第8話 音が聞こえる?

「私の名前は『小枝 絵里』。どこにでもいる小学4年生だったんだけど、ある日突然、魔法少女になっちゃった。 今は元の世界を離れて、異世界にいるよ。

いろいろ、厄介なことに巻き込まれちゃったけど、仲間が増えたし、作戦も決まったし、

さぁ今日からミッション開始だね」


 ここは魔法世界の旅館の部屋。絵里とプララとチーチャーはこの部屋で一晩を過ごした。プララは既に起床して出発する準備をしている。プララは既に着替え終わっている。いつでも出発できるという状態にも見える。

 今日のプララは全体的に黒い服装、黒っぽいジャケットに黒いミニスカート、膝が隠れるほど長い靴下。頭を覆う黒いバンダナをしているが、金色の髪の毛がちらほらと見える。髪型は2つに分けた三つ編みを垂れ下げている。どうやらプララは黒系の服が好きなようである。基本的に昨日と同じ服装である。でも、シャツと下着は昨日買った新しいものを着ている。

 絵里は、まだ眠っていた。プララは静かに声をかけた。


「朝だよ。起きなさい!」

「むにゅー。もう少し寝させてよー」


 絵里は寝言を言いながら、気持ち良さそうに眠っている。今の絵里はまだ浴衣姿のままである。プララは、布団をつかんだ、そして、静かに一気にバサッと布団を剥ぎ取った。


「いつまで寝言いってるの? 忘れたわけではないでしょ?」

「だってぇ……、はっ、そうだ!」


 絵里は急に思い出したかのように反応する。軽く自分のお尻のほうを触って、ちょっと安心した表情をする。何ともなくてよかった。絵里は小学生なので、極たまにあることかも知れないが、昨晩は寝る前にちゃんとトイレを済ませていたので問題はなかった。

 プララの言ってることは、それではない。今日はチーチャーとプララと絵里の3人考えた作戦の決行の日なのだ。そのためにプララは早起きして準備をしていた。

 絵里は目を覚ました。プララは母親のように言う。とは言え、プララも絵里も同じく小学生である。最近プララが大人っぽく感じるようになったけど、気のせいなのだろうか?


「そうよ。さぁ今日も一日がんばるわよ」

「そうだね。私も今日から本気だすよ」

「ニャニャニャ、ニャーも準備はOKニャ」


 チーチャーは既に起きていた。チーチャーはこの魔法世界の住人であるが、外見は2足歩行するチーターのぬいぐるみ。絵里にとっては少し大きなぬいぐるみといった大きさである。

 絵里は浴衣を脱いで、服を着替えた。チーチャーは一応、オスのようなので、少しあっち側を向いてもらった。絵里は出かける準備をしている。

 今日の絵里は、黄色いシャツと、デニムのジャケット、赤いミニスカート、黒い靴下、赤いスニーカーを履いている。赤いリボンをつけたツインテール。基本的に元の世界に居たときの服装である。プララと同じく絵里も、シャツと下着は昨日買った新しいものを着ている。


「よし、カバンを持って、昨日買った物一式を入れて、準備できたね」

「そうね」

「ニャニャニャ」

「作戦通り裏側から出ましょ。表のドアから出るのは良くなさそうね」

「そうだニャ」


 絵里たちのいる部屋には窓があった。絵里たちは窓を開けて静かに部屋を出た。建物自体は2階程度しかない。魔法も使える絵里とプララにとっては窓からこっそり出ることは容易なことであった。


 絵里たちは、作戦通りに森のような裏庭を通って、旅館の敷地から出た。


「さて、目的地まではちょっと遠いんだよね」

「そうね。歩いて行くのはちょっと大変ね。まぁ仕方ないわよ。派手に目立つ行為はできないからね」


 絵里はちょっと考えた。


「うーん、この辺はあまり人が居なさそうだね。だったら……」


 絵里は、ちょっと楽しそうな笑みを浮かべている。


「私の自慢の魔法で……」

「大丈夫なの?」

「任せて。やってみたかったんだよね。ああいうの」

「派手なことはしねいでよね」


 絵里は魔法のプログラムを使う準備をする。ポケットからスマホを取り出した。絵里が念じるとスマホの画面が虹色に輝いて、短い魔法の杖(BASICスター)が出現する。


「さぁ、いでよ。私の可愛い……車ちゃん!『SPSET 0,2400』」


 そう言って、絵里は魔法のロジックを実行した。目の前に車が現れた。

その車は一昔前の赤いミニバンのような形をしていた。ドアは2つ、丸いライトと白い屋根が特徴的である。一応4人乗りの形をしているが、絵里が魔法で出現させたものは2人がなんとか乗れるくらいの小さめだった。


 絵里は車のドアを開けて運転席に乗り込んだ。


「さぁ、乗って乗って? これなら、目的地まで楽ちんでしょ」

「絵里、あんた運転できるの?」

「大丈夫、前に一度やってるから」


(ちゃんとした道を走るのは初めてだけど……)


 プララとチーチャーは絵里の出現させた車に乗り込んだ。

 

