第13話 最下位の再会
「私、今声優をやっているんです。といっても、脇役の脇役ですけどね。でも、数回ハーレム物でヒロインを演じたことがあったの。
「それで、少しファンはいたのね。
「17の時かな、いつも通りスタジオに行くために電車に乗っていたら、痴漢にあったの。初めてだったから怖くて怖くて仕方なかった。
「その時、助けてくれたのは、干支君だよ?」
…え?どうして同じ電車に乗っていたのか不思議だし、第一そんなことがあったかさえ覚えてない。
「確か、まだその時は面識がなかったと思う。私が困っていた時に、狭い満員電車の中で小さな体をうまく使って中に入って、その人の手に嚙みついてくれたんだよ。
「その後もしっかりその手を離さずに、『触っちゃだめだよ!』って、何度も何度も叫んでくれたよ。その時、かっこいいなあって思っててずっと記憶にあるんだよ。
「もし、いなかったらずっと我慢する羽目になったから。そういう意味では命の恩人だと、思っているよ?」
ありがたい話だけど、命を助けてはいないような…まあ、人の善意を無下にするつもりは毛頭ないのでありがたく頂く。
「その後、ハーレム物でヒロインを演じるようになって、徐々にファンも増えて、一生を共にしたいと思う人もできて、順風満帆だったの。それでね、結婚を発表したら、事態が一変して。もちろん会社にも言ったし、仲のいい声優仲間にも言っていたんだけど、ファンに何も言ってなくて。いきなり発表という形になったから、やっぱり反感があってさ。」
「でも、そんなのってあんまりじゃないですか?咲楽さんだって、人間なんですから。」
黙って聞いていた弥生さんが、ようやく口を開けた。
「そうなんだけどね。やっぱりタイミングが良くなかったのかな。
「そこから、どんどんエスカレートして、ブログに悪口とか、家の特定とか。
「だから、この家に引っ越したの。だけどね…
「この家も特定されちゃって…毎日のようにピンポンダッシュがあって、精神的にもおかしくなってきちゃって。それで、今日。」
話している間、ずっと下を向いていた彼女がいきなり俺の目を見つめてこう言った。
「ついに、あのストーカー男が、家に入ってきて。わ、私の、夫を。」
泣き崩れた。そうだろう。愛する人を亡くすという気持ちは、今だからこそ分かる。
「だから、怖くなって家を飛び出したんです。」
しかし、少し疑問が生まれた。だったら、どうして旦那さんがここにいなくて、咲楽さんがここにいるのだろう?もしかして、旦那さんはまだ死んでないのではないのだろうか。
「ねえ、咲楽さん。」
「どうしたの?」
目をこすりながら、咲楽さんは顔を上げる。
「ドアって開けた?」
「いえ。ドアはあのストーカー男が抑えていたので。」
「じゃあ、窓から?」
「そうですね。」
「咲楽さんの部屋って何階?」
「5階です。」
いや、5階から飛び出したらさすがに死んでしまう。人は、おかしくなると何でもしてしまうんだな。
ということは、じゃあ、そのストーカー男もここにはいないだろう。
「あの、落ち着いて聞いてください。咲楽さん、」
「ちょっと、お義兄ちゃん。」
袖をつかみキッチンに連れてかれた。
「なんだよ。」
「本当のことを話すつもりですか?」
「そりゃそうだろ。」
「駄目だよ。それだけは。」
「…はあ。分かったよ。じゃあ、別の可能性にかけてみる。」
「別の?」
「感動の再会ってやつだよ。あまりいいことじゃないけどな。」
リビングに戻って、話を続ける。
「咲楽さん、落ち着いて聞いてください。もう、あなたの家は大丈夫です。きっと、あなたの旦那さんが倒してくれましたよ。」
「でも、だって夫は、康ちゃんは!」
「そんなことで倒れる旦那さんなんですか?負けちゃう旦那さんじゃないでしょ?」
「でも、でも。」
肩をつかみ、それから続ける。
「あなたが惚れた男は、何事にも動じず勇気がある、あの男の子みたいな人ではありませんか?」
それから、彼女は涙が枯れるまで泣き続けた。もしかすると、その事件のことで旦那さんにたくさんの迷惑をかけてしまったのかもしれない。そのことでの後悔があったのかもしれない。
「ありがとうね。おかげで、元気が出たわ。小さな戦士君。」
去り際にこうつぶやいたのも、しっかり忘れない。
こうして、彼女は無事自分の家に帰れた。その後こちらに来なかったということは、あの感動の再会は達成されたのだろう。
「まあ、そんな再会、ドラマ的には最下位だけどね。両方亡くなって終わりだから。」
さつきちゃんは、まだまだ子供だなと思いつつ、こう返す。
「まあでも、死後の世界でも結婚生活を再開できたんだから、良かったんじゃないかな。」
「そんなものなんですかね。」
「そんなものだよ。」
人は、誰かが願うことで存在する。それはつまり、願わなければ存在できないを意味する。誰かが願っていても誰かが願わなければ存在はできなくなってしまうのか。それはやはり、それぞれの願いの強さなのだろう。今回のケースは非常に稀であろう。願う人も、願わない人もそれぞれの待ち望んだ結果にたどり着いたのだから。
ピンポーン
「だれだろう。」
ドアを開けて、尋ねる。
「こんにちは~」
「こんにっちはー!」
「咲楽さん!と…」
「康太です。咲楽の夫の岸谷康太です。まあ、今は
「ああ、どうも。」
「こないだは、ありがとうございました。」
「いえいえ、そこまでのことはしていないです。」
「いや、あなたのおかげで、彼女は立ち直れた。本当にありがとう。」
「なーにー立ち話してんの!さあ、歌うよ!」
持ってきたカラオケ機は、今の時代結構コンパクトになっているんだな。
「じゃあ、私の作詞作曲したやつから!」
前奏が流れる。そして、懐かしの情景もともに流れる。そうか、これは。
「高校生の時に作ったんだ。命の恩人と歌うのが夢でね。」
恥ずかしそうに笑い、マイクを俺に渡す。この歌は、毎日のように聞いていた。それこそ、お隣にいたとき、毎日のように歌っていたから。この歌は、本当に大好きだった。
「始まるよ。せーのっ!」
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