育まれる想い⑥
「じゃあ、俺から巻き上げた文房具はもう捨てられたんだろうな」
中学に上がってしばらくすると、陸は「僕」ではなく「俺」というようになっていた。背もずいぶん伸びて、当時はほとんど同じだった身長が、今は頭一つ分は高くなっている。
夕日をバックに立っている彼がなんだか眩しくて、夏海は目をすがめた。
「消しゴムの欠片、いっぱい取られたもんね」
「返ってくるとは思っていなかったからまるっと一個は渡さなかったし、別にいいんだけど。断るのが面倒だから、言われれば渡していただけだったしね。だけど、そのせいで夏海ちゃんが――」
言いかけた言葉を濁した陸の表情が、暗く沈んだ。
「別にいいよ。もう過ぎたことだし、あのおかげで少し強くなったような気がする」
「――なら、いいんだけど」
ひとつため息をつき、陸は歩き出した。するとジョンも彼のあとを追い、尻尾を大きく振りながら歩き出す。
出会った頃は子犬だったジョンも、二人が中学一年生になった今、7歳になっていた。
「それで――今の中学では、梨緒ちゃんみたいな人はいないの?」
歯切れ悪く尋ねる夏海を、陸が振り返る。
「いないよ」
「でも陸君、もてるから」
小学校では学校で一番と言っていいほど目立つ存在だった。あの頃より顔立ちは精悍になり、背も伸びた彼は、気兼ねなく遊んでいた頃より少しだけ距離を感じる。
「そんなことないよ。この辺では大きな病院の院長の孫だから注目を浴びていただけで、今の中学では知名度もないし。夏海ちゃんは? ――好きな人とか、できた?」
一瞬躊躇する様子を見せてから、陸が問い返す。
「うーん――特にいないかな」
夏海の心の中につねにいるのは陸だが、それがいわゆる恋だということを、彼女はまだ自覚していなかった。
幼馴染とまったく会えない寂しさから、彼のことを考えている。――その時はただそう思っていた。
二年生になると、さらに夏海と陸が顔を合わせる機会は減っていった。
隣に住んでいるというのに、陸がどんどん遠くへ行ってしまうように感じて、夏海は隣家を眺めてはため息をつく。
――そんなある日のこと。
夏休みに入る直前、期末テストを終えた後のことだった。
「笹谷、呼んでるよ」
昼休みに友人とおしゃべりをしていた夏海に、クラスの男子が入口から大声で話しかけた。
「誰が?」
「C組の城田」
少し考え込んだ夏海だったが、数秒後には思い出し、目を見開いた。
「城田くんって――サッカー部の? 広岡くんじゃなくて? なんだろ」
彼の友人である広岡とは学級委員つながりで、用事があって何度か彼を呼び出してもらうために城田に話しかけたことはある。しかし個人的な会話は交わしたことがない。
「城田って、あのイケメン? 夏海も隅に置けないなぁ」
二年になってから友人になった彩からからかいの言葉を投げかけられ、夏海は
「あるわけないでしょ。とりあえず話を聞いてみる」
と返して苦笑し、扉へと向かう。
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