしまった。
そして一日の授業が終わって終礼が済むと、僕はそそくさと教室から出た。
「おい! ちょっと待てよ!」
その声は徹のものだ。口調からして、怒っているのが目に見えてわかる。
それもそのはずだ。昼休み以降、彼や水見さんに対して無視同然のことをしているのだから。
「待って、今噛くん! ……今日は優くんのこと、そっとしといてあげよう?」
水見さんは慌てて徹をなだめた。
「──ごめん。徹、水見さん。今日は一人で帰るから」
二人に背を向けたままそれだけ言い残し、僕は階段を降りた。
──わかってるんだ。今の僕の行動が間違っていることくらい。
校舎から出ると、頭の中は脅迫状の言葉で混沌としていた。
もう一度、スクールバッグに投げ入れた手紙を開く。
逃げているだけでは解決しない。
それなら──自分の力で解決しなくてはいけないのだ。
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