「いや、回収って言葉のほうが正しい」


 真っ白な鳥たちが「キュウキュウ」と鳴き、気持ち程度の小さな雲が、くっついてはちぎれてを繰り返す。

 そんな澄みわたった中庭の青空だけれど、ベルンの目には闇夜に浮かぶ黒煙にしか見えなかった。


「大人たちの支配から解放してくれたのは、同じか、それ以上の悪意ある大人たちだった……」


 ベルンがそう締め括ると同時に、隣に座るクオが突然立ち上がった。


「ありがとね、ベルン。君のことを教えてくれて。でも、もう大丈夫! ここではみんな笑えるから」


 そう言って、クオは見せたではないか。


 ベルンはさっきの話にトゲを持たせた。お前たちが呑気にお茶会なんかしている間に、俺たちみたいな悲惨な運命の子どもたちがたくさん生まれ、使われ、棄てられていく。

 そんな嫌味もしっかりと、丹念に込めて話したつもりなのに、クオという少年は、ただ笑っただけであった。


 気持ちの悪い笑顔を見せるこいつだけが阿呆なのか。しかし、他の子どもたちも、クオにつられて笑いはじめたのだ。


「クオったら……またそんな変な笑い方をして!」

「その顔、本当に面白いよ」


 やがて、子どもたちが一斉にクオを指差して笑う。当事者のクオ自信も、恥ずかしそうに上目遣いになる。


「クオも、立派になりましたね」


 ターラも、そんな様子をただただ優しく眺めているばかり。


「ベルン。ここにいる子どもたちも、あなたのような境遇ばかりよ。でも、もう安心しなさい。きっと良くなるから」


 きっと良くなるから――


 子どもたちが笑う。

 ベルンは持っていたスプーンを投げ捨て、気がつけば中庭から走り出していた。

 そして、昨夜与えられた自室のベッドに潜り込む。

 決して同情をひこうと思って語った訳ではない。しかし、この反応は彼の予想とは大きく違っていた。「境遇」だの「安心」だの、言葉だけなら誰にでも言える。


 ベルンの肩を優しく叩いたのは、クオであった。


 布団から訝しそうに顔を覗かせると、クオはまたしてもと笑った。


 その笑い顔が頭にくる。

 だからベルンは、正直に言ってやったのだ。


「俺はスパイだ! 俺が人工島のカプセルから回収されたように、お前たちを連れていくために大人たちによって送り込まれたスパイ――敵なのさ!」


 思わず唾が飛ぶ。


「正体を知ってどうだ? 俺を追放するか? お前たちみたいな平和ボケした連中なんか大っキライなんだよ」


 しかし、クオはどうだろう。

 ベルンの告白に、顔色ひとつ変えやしない。


「何か言えよこのヤロウ!」

「追放なんかしないよ」


 躍起になったベルンはクオの胸ぐらを掴む。


「スパイなのに? お前らの平和を壊す敵なのに?」

「うん、追放しない。それにここには敵はいないよ」


 だから心配しないで、とクオは優しく言った。


「大丈夫だよ。ここにいて、ターラ様の言ったことを守っていたら安心だから」


 そう言うと、クオはと跳び跳ねて、胸ぐらを掴むベルンの手をひっぺ剥がした。


「まずはじめは笑顔の練習からだね。ベルンはいっつも怖い顔だから。僕もはじめは苦手だったよ。でも大丈夫……」


 そして、クオがまたにんまり笑う。


 さっきも今も結果は同じ。ベルンは見えない鎖で縛られているような気持ちになった。

 でも、なぜだか心地よい気もする――


 その時、ターラが部屋の扉をノックした。


「クオ、それからベルンも講義室へ来なさい」

「はい!」


 元気よく返事をするクオとは違い、ベルンはキョトンとしていた。ターラと目が合う。彼女は優しく微笑んでくれた。


「ベルンは今日が始めてですね。一緒においで。



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