育まれる想い④
席について小さくなっている夏海に気づいた彼は、彼女のもとへまっすぐやってきた。
「もう大丈夫だよ。梨緒ちゃんにははっきり言ったから」
「え? なにを?」
動揺のあまり、夏海の手の平に汗がにじむ。
「梨緒ちゃんにいじめられてたんだろう? 僕にも相談してくれれば良かったのに」
夏海に対しても怒っているように、陸は睨みつける。その後ろで真澄が手を合わせ、『ごめん』と声に出さずに謝罪している。
(真澄ちゃんが言っちゃったのかぁ)
そう気づいたとたん、今度は夏海の顔が恐怖に歪む。
(ということは、梨緒ちゃんに直接何か言っちゃったってこと? ――これまでよりひどいことをされるかもしれない)
夏海の表情に何を感じたのか、陸は決然とした表情で頷いた。
「大丈夫。夏海ちゃんをいじめたら、梨緒ちゃんとはもう二度と話さないって宣言したから」
「え? でも、そこまで言わなくても――」
喜ぶどころかかえってオドオドして見える夏海に、陸は驚いたようだ。
「どうして? 梨緒ちゃんとは別に友達じゃないんでしょ?」
「でも――」
むしろ、これからのほうが怖い。しかし夏海のために行動を起こした陸に対して、そんなことを言うことはできなかった。
「いいんだよ。だって僕は梨緒ちゃんより夏海ちゃんのほうが大事なんだから」
自分に気を使っているのだと思った陸が勢い込んでそう言った直後、彼の顔が一気に紅潮した。
★
「お――幼馴染だもんね、私たち」
つられて頬を染めながら夏海が言うと、陸はコクコクと何度も頷いた。
「うん。五つのときからだから――もう7年の付き合いだよ。幼馴染のほうが大事に決まってる」
ぎこちない二人を見比べていた真澄が、にんまりとした。
「それだけなのかなあ?」
「もちろん!」
二人が声を揃えて即答すると、真澄はこらえきれずに吹きだした。
「だよね、きっとそうなんだよね」
陸が釘を刺したことが功を奏したのか、その日から表立って梨緒の嫌がらせはなくなった。
ときどき文房具がなくなったり、ノートが破れたり、知らぬ間に体操着にマジックのシミがついていたりしたときは梨緒を疑いそうになったものの、証拠がないし、直接きついことを言われるよりはましだ。
そう思った夏海は真澄にも相談せず、ずっと自分の心の中にしまい、気にしないよう努力をしていた。
***********
私立中学への進学を希望していた陸は、それまで家庭教師だったところを、四年生の頃から塾に通っていた。六年生になるとさらに塾の授業が増えたらしく、平日は下校後に姿を見かけることもなくなった。
夏休みに入っても、陸は連日のように塾に通っている。
以前のように気軽に遊べなくなったことを寂しく思いながら、夏海は幼い頃のように窓からときどき陸の家を眺めていた。
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