軋む⑥
「うーん……。別に苦手ではないかな。お父さん、優しいし」
「夏海ちゃんらしいな。そういうとこ、ちっとも変わらない」
嬉しそうに微笑む陸を、夏海は戸惑いながら見上げた。
「そう? 真澄ちゃんには、優柔不断だって怒られることもあるけど」
そう言って夏海が肩をすくめると、陸の表情が陰った。
「ああ、確かに。この間の、あの……一緒にいた男。あれからどうなった?」
「男って……ああ、城田君のことかな」
思い出したくないのに――と、夏海は顔をこわばらせた。
いずれにしても、乱暴にファーストキスを奪われたことは、忘れようとしても忘れられるものではないが。
「別にどうもなってないよ。一緒に帰るのは止めようって言ったし、クラスも別だから顔を合わせたとしてもすれ違う程度かな」
「ふーん。そっか。別のクラスなのに、どうして一緒に帰ることになったの?」
「それは……一緒に帰ろうって言われたから」
「なんでその城田って奴は、一緒に帰ろうって誘ったんだろう? そんなに親しくないのなら、夏海ちゃんはどうして同意したのかな」
陸の責めるような口調に、夏海は怯んだ。
――さっきまでいつもの優しい陸だったのに、なぜそんなに怒った顔をしているのだろうか。
「な……なんかね、人生初の告白をされたんだけど、付き合うって良く分からないし、断ったの。そしたら友達としてでいいから、一緒に帰ろうって言われたんだけど……」
あの時は驚きが大き過ぎて、事の経緯を詳細まで覚えていない。夏海は自信なさげな口調で簡単に説明した。
「告白? 夏海ちゃんに? あの男が?」
陸の顔がひきつる。
その反応を見て、自分が男性から告白されることがそんなに意外なことなのだろうかと思い、夏海は傷ついた。
――確かに、私はもてるほうではない。
どこに行っても大人気の陸に比べれば、すごく地味な存在だ。それは自分でも十分に承知しているし、学年のアイドル的存在の男子に告白されるなんてありえないと思う。
それでも陸の反応が、小さな棘のように夏海の心をちくちくと差す。
「意外だろうけど、そうなの。ほんと、私も最初は聞き間違いかと思った。こんな地味な子を好きになるなんて、信じられないでしょ?」
答えながら、夏海はひきつった笑みを浮かべた。
「いや、べつに意外ってわけじゃなくて――」
夏海が傷ついたことに気づいた陸が慌てて取り繕おうとしたとき、廊下の先から鼻にかかった甘い声が響いた。
「陸くん! 早く戻ってきて。そろそろケーキの時間だよ」
誕生会の間、ずっと陸の隣に張り付いていた綾乃の声だった。
「ああ、ごめん。今行くよ」
陸が答えると、綾乃は階段を駆けのぼってきた。
彼の腕に自分の腕を絡ませて、甘えるように引っ張る。横目でちらりと夏海を見た彼女は、意地悪な、そして挑戦的な目をしていた。
見た目だけならふわふわとした、小動物のような綾乃。肌は透けるように白く、ぽってりとした赤い唇もかわいらしい。
(礼香ちゃんとか、綾乃さんみたいな子に囲まれていれば、そりゃあ私なんて地味に見えるんだろうし。私に告白する人がいるなんて信じられないんだろうけど……)
そうは思うが、どうしても先ほどの陸の反応が引っかかって仕方がない。それに、目の前でこれ見よがしに陸にべたべたしている綾乃の姿を見ていると、嫌な気分になる。
広いリビングに入っていくと、礼香が夏海に向かって手を振り、自分と真澄の間に座るよう合図した。手を振り返し、夏海は疲れた笑顔を見せて二人のもとへ向かう。
礼香はフレンドリーで親切だと思うが、いつも人を観察するような目をしていて、何を考えているのかよく分からない。真澄とはまた違った押しの強さも苦手に感じる。
いつも、そばにいて 八柳 梨子 @yanagin
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