軋む④

「放っといてるつもりなんてないよ。夏海ちゃんがずっと真澄ちゃんと一緒にいたから――」


 そう言いかけた陸の表情が、一瞬固くなった。が、すぐに笑顔に変わる。


「そんなに話せなかったけど、この間、偶然に会ったしね。それで……あれからは一人で帰ってるの?」


 夏海は変な汗が噴き出してきたのを感じながら、首を横に振った。


「ううん。真澄ちゃんと一緒」


 夏海の返答に、陸は安心したように微笑んだ。


「そっか」


 そんな二人を見比べていた綾乃が、鼻にかかった甘い声で陸に話しかけた。


「ねえ、この子、誰?」


 その後夏海を見上げた目に、敵意が宿っている。その顔にかつて意地悪をしてきた梨緒の顔がだぶり、夏海はうろたえた。


「夏海ちゃんは、俺の幼馴染だよ。隣に住んでるんだ」


 陸が答えると、綾乃は夏海の頭のてっぺんからつま先まで、値踏みするような目で見下ろした。そして軽く顎を揚げ、余裕の笑みを浮かべる。自分のほうが上だと判断したらしい。


「ふうーん」


 そして夏海に見せつけるかのように、陸にさらに身を寄せた。


「小さい頃の陸くんって、どんな感じだったの?」


 綾乃が夏海に尋ねると、陸はさりげなく彼女の腕から逃れ、立ち上がった。


「ちょっとごめん。夏海ちゃん、ジョンにプレゼントがあるんだ。渡したいんだけど、一緒に来てくれるかな」


「……ジョンに?」


 誕生会が終わってからでもいいのに――と不思議に感じつつ、しかし綾乃から離れたことを嬉しく思いながら、夏海は陸の後について彼の部屋へ向かう。


********


「この部屋に来るの、すっごく久しぶりだよね」


 幼い頃とはずいぶん雰囲気の変わった陸の部屋を、夏海はしみじみとした様子で見回した。


 ――ここに入ったのは、小学3年生以来だろうか。塾に通うようになってから、ここにはあまり来なくなっていた。


 というより、誕生会やそういったイベント時のみになっていた。勉強の邪魔をしないようにと、陸の母親に釘を刺されていたから、というのが大きな理由だ。


「夏海ちゃん、いつも陸と仲良くしてくれてありがとう。でも陸は将来病院を継ぐことが決まっているから、経営者にふさわしい人物になるために、今はいっぱい勉強しなくちゃいけないの。だからこれからは、遊びに誘うのは少し控えてね」


 一緒にジョンの散歩に行こうと誘いに行った夏海に、陸の母親が柔和な笑顔を浮かべてそう告げた。が、目がまったく笑っていないことに気づき、夏海は怯えてしまった。


「……ご、ごめんなさい……」


 自分が陸の邪魔をしているのだろうか。そう感じて謝った夏海を、彼の母親は哀れんでいるかのような視線で見下ろした。


「ううん、謝らなくていいのよ。空いてる時間があれば、これまで通り遊んであげてちょうだい」


 しかし子供が遊べる明るい時間帯では、陸に空いてる時間なんてまったくなかった。


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