第17話 従妹がしたい初デート

「さあ、朝ごはんも食べたことだし、かず兄!まつりと祭りでデートしよ!」

「奉り?」

「いやただの祭り。知らないの?碧祭だよ!」

「え、ホウレンソウ?」

「それは、青野菜!」


 これ以上ボケても拾ってくれなさそうなので、端的に説明させてもらう。

 碧ヶ崎市民祭り。通称あおさい。学生にとって、夏休みではないのに伝統だからと、6月中旬に行われる年に一度のこの街最大のお祭り。


「生憎だけど、行かないよ?」

「それで、最後の花火がすごくてね、ある言い伝えが…って行かないの⁈」

「うん。病人いるし。何なら、さつきちゃんと行ってくる?」

「あ、ごめん。昭佑君とデートなんだあ。」

 踊りながら廊下を歩いて、部屋に戻って行った。


「だそうだ。残念だけど、今日は無しで。」

「ちょっと、待ってください。かず兄、テレビあるよね?」

「うん。それだけど?」

「よし、じゃあ見れるね!」

 どうやら、この祭りのクライマックスを飾る花火はTV中継する予定なんだとか。

「でも、暇だな。」


 今の時刻は8時。花火まで、それこそ12時間ある。

「では、少し出かけませんか?」

「だから、外に出られないだってば。」

「大丈夫!さつきちゃんがいるんです。」

「あれ、お義兄ちゃん出かけるの?昼過ぎに出るつもりだったし、行ってらっしゃい。」


 いきなりドアを開け、その旨だけを伝え、またドアを閉めた。まあ、本人も言っていることだし大丈夫か。


「じゃあ、行こう!」

「れっつごー!」

 まつりに言われるがままに外に出たはいいものの、果たしてどこに行くのだろうか。


「そんなの、決まってるじゃん。海だよ、う・み!」

「海?」

「夏だからね。」

「…でも、俺海パン持ってねえよ?」

「何で持ってないのよ…まあ、仕方ない。正直水着見せたいだけだし。」

「え、それなら別に家でも…?」

「それじゃあ、雰囲気が台無しでしょ!せっかくのデートだよ?」

「で、デートなのか、これって。」

「そうじゃない?あ、着いたよ。」


 結論から先に述べると、海はすでに入れる状態じゃなかった。荒れ果てていたのだ。やっぱりつながってるんだなぁ。いやな予感はしていたんだけどね。本当だよ?


「またかぁ。何か阻まれてるよね。阻止されてるよね。」

「じゃあ、水着はお預けってことで…」

「何言ってるの?見るんだよ、かず兄は。」


 そういうと彼女は、道端であるにもかかわらず、上に来ていたパーカーを脱ぎ始めた。その姿はやはり小学生ではなく、しっかりとした高校生の姿だった。


「どう、かな?」

「かわいい、と思うよ?」

「本当⁉ありがとう。」


 そもそものルックスとして、おばあちゃんが町一番の美人だったので、遺伝的に可愛いのは当然であるが。これが驚きなのだが、どうしておじいちゃん、幸助じいちゃんがあの美人さんをお嫁にできたのか不思議である。正直、小説10冊レベルの秘話があるように推測してしまう。


「そろそろお昼だし、何か食べるか?おごるよ。」

「マジ⁈じゃあ、寿司!」

「却下。」

「え~、焼き肉。」

「却下。」

「じゃあ、イタリアン。」

「決定!」


 こうして、海に一番近いイタリアンレストランを探した。今の時代、ネットを使わなくても施設は充実しており、割と簡単に見つけることができた。


「次第に、お店に行くんじゃなくてお店が来る時代が来るかもね!」

「いやあるけどね?」

 宅配サービスとか。


「何⁈時代はまた私を置いていくのか!これは非常事態だ!」

「またなら、非常じゃなくて通常だろ!」

 ひとまず、ピザからパスタから、たらふく食べた。とても美味だったと伝えたい気分だ。


「ピザじゃなくて、ピッツァね!」

「どっちでもいいわ!」

「良くないよ~意味違うし、海苔と糊くらい違うよ!」

「違いすぎだろ!片方食えなくなってるし!」

「ちゃんと注意しないと、イタリア人に怒られますよ?」

「分かったよ。ごめん、ごめん。」


「じゃあ、帰ろうか!トランプしよーよ!」

「オッケー!!」

「家までダッシュ!レディゴー!」

「いや、おかしいだろ!」

「え?レリゴーだったっけ?」

「そっちじゃなくて!」

「ありのままに生きてみたいよね。」

「何の話だ!」

「蟻のままは辛いかな~」

「だから何の話だ!」

 帰ってこーい俺の話~!


「それじゃなくて、よく食べた後で走れるなってことだよ。」

「え、そんなに辛い?」

「辛いでしょ、普通に。」

「そんなことないよ、無痛だよ。」

「俺にとっては苦痛なんだよ!」

「そう、なら私のわがままも聞いてよ?」

「なんだ?」

「腕組んで帰ろう!」


 そして、俺たちは腕を組んで帰ることになった。腕を組むなんていつぶりだろうか。その時の嬉しそうな顔は、完全に兄に甘えた妹の笑顔だった。


「あのね、私、死んだんだ。」

「…そうか。」

「あれ、リアクション薄くない?」

「ここにいるってことは、そういうことだからな。」

 2つの世界に同時にはいられない。


「そっか、知ってるんだ。やっぱりかず兄には敵わないや。」

「俺の周りは、よく死んでいるんだよ。悲しいことに。」

「ねえ、それってさ、いつごろから?」

「なんか、15年前にいろいろあったみたいなんだけど。」

「記憶ないの?」

「そうなんだよな。」

「私が死んだのって、9年前なんだ。」

 9年前というと、彼女はまだ8歳。

「どうして?」

 あまり聞いちゃいけないような気がしたが、これは聞かずにはいられない。

「簡単に言うと…事故かな?」

「そうか。」


「電車に轢かれたんだよね。線路のど真ん中に綺麗な石があってそれに惹かれて飛び出して、踏切が下りてたにもかかわらず、入っちゃって、轢かれたんだ。かず兄に見せたくて。ごめんね。」

「謝られても困るなぁ。」

「そうだよね。」

「ねえ、それってこの街で起きた事故?」

「そうだよ、丁度この踏切。」


 事故現場を見せられたところで、やはりそこには何もなく、ただあるのは、ありきたりな毎日とありふれた日常とありがたさを知らない若者たちが、踏切の前に存在するだけだった。たった一人を除いて。


「…え?冴姫ちゃん?」

「誰です?それ!もしかして、彼女ですか?!弥生さんがいるというのに!」

「いや違えよ!あのさ、先に帰っててくれないか?花火までには間に合うからさ。」

「約束ですよ?20:30からだからね⁈」

「わかったよ!」


 何となく、話さなきゃいけないと思った。河内冴姫と。

 何となく、離さないといけないと思った。大漁まつりから。

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