連れられた先は、本館にある広間だった。


 高い天井にはアーチ型の大きな天窓があって、まだ緑色の落ち葉が一枚、二枚、三枚と見えた。


「みなさん揃いましたね」

「はーい!」


 そこには一緒に朝食を食べた子どもたちも皆いた。


「今日からはベルンも一緒に授業を受けます」


 一番後ろにいたベルンに向かって、子どもたちが振り向く。


「ベルン。さっきはお話を聞かせてくれてありがとう。この世界は争いでいっぱいです。貴方なら充分知っていることですが、泣いているだけでは誰も守ってくれない、そんな悲しい世界なのです」


 でも、貴方がに来れたのも何かの縁――


「ここは貴方のような、国を、家族を、居場所を失った子どもたちを守り、育てるところです」

「育てる?」

「そう……よく学び、そして強くなりなさい。そうすれば自らの力で居場所を、家族を、国を作ることだってできるのですよ」


 ターラは近くいた女の子の頭にそっと手を乗せた。


「魔法の扱い方をお教えします」


 ターラがゆっくりとこちらへ近づいてくる。ベルンは一歩だけ後退りした。


「魔法だって? この時代に、そんなおとぎ話なんてあるわけない!」

「いいえ、あります」


 空想だ。なのに、ターラの言葉に嘘の刺はまるで感じない。むしろ神秘的で神々しくて、まるで天に仕える聖母様のような雰囲気さえある 。


 ターラは膝をつき、ベルンと目線を合わせた。それから、ニコリと優しく笑う。


「よく見ていなさい」


 目をつぶり、そっと手を合わせる。そして小声で何かを呟くと、なんと合わせた両手が目映く光はじめたではないか。暖かなその光は燦々さんさんと輝き、また力強さもあった。


 にわかに信じがたい光景だった。目の前で小さな太陽が生まれた。

 ベルンは目を見開き、思わず口を開けていた。ひとりの、ただの子どもとして素直に驚き、感動し、魅了されたのだ。


「あ! 笑ってる!」


 クオに指を差される。ベルンはその時になって自分が笑っているのだと気がついて、頬をキュっと締め直した。


「みんなも見た? 僕みたいな変な笑い方だったよね」


 がらんとした広間にクオの声が響く。

 光は消え、ターラが立ち上がった。


「言い付けを守り、危険なことはしてはいけませんよ。くれぐれも用心するように」


 その日から毎日、ターラによる魔法の授業が始まった。

 

 彼女が魅せる魔法の数々は、どれもがベルンの心をくすぐった。空中歩行や治癒魔法に透明化。老人や子どもに変身したり、あるときは犬になって草原を駆け抜け、またあるときは鳥になって青空を舞う。

 ベルンは一番の新入りなのに、誰よりも魔法を早く覚え、複雑な呪文を理解していった。

 彼には魔法の才能があったのだ。

 クオや他の子どもたちをどんどんと抜かしていき、その度にベルンを羨望し、讃えた。


 相変わらずベルンの口数は少なく、自ら心を開くことは無かったけれど、月の満ち欠けが一周した頃には、才能豊な彼の周囲には常に人が集まっていた。


 クオもそのひとりだ。新入りなのに、いつの間にか自分を追い越していったベルンを、嫉妬などするはずがなく、憧れの目で見ていた。時々、彼が笑いそうになって、慌ててその不器用な笑みをしまうところも、クオはちゃんと見ていたのだ。


 クオがベルンにいちばん近い距離にいた。部屋が同じだということも理由のひとつだ。

 初日の夜のように、ベルンは何度も部屋を抜け出していた。その都度、クオが後を追った。今では、いくら息を殺して抜け出してもついてくるクオに観念してか、寝静まった神殿を共に徘徊するようになった。クオは秘密の冒険のように思えて楽しかったのだ。


 また、クオはある夜に、寝言で涙をすするベルンの声を聞いたこともあった。ベッドの上段から、板越しに聞こえてくる彼の泣き声は、普段のしかめっ面には似合わない、純粋な子どもの悲しい声色だった。

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