隣のセレブ④

 天気の良い日は毎日窓から陸の姿を見ていたおかげか、すでに夏海の警戒心は薄らいでいた。ただ、自分から声をかける勇気がなかっただけだ。


 夏海は窓を開け、遠慮がちに質問する。



「ジョンも連れていっていい? あなたのおうちでウンチしたら、ちゃんと片付けるから」


「いいよ。僕もジョンと遊びたいし」


 少年が頷くと、夏海は上着を着ながらキッチンで雑誌を見ている母親に向かって報告する。


「お母さん、ジョンと一緒に外で遊んでくる!」


「車に気を付けて。あまり遅くならないでよ。日が落ちる前に帰ってきてね」


「はーい。いってきまーす」



 いつもと同じ台詞を返す母親に元気よく返事をした夏海は、リードを引っ張るジョンに負けないように走りながら、陸の待つ隣家の庭へと向かった。





「僕、夏海ちゃんに嫌われているのかと思った」


 かわりばんこで滑り台を滑っている途中、内緒話をするかのように陸が夏海の耳に唇を寄せ、小さな声でそう言った。


「どうして? 嫌ってなんかないよ」


 驚いたように目を見張る夏海に、陸は困ったような笑みを浮かべた。


「だってずーっと僕のこと、睨んでいたから」


「睨んでたんじゃないよ。見てただけ」


「だったら声をかけてくれればいいのに」


「だって陸くんのこと、よく知らないもん」


「僕だって夏海ちゃんのこと良く知らないから、お話したかったのに」


 なるほど! と手を叩いてから、夏海は笑顔で片手を伸ばした。


「そっか。じゃあ、今日からお友達」


 その手を握り返し、幼い二人は握手を交わした。


「うん、これからは一緒に遊ぼうね」



 こうしてやっと二人が初めて言葉を交わしたのが、出会って半年過ぎた頃。二人の関係は、この日を境にゆっくりと深まっていく。



*************



 冬の間に陸とすっかり仲良くなっていた夏海は、小学校に入学すると毎日一緒に登校するようになった。


 夏海は朝の行動が遅いから、先に支度を終えた陸が毎日迎えに来る。


 そのたび静香は階段に向かって大声で夏海の名を呼んだあと、申しわけない顔で振り向いた。



「おはよう、陸くん。ごめんね。少しだけ待って」



「おはようございます、夏海ちゃんのお母さん。大丈夫です。慣れてますから」



 そして毎日、同じセリフを繰り返していた。




 陸とは別のクラスになってがっかりした夏海だったが、運よく幼稚園で仲良くしていた女の子とは同じだったから、見慣れない子ばかりの教室の中でも、それほど緊張せずに済んだ。



 友人の真澄は、明るくて誰とでも友達になれる性格だった。自分が黙っていても、彼女は一人で楽しそうに話している。だから夏海は彼女といると、すごく楽だった。

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