満点の星空の下で、しん――と、静かな音だけが降る夜のこと。


 クオとベルンはいつものように部屋を抜け出し、中庭に並んで座って、何千、何万の煌めく星たちを見上げていた。蝋燭がなくとも空が明るいように、言葉がなくとも心地良くいられた。


 クオといると、不思議と心が穏やかになる。ベルン自身も気づき初めていた。夜中に抜け出す理由はあった。どれだけ静かに抜き足を使っても、クオは必ずついてくる。はじめはしつこく、鬱陶しいだけだったのに。クオが特別何かをした訳でもない。しかし、ぴったり填まったパズルのピースのように、今では心にすっかり馴染んでいたのだ。

 これもクオの才能なのだろうか。それだけじゃなく、この場所のおかげもある。ベルンは、ターラに対しても、少しだけ感謝をしていた。


――

 自分でも笑ってしまうくらい可笑しなことだと思った。そして、そう考えると同時に、自分の「使命」を思い出して、胸がきゅうと痛くなる。


「わぁ、綺麗だね」

「うん」


 今宵の星は特段と美しく思えて、ベルンも素直に感動できた。これもクオといるからだろうか。彼と出会わなければ、星空に魅了されることもなかったのかもしれない、とベルンは考えてみた。


「あれ、何だろう……流れ星かな? それとも流星群?」

「違うよ。宇宙ゴミさ」


 クオが指差した闇空に、淡い緑色の光の細かな筋がいくつも見えた。現れては消え、また現れては消える。


「もう使われなくなった宇宙船の残骸だよ。バラバラになって落ちてきてるのさ。真っ暗な空の中を何十年もさ迷い、そして力尽きたんだ」


 話ながらベルンは、自分も同じではないかと思い始めて、声を落とした。真っ暗な空の中。自分だってこの世界で、この神殿で、ひとりぼっちでさ迷っている。

 でも――

 ベルンは眉を潜めながら、隣のクオの顔を見た。


「ふぅん。、周りが賑やかで良かったね!」


 ベルンは、跳び上がってしまいそうな勢いで、クオを見た。「でも」には不思議な魔力があった。たまたま重なっただけなのに、心の底にある、自分でも気づけない小さな小さな光をクオに見られてしまった気がしたのだ。


「だって、たくさんのキラキラなお星さまに囲まれて、綺麗で賑やかで、きっと楽しかったんだろうなぁ」

「そんなこと――!」


 ない――とは言えなかった。


 気がつけばベルンは立ち上がり、自室へ向かって走りはじめていた。その時、彼は思い出したのだ。決して忘れていた訳ではないのだけれど、星々の光に照らされて見えなくなっていた。自分がここに来た理由。ひどく醜い、自分の姿を。


 周りが賑やかで良かったね。

 きっと楽しかったんだろうなぁ。


 クオの言葉セリフが頭の中でリフレインする。彼は追いかけて来なかった。それで良い、それで良いんだ、とベルンはベッドの中できつく目を閉じた。


 

 朝。


 クオが目を覚ますと、上のベッドはもぬけの殻だった。

 食堂にもトイレにも、本館の教室にもいない。神殿を出てすぐに湖があり、その辺りまで探しに行ってから、事はいよいよ大きくなった。


 ベルンがいなくなった。

 聖母様にも伝えて、他の子どもたちと一緒に彼の捜索が始まった。部屋やベッドに荷物はない。手掛かりもない。クオは中庭の芝生が萎れているところを見た。昨夜、一緒に星空を眺めたところだ。


「どこに行ったの?」


 答えは風のしらべだけ。捜索は夕方まで続いた。神殿には濃い夕影が落ち、森には憂鬱な闇が蔓延しはじめた。


 みな、心配していたが、なかなか見つからない。彼の影を追うことにいよいよ疲れ始め、「今日はやめよう」と諦めの色が濃くなっていたのも事実。しかし、クオだけは諦めなかった。一人で、宵闇の森の中を探していた。時々転んでは、本当は禁じられている治癒魔法を使い、どんどん森の奥へと進んでいく。


 そんな時だった。

 湖を越えた先、朽ちた大樹の切り株の近くに、ベルンの影を見つけた。


「おーい! ベルン!!」


 クオは必死に手を降った。やっと見つけた親友だ。ベルンは呼び声に気がつくと、驚いた顔をして、口をパクパクさせている。

 そして気がついた。ベルンは一人ではないことを。誰かしら? 彼の隣に長身の、大人もいた。

 親友はその人物に慌てて何かを言ってから、こちらに向かって走ってくる。


 鬱蒼と生い茂る木々たちの間を、日中でも転びやすいのに、ベルンはするすると太い根の間を抜けて、全速力でやってくる。

 こう叫びながら――


「逃げろ! !」


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