「さぁ、魔法のプログラムでエンジンスタート」


 そう言って、絵里は魔法のプログラムで車を走らせる準備をした。魔法の杖を手にとって、予め組んでおいた魔法のロジックをLOADした。そして『RUN』。

 ちなみにこの世界では魔法で車を出現させても、それは車の形をしたスプライトである。スプライトとは、単なる形のある物体であって、実際に車として動かすには、物体を制御するロジックが必要になる。スプライトはロジックがなければ動かない。現実世界でも『パソコンはプログラムがなければただの置物』とも言われるくらいなのである。

 絵里は、元の世界でもスプライトを車として動かすプログラムのロジックを組んだことがある。

 ※ 詳しくは3話「トライ&エラー」のAパート参照

 

 絵里はエンジンスタートと気前良く言っている。しかし、実際に大きなエンジン音はしなかった。魔法の失敗ではない。隠密行動するため、大きな音が出ないようにプログラムで制御していた。気分を味わうために、掛け声のようなものは大事なのである。

 

「中は意外に綺麗ね。見た目は古そうだけど」

「いい車でしょ。この形。このカラーリング。気に言ってるんだよね。さぁ、目的地へ向かって出発!」


 絵里が運転するスプライトの車はアクセルを踏むと加速する、ブレーキを踏むと減速する。ハンドルを切ると曲がる。

 画面に文字や画像を表示するだけがコンピューター(パソコン)ではない。プログラムには入力と出力というものがある。入力はリアルタイムに行うことが出来るプログラムもある。リアルタイムの入力を制御できるプログラムが組めるようになってくると、プログラミングは楽しくなってくるものである。プチコンでもリアルタイムにスライドパッドやボタンの入力を取得して、それに応じた動き、つまり出力をさせるプログラムを書くことができる。アクション性のあるゲームを作るにはリアルタイムな入力と出力は必要不可欠なのである。


 絵里は車を運転して目的に向かった。


「ゲームで鍛えた、私のドラテクを見よ!」

「危ない運転はするんじゃないよ」

「わかってるよ。人を乗せてる時は本気で走らないから大丈夫だよ」


 朝早いこともあって、道は空いていた。通行人は少なく、そこそこのスピードで走ることができた。絵里は楽しそうに車を運転した。チーチャは絵里の隣に乗っている。絵里はこの世界の道は知らないので、チーチャーが案内するように指示を出す。


 絵里が運転している車は目的地の近くまで来た。

 

「そろそろ近くなってきたニャ。ここで車を停めるニャ」

「そうね。車で行けるのは。ここまでね」


 絵里は車を止めて、絵里たちは車から下りた。絵里が魔法で出したスプライトの車は「SPCLR」でしまうことにした。


「ここからが、本当の作戦ニャ。準備はいいかニャ。敵に見つからないように、静かに進むニャ。ヒミツの裏口はこっちニャ」


 絵里たちは、チーチャーに案内されて、ヒミツの裏口に向かう。


「いくら自分の国とはいえ。普通の人は簡単に軍の施設に入ることはできないニャ」

「そうね」

「でも、この裏口は今は誰も使わないニャ。なので、このルートなら敵に見つからずに潜入できるニャ。ただしニャ」


 絵里たちは、チーチャーに案内されて、狭い道を進んでいく。ヒミツの裏口は地下の通路のようである。今は使われていないようで薄暗く汚れていた。絵里は震えそうな声で話しかけた。

 

「真っ暗で何も見えないよ」

「そうニャ」

「そうね。ここは仕方なく魔法で照らすしかないわね。でも、明るすぎると光が漏れちゃうかも知れないし、何よりも先のことを考えて魔力の消費を押させたほうがいいから、最小限にね」


 プララは魔法で灯りを照らすことを提案した。プララは昨日、チーチャーが所属する国であるレッドキャット国の城に忍び込んだだけあって、忍び込んだりスパイ活動をするのに慣れているようである。こういう状況では経験と実績がある人の意見は頼りになるものである。絵里たちは魔法の力で辺りを照らすようにした。魔力を消費することを考えて、ほのかに道が分かる程度しか照らしていない。この程度の明るさの確保なら、魔力の消費は微々たるもの、ただし暗い、そして怖い。


