隣のセレブ③
都内中心部で暮らしていた彼らは、陸の祖父が経営する総合病院の跡を継ぐため、引っ越してきたのだという。
夏海の家からは車で二十分程度かかるその病院は、この地域では一番大きな病院だった。
「通勤には少し遠いわよねぇ。どうせ土地を持ってるなら、もっと近くに家を建てれば良かったのに。あんなに豪勢な家を隣に建てられたら、うちが貧相に見えるじゃない」
夕食時、静香は夫の正孝にこぼした。
「仕方ないじゃないか。セレブと比較していたらキリがないよ。反対側の光山さんちだってうちと同じ建売だろ?
「でもほら、もう少し近くに隣より広めの空き地があったじゃない? あそこも病院名義になってたわよ」
「そこは駐車場にするって噂があるけどな。ほら、この辺も住人が増えてきたせいで、病院もいつも混雑してるだろ? 駐車場待ちも多いから、拡張するんじゃないかな」
「ふぅん。でもべつにうちの隣に来なくても・・・」
「俺だって、格差を見せつけられているようで良い気はしないが、隣に医者がいれば何かと便利かもしれないだろ? 隣のよしみで優先的に診察してもらえるかもしれないんだし」
正孝の話の途中で、急になにかを思いついたように静香の顔が輝いた。
「隣の陸君、夏海と同い年なのよね。夏海が陸くんのお嫁さんになったら、うちも門之園一族の仲間入りじゃない!」
すると正孝の表情が曇り、傍らに座って味噌汁の具をつついている娘の頭を見おろしながらつぶやいた。
「それはどうかな。夏海は婿を取ってずっとこの家で暮らしてくれればいいし、それに――」
「むしろ結婚なんてしてほしくないって思ってるんでしょ? はいはい。でも四月から同じ小学校に通うんだし、通学路も同じなんだから、子供同士は仲良くなってほしいわね。あ、夏海! 嫌いだからって人参をジョンにあげちゃだめ!」
夫をからかっていた静香だったが、味噌汁の具をつまんだ箸をこっそりテーブルの下に持っていった夏海に気づき、声を荒げた。
*************
夏海の周囲で門之園の新居が話題になったのは、ほんの一か月程度だった。
最初は異質なものに見えていた豪奢な建物は、いつの間にかそこにあって当たり前の見慣れた風景になる。
門之園も入居の挨拶に来て以来はとくに関わることもなく、道で会えば挨拶を交わす程度だった。
冬になり、ちらほら雪が降り始めたある日。
幼稚園から帰ってきた夏海は、リビングの脇の窓に置いてあるサイドチェアーに登り、ジョンを撫でながら隣の庭で遊ぶ陸を眺めていた。そんな彼女に気づいた少年は、勢いよく駆けてきて、大声で語り掛ける。
「夏海ちゃん、こんにちは。一緒に滑り台で遊ばない?」
ニット帽に耳当て、マフラー、手袋、フリースジャケットにいたるまで、この辺で売っていたり身に着けている子は見たことがない代物だった。それでも寒さに頬を赤く染め、白い息を吐き、期待に目を輝かせている少年は、ほかの子と変わりないようにも見える。
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