軋む②

「ねえ、夏海はどうなの? 陸くんに虫がついちゃってもいいの?」


「え? 虫?」


「うん。あの子みたいな、陸くん狙いの子」


「いいも悪いも……陸くんがいいなら、それでいいんじゃないかな。私が口を出すようなことじゃないし」


 心の奥に針で刺されたような痛みがチクリと走ったが、夏海はそれを無視した。


「そうなの? そうは見えないけどな」


 真澄は夏海の顔を覗き込み、表情を観察しようとじっと見つめた。


「……止めてよ。なんでいつもそういうことを言うの?」


 夏海は俯き、表情を見られまいとする。


「だって小学校の時から、陸くんも夏海もお互いを意識しているようにしか見えなかったし。他の子に対する態度とぜんぜん違ってたじゃない? だから梨緒だって、特別夏海を敵視してたわけだし」


「それは……」


 遊びに来たいという彼女の頼みを断ったからだと思う、と言いかけた夏海の肩を、誰かがポンと叩いた。


           


「こんにちは。あなた、もしかして陸くんの幼馴染の人?」


 夏海が振り向くと、さらさらの長い黒髪、切れ長の瞳の少女が立っていた。背は高く、大人っぽい雰囲気で、夏海達とは同い年に見えないほど。


「ああ、はい。そうです」


 なぜか夏海は敬語になる。


「あなたは? 陸くんのクラスメートかなにか?」


 負けじと間に入ったのは、真澄だった。


「うん。二年になってすぐ席が隣になったから、何となく仲良くなって。それで誕生会にも呼ばれたの。隣に住んでる幼馴染の子も来るって聞いてたから、もしかして……って思って。あ、私は桜田礼香。よろしくね」


「私は真澄、この子は夏海。よろしくね。――で、あの子もそうなの?」


 真澄の視線を追った大人びた少女は、ふっと鼻で笑った。


「ああ、綾乃のこと? あの子は一年のときから陸くんと同じクラスで、二年になってからは一緒に学級委員をやってるんだけど――まぁ分かるよね、彼の近くにいたくて立候補したってことは」


 すると真澄もにやりと笑う。


「ちょうど分かりやすい子だなって話してたとこ。陸くんは彼女のこと、どう思ってるの?」


 どうやら真澄は、礼香を気に入ったらしい。あっという間に親し気な雰囲気になった二人を、夏海は羨ましく思った。人見知りな夏海はまだ、礼香に対して緊張している。


「まぁ好かれているんだから悪い気はしないだろうけど、でも少しうざったいんじゃないかな。ほら、あの子って妙にべたべたするじゃない? 相手が陸くんだと急に声色も変わってこれみよがしだし……」


「だよねー」


 相槌を打つ真澄の少し後ろで、夏海は顔をこわばらせた。


 ――幼馴染の自分より、礼香という少女のほうが今の陸を知っている。


 そう思い、胸の中にもやもやとした嫌なものが広がっていくのを感じていたのだった。


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