軋む⑤

「ああ、これ。このあいだ、駅前の雑貨屋で見つけて買ったんだ。ジョンに似合いそうだなと思って」


 そう言って陸が差し出したのは、本革の真っ赤な首輪。名入れプレートがついていて、肉球を象ったクリップライトもついている。


「かわいい! でも高かったんじゃない?」


 ライトも合わせれば、数千円になるのではないか。そう考えて受け取るのをためらった夏海に、陸は笑顔を向ける。


「平気、平気。母さんにもらってずっと使わずにいた商品券で買ったから。俺の財布は痛めていないよ。もうすぐジョンの誕生日だし。プレゼント」


「そうなの? じゃあ――ありがとう。帰ったら早速つけるね」


「うん。そのうち、また一緒に散歩したいな。ジョンとは垣根越しの逢瀬を楽しんでいるんだけど、やっぱりタックルしてもらいたいし」


「だね。私じゃ物足りないみたい。すぐへこたれるから。――でも最近、少し大人しくなってきたな。もう八歳になるから……そろそろおじいちゃん?」



「犬の八歳は、人間なら四十代後半じゃないかな」


「え、そうなの? ジョンはおじいちゃんというより、オヤジ? ……お父さんと同じくらいってこと?」


 父親とジョンを重ねたとたん笑いのツボに入り、もらった首輪を握りしめてクスクス笑い始めた夏海を、陸は愛おしむような目で見つめている。


 しかしふいにドアが2度、強くノックされ、陸は我に返った。



「陸、お客様を放っといちゃだめじゃない。――あら、夏海ちゃんと一緒だったの?」


 ノックの直後にドアが開き、陸の母親が入ってきた。


「あ……ごめんなさい。すぐに戻ります」


 陸の母親から責めるような視線を向けられ、夏海は慌てて部屋を出ようとした。しかし途中で振り向き、


「陸君、ジョンのプレゼントありがとう」


と改めて礼を言う。


「いいんだ。ジョンも俺の幼馴染のようなもんだし。うちはペットを飼えないしね」


「ママは動物が苦手なんだから、仕方がないでしょう?」


 陸の母親は、きれいに整えられた眉を上品にひそめた。


「うん。だから俺は、ジョンと遊びたかったんだよ。中学受験のおかげでそれもあまりできなくなったし、学校も遠いから、散歩にも付き合えないし。だから誕生日プレゼントをあげようと思っただけなんだけど。何か問題でも?」


 母親に対する陸の挑戦的な口調に驚いた夏海は、ドアの前に立ったまま、呆然として二人の顔を見比べていた。


「問題があるなんて言ってないでしょう? ただ、せっかくいらしたお友達を放っとくなんて失礼じゃない? って思っただけで」


「ほんの数分じゃないか。大げさだな。すぐに戻るよ」


 能面のように表情のない顔をした陸は母親の横を通り過ぎ、廊下に出た夏海と肩を並べて振り返る。


「母さんも、早く俺の部屋から出てくれないかな」


 一瞬、母親の顔が険しく歪んだ。しかし次の瞬間には、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。


「はい、はい。すぐに出ますよ」


 先に立って階下へ戻る母親の背後で、夏海は陸に耳打ちした。


「もしかして陸くん、反抗期ってやつ?」


 すると陸は苦笑した。


「まぁ――いろいろあってね。反抗期っていえば、そんな感じなのかな」


「そっか。びっくりしちゃった、お母さんにあんな態度を取るなんて」


「そう? いつもあんな感じだよ。夏海ちゃんは? 親がうざいとか思ったりする?」


「私は別に……。お母さんが多少口うるさいなと思う時はあるけど、口答えしたって何も変わらないし」


 穏やかな性格の夏海は、口では母親に絶対勝てない、という諦めもあった。


「お父さんは? 女子って父親が苦手になる子って多いだろ?」


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