兵隊が来た!

 そう言ってベルンはクオの手を掴み、一目散に神殿へと駆け出した。


 ベルンはターラに、子どもたちを避難させるよう力説した。ターラは始めこそ驚いたものの、すぐにを理解して、クオたち子どもを別館の自室の方へと誘導する。


 しかし、兵隊は早かった。本館から中庭を走っている時に、銃声が聞こえた。叫び声を上げる子どももいた。我先にと逃げようとする子どもも。別館はすぐ目の前なのに、一発の銃声でパニックだ。子どもたちは逃げ惑い、そして、乗り込んできた兵士たちに捕まえられる。


 ターラは魔法で応戦した。しかし、大層な武装をした兵士たちにとって、彼女ひとりの力ではどうしようもできない。


 神殿を、中庭の芝生を兵士たちが踏みにじる。クオには悲惨な光景だった。


 一人、また一人と、子どもたちが大人に捕まる。捕まえられると首もとに注射を打たれ、そしてぐったりと静かになる。


「こっちだ!」


 立ちすくむクオの手をベルンが掴み、別館の中へ飛び込む。ターラも二人に続き、魔法を使って別館の扉を頑丈に閉じた。


 別館の中は異様に静かだった。

 もうクオとベルンと、そしてターラの三人しかいなかったから。


「こちらに」


 ターラは冷静に、かつ迅速に二人の少年と一室に逃げ込んだ。その部屋の扉も素早く魔法で固める。


「静かに……息を潜めて」


 隣で見えるターラの額は汗で光っていた。


「俺が連れてきたんだ」


 クオには言ったことがあるよね、とちらりとクオをの方に目をやる。


 ベルンはポツリポツリと語った。

 自分はスパイだと言うこと。

 魔法を使える子どもたちの噂を聞き、潜りこむ任務を与えらたこと。

 そして、双子の弟を人質に取られていること。


「弟を助けるために、俺はここに侵入したんだ。魔法を使える子どもたちを、戦争の兵器とするために」


 約束したんです。この任務が終われば弟を解放する、と。


 大人が子どもを試す。いつの時代も同じだ。失敗すれば「今の子どもは……」と見放し、成功すれば自分たちの手柄だと大きな顔をする。世代が変わっても受け継がれるサイクルは、悲しいかな、この時代にもちゃんと残っていた。


 ターラは、そんな世の中を変えようと、この神殿で子どもたちを匿っていたのだ、とベルンはようやく気がついた。


「ごめんなさい」


 しかし、今となってはどうすることもできない。


 ターラは唇を噛んでいた。そして、ベルンの手をそっと握る。ベルンもその手を払い除けることなく、そっと握り返す。


「俺が囮になります……」

「おとり?」とクオ。

「大丈夫。俺は殺されないから」


 ターラは止めなかった。見放したのではなく、彼女はを理解していたから。クオのため、そしてベルンのためにはこれが一番良い。ベルンも、ターラに視線で礼を言った。「分かってくれてありがとう」。


「もう少し早く、この神殿に来たかったです。弟と一緒に」


 そうだったら、他の子どもとも仲良くなれたの――。


 ターラはベルンの手をぎゅっと握りしめてから、そして、ゆっくりと解放した。


「クオ、こちらへ」


 ターラがクオの背中を押す。話に取り残された少年は、ただ、ぽかんと口を開けてターラとベルンを交互に見つめた。


「囮になるってどういうこと? もうベルンとは会えないの?」


 ベルンは途端に悲しくなった。

 ありがとう、クオ。俺もキラキラの星たちに囲まれて楽しかったよ。


「ベルン。行っちゃダメだよ」とクオが騒ぐ。

「君も逃げなきゃ! 僕たちと一緒に!」


 ベルンはクオを見なかった。

 ターラの腕をほどこうと、なかなか黙らないクオ。

 その時、別館の扉が壊される音が聞こえてきた。続いて、何人もの不気味な足音が聞こえてくる。


「時間がない。俺がちゃんと言います。もうここには誰もいないって……」


 ターラは口をぎゅっと締めて頷いた。それから、まだクオに向かって魔法をかける。途端に、クオはしゃべれなくなった。


 再びターラと目が合う。彼女の瞳は潤んでいた。それは怒りからではない。他の子どもたちを失ったのはお前のせいだと非難するものでもない。彼女は目の前の、小さな命を助けてやれない自分を責めているのだ。

 ベルンは、そんなターラの本当の気持ちが嬉しかった。


 2人はクローゼットに隠れた。クオは最後までこちらに手を伸ばしていた。伸ばしてくれていた。


 ため息をひとつ。そうさ、これで良いんだ。

 そして、部屋のドアが、大きな音を立てて壊された。

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