軋む①

「えーと……だから、私と城田くんが――あ、さっき帰った子ね――付き合ってるとかなんとか、そういう噂」


 遠慮がちに説明する夏海を、陸は右眉を上げたまま冷ややかな視線で見下ろす。


「俺たちは家が隣だったけど、あいつは逆方向に帰っていったみたいだし。わざわざ遠回りして一緒に帰るんなら、当然そういう噂も立つんじゃない?」


「あ……うん。そうだね。ごめん」


「なんで夏海ちゃんが謝るの?」


 今では不機嫌なことを隠そうともしない低い声で尋ねられ、夏海は泣きそうになった。


 ファーストキスを奪われた上、陸には責められるような目で見られている。


「だって今日、真澄ちゃんに怒られたし……それに、陸くんも怒ってるみたいだから」


「――怒ってなんか、ないよ」


 涙目の夏海を見て、陸は気持ちを落ち着けようとするかのように、深く息を吐いた。そして、見慣れた笑顔を浮かべる。


「ただ、夏海ちゃんって誤解されやすいっていうか……いつも誰かにいじめられてる気がして。幼馴染としては、心配なだけ」


「……そっか。ありがと。でも、心配しなくても大丈夫。城田くんには、明日からは一緒に帰れないってちゃんと言ったから。だから――」


 話していたら、夏海の切れた唇が、ジンジンと痛んだ。おかげでキスされたときの感触が蘇る。


「だから、もう変な噂は立たないと思うから。……あ、ジョンが呼んでる。散歩に連れていかないと。じゃ、またね」


 なんとか堪えていた涙が溢れそうになり、夏海は慌てて家へと駆けだした。その背を、陸の声が追いかける。


「8月3日は空けといてよ」


「分かってる!」


 振り返らずに、夏海は返事をした。


 8月3日は、陸の誕生日。


 毎年、彼の家で誕生日パーティが開かれる。彼が引っ越してきたその年から、夏海は毎年欠かさずに参加していた。


 ――夏休みに入って一週間ほど過ぎた、8月3日。


 陸の誕生会は、11時から始まった。


 同じ小学校に通っていたときは会話はなくても見知った顔が多かったのだが、今年は陸の中学の友人が多く、夏海の友人といえば真澄だけ。人見知りの夏海は、陸を囲む新しい面々の輪に入れず、真澄に寄り添うように立っていた。


「今年は知らない子ばっかだね」


 真澄の言葉に、夏海は寂しそうな笑みを返した。


「陸君はどこに行っても人気者だね」


 それに今までは、男子が大半を占めていた。が、今年は女子の比率が増え、陸を囲んで黄色い声を上げている。


 中でも小柄で色白な少女は、陸のそばから離れようとしなかった。テーブルでもつねに彼の隣に陣取り、ほかの女子を寄せ付けまいとしている。


「あの子、陸くん狙いだね。分かりやすすぎ」


 苦笑しながら言う真澄に、夏海はぼんやりと頷いた。


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