育まれる想い⑤
夏休みも終わりに近づいたある日の夕方、夏海が犬の散歩をしていると、帰宅途中の陸にばったり会った。
肩を並べて歩きながら、陸が質問する。
「夏海ちゃんはやっぱりこのまま公立に進むの?」
「うん。地元の中学に行く」
「そうなんだ。じゃあ中学生になったら、一緒に登校できなくなるね。――合格できたらの話だけど」
「陸くんなら大丈夫だよ! ――頑張ってほしいけど、でも別の学校になるのはやっぱり寂しいな」
「僕も。でも隣に住んでいるんだし、いつでも会える」
陸は自分に言い聞かせるように、そう答えた。
その中学は大学までの一貫校で、付属幼稚園から通っている児童も多い、かなりの難関校だった。もともと成績の良い陸でも、死にもの狂いで勉強しなくては到底合格できないレベルだった。
一月の受験当日まで、陸は目が覚めている間はつねに教材とにらみ合う日々を送った。結果、見事合格。夏海と陸は、四月からは別々の中学に通うことになった。
陸は隣だからいつでも会えると言っていたが、彼が通う中学は電車で三十分の距離にあった。夏海より早く家を出て、帰宅後は成績をキープするため塾のほか家庭教師も雇い入れ、土日はテニス部の練習で家を留守にしている。そうそう顔を合わせることもなくなった。
一方夏海は、真澄に誘われるままにバスケ部に入部した。人見知りではあったが、同じ小学出身の生徒が半数を占めていたから、小学の時ほど物怖じすることもない。
あの梨緒も同じ中学だったが、陸が釘を刺して以来は何も言ってこなかったし、他に夢中になる相手を見つけたらしく、彼女の視界に夏海は入っていないようだった。
ということで気配は感じても以前のように会話を交わすことはできなくなった二人だったが、早く帰宅した夏海が犬の散歩をしているとき、ほんの稀に陸の下校時に遭遇することもある。そんなときは家に向かう道すがら、お互いの学校について遠慮がちに語り合った。
もうすぐ夏休みを迎えようとしていた7月のある日。
犬の散歩をしていた夏海は、背後から声をかけられて振り向いた。
「久しぶり。元気?」
陸だった。夏海の姿を見て走ってきたらしく、軽く息を切らしている。
「陸くん! 久しぶりだね。――相変わらず、勉強は大変?」
ジョンのリードを引きながら夏海が質問すると、陸はしゃがんで犬の頭を撫でながら答える。
「まぁ、それなりに。でも楽しいよ。夏海ちゃんは? 梨緒ちゃんにいじめられたりしてない?」
「ぜんぜん。梨緒ちゃんは今一つ上の先輩に夢中だし。さすがに先輩の女子にいじわるはできないから、遠くから睨んでるだけみたい」
夏海の言葉に、陸は軽く笑い声を上げて立ち上がった。
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