④
口元についた泡を手の甲で拭い、満足のため息をつく友人に向かって、日和はしかめ面をした。
「そこまで言ってなくても、それっぽいこと言ったじゃない。それに言動がまるで小学生の相手じゃ、そういう気持ちにもなれないし」
「でもさ、日和って手のかかる男が好きなのかなって思ったことがあるよ。透君だって――今だから言うけど――正直言うと頼りがいがなくて、日和に甘えているように見えたし。ほら、覚えてる? ゼミの発表であがっちゃった透君が教授に突っ込まれてて、どんどん負のループにはまっていくところを日和が助けたのが付き合ったきっかけじゃん。助けてくれた日和に懐いた感じ?」
「そうだったかなぁ……」
――確かに、透は不器用なところはあった。優しくてまじめだったが、その不器用さゆえに悪目立ちして、教授にいびられていたところもあり――
「……まぁ、放っとけないって思ったことはあったかもしれない」
過去を思い返し、渋々ながらも日和は認めた。
「だからその高慢男も、じつはものすごく不器用な人って感じだし、口では嫌いだと言いつつやっぱり放っておけないんじゃないかな。で、じつは心の奥底で惹かれているとか」
「それはない」
そこはきっぱりと否定した日和だったが、考えてみたら、亘が日和に恩を感じたというエピソードは透のそれと似ていなくもない。相変わらずニヤニヤしながら自分を眺める友人の態度に苛立ち、日和は不機嫌に眉を寄せた。
「どちらにしても、上司の弟なんだし。あの人に呼び出されるたびに報告するなんて面倒なことしたくないよ。だからもう、亘さんに会うつもりはない」
「それって食わず嫌いじゃない? きちんと知り合ってみると、じつはすごく相性の良い相手かもしれないし。この際、とことん付き合ってみたら? 面白いじゃん」
「面白いって……私を何だと思ってるの」
「男運がない女」
そう答えて、桃香はケラケラと笑った。普段はもう少し落ち着いた性格をしているのだが、どうやら酔いが回り始めているらしいと気づいた日和は、苦笑して海鮮サラダを口に運ぶ。
「桃香がそれを飲み終わったら、帰ろうか。あーあ。明日も仕事だー」
日和が言うと、桃香はため息をついた。
「今の仕事は楽しいしやりがいもあるけど……でもやっぱり、月曜日って一番疲れるよね」
二人は顔を見合わせ、ため息をついた。
その晩遅く、日和のもとに亘から恒例の写真が送られてきた。よりによって、自撮り写真。仔猫と顔を寄せ合っている。
もっと早くに送ってくれたら、桃香に見せることができたのに――と思ったが、べつに見せる必要なんてないんだし……と画像を閉じる。
(桃香ったら、好き放題言ってくれちゃって……)
――自分の都合などまったく考えずに振り回すだけの亘に惹かれるなんて、断じてあり得ない
そう思うが、亘だってイヤなところばかりではないということにもそれなりに気づいている。
(あの人のいいところ……仔猫に優しい。理由はどうあれ、裸で寝ていても手を出さない。捨てればいいのに律儀に傘を取っておいて返そうとしてくれたこと。腹筋。……あとは何だろう?)
帰りの電車で暇つぶしに羅列してみたが、いくら頭をひねっても、今はそれしか思い浮かばない。
(まあいいか。少なくとも、透よりは良い人だとは思うし。だからといって、特別な感情を抱くことはないけど)
桃香のせいで、さらに落ち着かない気持ちになった気がする。しかし久しぶりの親友とのおしゃべりは、心を軽くしてくれたことには違いない。
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