日和は言葉に詰まった。

 今日は水曜日。週の半ばだし、家に帰ってテレビを観て眠るだけだから、これといった用事はない。

 すると亘は鼻で笑った。

「ほら、やっぱりないんだ。だったら手伝ってくれてもいいんじゃないの?」

 小ばかにしたような表情を見て、日和はとうとう口調を荒げた。

「あなたとは関係のないことだと思いますが。それにどうして、私なんですか? ほかに頼めるような友達はいないんですか?」

「いない」

 ――それがなにか?――と言わんばかりに亘があまりにもきっぱりと答えたから、日和は怯んだ。どうして彼は、友達がいないことをそんなに自信満々に、しかも自慢げに言っているのだろう。

(この性格なら仕方ないけど――)

 亘のこの性格で、営業職などできるのだろうか。

 他人事ながらだんだん心配になってきた日向は、今まで世話になってきたカラや折島の立場への気遣いもあって、仕方なく買い物に付き合うことにした。それに彼のことを知っておけば、今後どう対応していけば良いか分かるかもしれない。

「分かりました。十七時半に社を出ますので、それまで待っていただければ」

「あ、そう。――あと一時間か。なら、連絡先を教えるから終わったら電話して。外で待っているから」

 亘は腕時計を確認しながらさらりと言って、背を向けた。

(……あ、そう――じゃないでしょ! ありがとう、は?)

 弟が二人いて、彼らに振り回されながらもきちんと面倒を見てきた日和は、憤然として思わず注意しそうになった。

 子供の頃は弟たちにもずいぶん手を焼いたが、この男はその比ではない。 

(まったく。こういうことは親と姉がきちんと指導してあげるべきなのに!)

 面倒な弟を自分に押し付け(られたと日和は思っている)会議室でプレゼンをしている上司を恨めしく思いながら、日和は携帯電話を取り出して嫌々ながらもアドレスを交換した。



 日和がそのカフェに入るのは、その日、二度目だった。一度目は、亘のおつかいとして。

 賑やかな店内の奥にある二人用テーブルで、携帯電話をいじりながら彼は待っていた。黙ってさえいれば、外見はすぶる男前なものだから、その店でも彼の存在感はずば抜けていた。探すまでもなくすぐ気づいてしまったことを悔しく思いながら、狭い座席間を縫って重い気持ちで近づいていく。

「お待たせしました。……もしかして、ここで一時間もずっと待ってたんですか? 仕事は平気なんですか?」

 まだ就業時間中だと思われるのに、彼はずっとここで一時間も過ごしていたのだろうか――と不思議に思いながら尋ねると、亘は不機嫌な顔で日和を見上げた。

「今日は得意先の挨拶回りだけの予定で、訪問先も姉さんとこが最後だったから。細かい事務処理はタブレットで対応したし、帰国したばかりでまだ引っ越し作業も途中なんだ」

 なぜか事細かに答えながら、亘は紙カップを手にして立ち上がった。日和には休む間を与えるつもりなどないらしい。

「……あ、そうですか」

 別に飲みたいわけではなかったが、買い物に付き合ってあげるのだから、

「お疲れ様。少し休む?」

とか

「何か飲みたい?」

とか、一言くらい聞いてくれてもいいのに――と日和は少々苛立ちを覚えた。どこまでも自分本位な人のようだ。


 カップを片付けた亘は、日和に声をかけるでもなくさっさと一人で外へ向かった。このまま帰ってしまおうかと思いながら、小走りに彼の後をついていく。

「――それで、どこに向かっているんですか?」

 追いついた日和は、ずんずんと無言で歩いていく亘に尋ねた。

「だから、分からないから教えてくれって言ったんじゃないか」

 やっと足を止めて、亘は不機嫌に振り向いた。

「だったら、勝手に進まないでくれますか? 一番近い百貨店はこっちにあるので」

 日和は逆方向を指さした。

「わ……分かってるけど、こっちにもなにか面白い店があるかなと思っただけだ。でも日和が慣れた店のほうが探しやすいっていうなら、その百貨店でもいいけど」

 素直に謝ればいいのに、負け惜しみを言う。性格が悪い上に、プライドも天を突く勢いで高いのだなと思い、日和はため息をついた。

 それにいつの間にか、呼び捨てにされている。苗字ではなく、下の名前を。

 ――そんなに仲良くないよね、まだ? 

 やはり不愉快極まりない。

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