②
日和は言葉に詰まった。
今日は水曜日。週の半ばだし、家に帰ってテレビを観て眠るだけだから、これといった用事はない。
すると亘は鼻で笑った。
「ほら、やっぱりないんだ。だったら手伝ってくれてもいいんじゃないの?」
小ばかにしたような表情を見て、日和はとうとう口調を荒げた。
「あなたとは関係のないことだと思いますが。それにどうして、私なんですか? ほかに頼めるような友達はいないんですか?」
「いない」
――それがなにか?――と言わんばかりに亘があまりにもきっぱりと答えたから、日和は怯んだ。どうして彼は、友達がいないことをそんなに自信満々に、しかも自慢げに言っているのだろう。
(この性格なら仕方ないけど――)
亘のこの性格で、営業職などできるのだろうか。
他人事ながらだんだん心配になってきた日向は、今まで世話になってきたカラや折島の立場への気遣いもあって、仕方なく買い物に付き合うことにした。それに彼のことを知っておけば、今後どう対応していけば良いか分かるかもしれない。
「分かりました。十七時半に社を出ますので、それまで待っていただければ」
「あ、そう。――あと一時間か。なら、連絡先を教えるから終わったら電話して。外で待っているから」
亘は腕時計を確認しながらさらりと言って、背を向けた。
(……あ、そう――じゃないでしょ! ありがとう、は?)
弟が二人いて、彼らに振り回されながらもきちんと面倒を見てきた日和は、憤然として思わず注意しそうになった。
子供の頃は弟たちにもずいぶん手を焼いたが、この男はその比ではない。
(まったく。こういうことは親と姉がきちんと指導してあげるべきなのに!)
面倒な弟を自分に押し付け(られたと日和は思っている)会議室でプレゼンをしている上司を恨めしく思いながら、日和は携帯電話を取り出して嫌々ながらもアドレスを交換した。
日和がそのカフェに入るのは、その日、二度目だった。一度目は、亘のおつかいとして。
賑やかな店内の奥にある二人用テーブルで、携帯電話をいじりながら彼は待っていた。黙ってさえいれば、外見はすぶる男前なものだから、その店でも彼の存在感はずば抜けていた。探すまでもなくすぐ気づいてしまったことを悔しく思いながら、狭い座席間を縫って重い気持ちで近づいていく。
「お待たせしました。……もしかして、ここで一時間もずっと待ってたんですか? 仕事は平気なんですか?」
まだ就業時間中だと思われるのに、彼はずっとここで一時間も過ごしていたのだろうか――と不思議に思いながら尋ねると、亘は不機嫌な顔で日和を見上げた。
「今日は得意先の挨拶回りだけの予定で、訪問先も姉さんとこが最後だったから。細かい事務処理はタブレットで対応したし、帰国したばかりでまだ引っ越し作業も途中なんだ」
なぜか事細かに答えながら、亘は紙カップを手にして立ち上がった。日和には休む間を与えるつもりなどないらしい。
「……あ、そうですか」
別に飲みたいわけではなかったが、買い物に付き合ってあげるのだから、
「お疲れ様。少し休む?」
とか
「何か飲みたい?」
とか、一言くらい聞いてくれてもいいのに――と日和は少々苛立ちを覚えた。どこまでも自分本位な人のようだ。
カップを片付けた亘は、日和に声をかけるでもなくさっさと一人で外へ向かった。このまま帰ってしまおうかと思いながら、小走りに彼の後をついていく。
「――それで、どこに向かっているんですか?」
追いついた日和は、ずんずんと無言で歩いていく亘に尋ねた。
「だから、分からないから教えてくれって言ったんじゃないか」
やっと足を止めて、亘は不機嫌に振り向いた。
「だったら、勝手に進まないでくれますか? 一番近い百貨店はこっちにあるので」
日和は逆方向を指さした。
「わ……分かってるけど、こっちにもなにか面白い店があるかなと思っただけだ。でも日和が慣れた店のほうが探しやすいっていうなら、その百貨店でもいいけど」
素直に謝ればいいのに、負け惜しみを言う。性格が悪い上に、プライドも天を突く勢いで高いのだなと思い、日和はため息をついた。
それにいつの間にか、呼び捨てにされている。苗字ではなく、下の名前を。
――そんなに仲良くないよね、まだ?
やはり不愉快極まりない。
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