おとなりの声優は命の恩人と歌いたい
第12話 旧知の窮地
はあ、はあ。干支君。私を、かくまってくれないかな。
「うわ~めっちゃ降ってるなぁ。」
10月。夏の暑さは終わり、その代わりと言わんばかりに雨が降り続く今日この頃。この町にも台風が押し寄せていた。
「そうですね。早く止むといいんですけどね。」
これじゃ、洗濯物が干せませんし。
「しかも、この雨じゃ客もいないしな。暇だよ。」
「じゃあ、しりとりしませんか?」
しりとりか~。まあ、暇つぶしにはいいだろう。ちなみに言っておくと、時間はおやつ時。さつきちゃんは昭佑君とデートなんだそうだ。巷でいうところのおうちデートってやつなのだろう。幸い、家も近いので心配はない。
「じゃあ、私から。リトマス紙。」
「いきなりマニアックだな!し?シーラカンス。」
「よみかず君も大概じゃないですか。スイス。」
「酢。」
「巣。」
「スライスチーズ。」
「ズッキーニ。」
「日本。」
「あれ、アウ」
「国!日本国!セーフですよね?」
「まあ、いいけど。国。」
「ニョッキ。」
「キリスト。」
「トキ。」
「岸。」
「式。」
「騎士。」
「指揮。」
「棋士。」
「四季。」
「既視。」
「士気。」
「起死回生。」
「息。」
「紀伊。」
「壱岐。」
なんなんだ。この語彙力。見たことないよ!しきって言葉そんなにあったの⁈あと、『き』攻めが強すぎるよ。もうボキャブラリーに『き』なんてないよ!
「木。」
「キリバス。」
お!『す』になったぞ!
「スルメ。」
「メス。」
「スロープ。」
「プラス。」
「擦り傷。」
「随感随筆。」
いきなり難しいの来た!何それ、聞いた事ねえよ!これ、いつまで続くんだろう。弥生さんが入れてくれたお茶を少し飲み、本気を出すことにした。
「津々浦々。」
「磊々落々。」
「空前絶後。」
「五臓六腑。」
こうして、俺たちは、3時間を無駄にした。時刻は夜の7時近く。もうすぐ、さつきちゃんが帰ってくる。
「完成。」
「いるか。」
「感性。」
「インカ。」
「歓声。」
「石。」
「申請。」
「イラク。」
「燻製。」
「イタリア。」
「安静。」
「イギリス。」
「趨勢。」
趨勢!?聞いた事ねえよ。そろそろ、辛いよ。
そんな時である。
ダンダンダンッ
ドアをたたく音が聞こえた。そんな流暢なことを言っている暇はなさそうな、緊急性を持った強さである。
「誰ですかね?」
弥生さんが急いでドアに近づき、そしてドアをすうっと開ける。
すると、見たことのある女性が、さっきのしりとりから借りれば既視感のある女性が、雨に打たれて子猫のように震えていた。
「入れてもらっても、良いですか?」
精一杯の笑顔を見せるその女性は、お隣の咲楽さんだった。
山城咲楽。確か、俺が小学4年生の時に高校3年生だったから、もう30歳は超えているはずである。
にもかかわらずこの見た目。両サイドで作られた三つ編みが、後頭部で一つにまとめられているその髪型は、花の冠を頭にのせているような、そんな優雅さが感じられた。そんな咲楽さんが、追い詰められている顔をされては、こちらとしても助けないわけがない。援けない理由がない。
「どうぞ!入ってください!」
とりあえずお茶と茶菓子、それからタオルを用意する。
「あ…ありがとう。」
「たっだいまー!いやぁ、昭佑君やっぱりいい子だね。おうちの人が心配するからって早く帰れって言われちゃってさあ、まあ後で電話しようなんて話をしてきたんだけ…はあ!?」
玄関の様子から判断できてもおかしくないはずなのに、リビングに数歩入ってキッチンに向かい、冷蔵庫を開くまで気づかなかった。おいおい、そのままドア開けっぱなしにするな、電気代もったいないだろ!
「いや、だってさ、知らない人がいたらびっくりするでしょ!」
「いや、知らないなんてこと…ああ、そうか。」
さつきちゃんは15歳だから、咲楽さんとは面識がないのか。
「卯生ちゃんかな?」
「いいえ!さつきです。和泉皐生です!Dカップです!」
自分の大きさを公開するな!後悔するぞ!
「やっぱり自己紹介するからには、しっかり詳細まで伝えないと…」
そこまで紹介城とも言ってないしな!
「紹介城って何ですか?」
神田だけだ!
「そうですか、神田にあるんですか、その城は!」
もういいよ。許してよ。楽しそうな弥生さんと咲楽さん。
「私は、
「え!?」
「そうだよ、覚えてないの?」
「まったく。」
「そっかあ。」
「何があったんですか?」
「それは、夕飯が作り終わったらきちんと聞きたいです。」
今はチキンを焼いていますが。
全然面白くないジョークを、夏が終り冬が近づくこの時期に放った弥生さんは今、キッチンで夕飯の準備をしている。料理下手な彼女を止めることは、たとえ妹であっても難しいのだ。しかし、今日はそこまで怖がる必要はない。見る限り料理が簡単そうだからだ。8割をレンジでチンしている。これなら、間違いがないはずだ。
「じゃあ、いただきまーす!」
まず初めに食べたのは、さつきちゃん。
「…え?」
どうしたんだ!
「ねえ。レンジでチンしたんだよね?」
「うん、したよ?」
「何で、カチコチなままなの⁈」
…はあ⁈電子レンジぶっ壊れたのか!
「え、でも昼までは使えたよ?ちゃんとさっきまで回っていたし。」
「…ついにお姉ちゃんはただの料理下手から、家電製品デストロイヤーにジョブチェンジしたんだね。」
「そんなあ。」
「…ふふふ。良いですね。家族みたい。」
「こんな料理下手ですみません。」
「いいんですよ。いつもコンビニ弁当だったので。こういう風に人と食卓を囲むのって、それこそ15年ぶりなんじゃないかな。」
ちょいちょい出てくる15年前って何があったんだよ。そもそも、俺が転校する前の話なのか、それとも後の話なのか。
「そういえば、何があったんですか?」
「…はい。」
「ああ、言いたくなければ別にいいっすよ。乙女の秘密だって、必要ですよね。」
「気遣いありがとうね。でも、大丈夫よ。」
それから、彼女は話してくれた。
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