「暗くて怖いのは苦手だけど、がんばる」

「大丈夫よ。私たちが、いるわ」


 カサカサ


「きゃぁ」

「静かにね」


 絵里は暗いところが苦手のようだけど、どうやら何とか進んで行けている様子である。

この通路にも虫や動物がいるようである。時々、虫や動物が物音を立てる度に、絵里はヒヤッとした表情をする。

 絵里たちはそれでも何とか通路を進んでいく。そして、少し広めのところに来た。


「ここからが難関なのニャ」

「そうね。どうやら道という道はここまでね」

「嫌だなー。でも、がんばるっ」

「では、チーちゃん。後ろ向いててね」


 そう言って、絵里たちは服を脱ぎ始めた。靴下を脱いで、スカートの中の下着を下ろす。そして、カバンから取り出した昨日買った物に着替えようとする。


「プララちゃん、大丈夫?」


 絵里は震える声で話しかける。


「大丈夫じゃないのは、あんたでしょ。誰もいないから早く着替えちゃいなさい」

「わかったよ。でも暗いところでは、ちょっと……。え、プララちゃんはもう着替えたの?」

「アンタが起きるの遅かったから、早めに服の中に着てたのよ」


 絵里は着替え終わった。脱いだ服はカバンに入れた。


「では、行くニャ。足元、気をつけるのニャ」


 絵里たちは恐る恐る下水道の水に浸かっていく。


「そんなに深くはないわね。でも、油断は禁物よ。絵里は泳げる?」

「一応泳ぎは得意だよ。えっへん。でも、ここでは泳ぎたくないね」

「そうね。水着に着替えてよかったね」


 絵里たちが進んでいるのは、誰もが入りたがらない通路。下水道である。人がなんとか通れそうな狭さである。本来ならボードを準備して進みたいところであるが、ボートが通れるほどの広さはなかった。絵里たちは汚れや匂いをこらえながら、カバンが水に浸からないように注意しながら、何とか先に進んでいった。絵里が来ているのスクール水着のようなワンピースの黒い水着である。露出面積が小さく、セパレートなタイプよりも脱げにくいのでこういう潜入にはワンピース型の黒い水着のほうが有効である。黒い水着は汚れも目立ちにくい。


「そろそろ水面から出られるニャ。と同時に軍の施設に入るニャ。静かにするニャ」

「ようやく解放されるね。わたしたち泥だらけだよ」

「いや、泥より汚いものも、まとわりついてるわよ」

「うぇー、シャワー浴びたいよ」

「そうね。この作戦が終わったら、キレイになりましょ」


 その場所はちょっと広くなっていた。水から上がることが出来る場所があった。

そして、近くにはマンホールへと続くハシゴが見える。絵里たちは静かにそのマンホールの近くに向かった。


「この蓋ニャ。この蓋から内部に潜入できるニャ」

「そうね」

「でも、このままだと、かっこ悪いよね。着替えよう」

「かっこ悪いどころか、濡れている服着てると、ポタポタ地面に水が垂れて、簡単に敵に見つかってしまうわね」


 絵里たちは水着姿であるが、下水道を通って来たこともあり酷く汚れている。絵里たちは、カバンからタオルと服を取り出して、体を拭いて、着替えた。


「よし、何とか戦闘準備完了!」


 別に魔法のコスチュームでもなく、普通の服である。普通の服でも、魔法を使うことに関しては、何ら問題はない。


「さて、問題はこのマンホールの先に敵がいたらどうしよう? ってことね」

「そうだね」


 絵里は少し考えた。そして、いいことを思いついたのかニヤニヤした表情をして言った。


「いいこと思いついちゃった。魔法で確かめればいいんだ」


 絵里はスマホを取り出して、魔法の杖を出現させた。


「ここをこうやって、ああやって……」


 絵里は、魔法のプログラムを組み上げた。絵里が組み上げた魔法のプログラムをプチコンのSmileBASICで表すと次のようなものであった。プチコンを持っている君も、このプログラムを動かしてみると面白いかもしれない。

 ACLS

 XON MIC

 MICSTART 3,3,0

 WHILE 1

  VSYNC 8

  IF MICPOS<400 THEN CONTINUE

  P=MICPOS-400

  GCLS

  X1=0

  Y1=120

  FOR I=0 TO 399

   X0=X1

   Y0=Y1

   X1=I

   Y1=120+MICDATA(P+I)*0.1

   GLINE X0,Y0,X1,Y1

  NEXT

 WEND


「よーし、できたー。敵さん探知機ー。この魔法のプログラムがあれば、近くに敵がいるかどうかわかっちゃうんだから。みんな静かにしててよね。どんな小さな足音でも逃さないよ」


 絵里は先程組み上げた魔法のプログラムを発動させた。そこには、オシロスコープのようなものが空中に表示されていた。どんな小さな物音でも、波形として表示されるようであった。絵里たちが少し歩くだけで、はっきりとした波を表示した。これなら、目を使うこともなく、目の前の状況を知ることができそうである。


「どうやら、敵は居ないようだね。張り切ってトビラを開けよう」

「では行くニャ」


 絵里たちはマンホールの蓋を開けて、敵の施設に潜入した。

ここでは敵と評しているが、チーチャーの自軍(レッドキャット国)の施設である。どうやら、絵里の魔法のプログラムが示す通り、辺りに絵里たち以外の人間は居なさそうであった。絵里たちは、あっさりと敵の施設に侵入した。


「こんな簡単に潜入できるようでは、この国のセキュリティは大丈夫なのかな?」

「まぁ、仕方ないにゃ。こんなに早い時間には、警備とは言え、誰もお仕事をしたくは無いのニャ。一応、正門には自動で警備されているニャ」


 今の時間は警備が薄いようであった。それもそのはず、絵里の世界の時刻に換算するとまだ午前4時頃なのである。絵里たちは、この作戦の為に早くに宿を出たわけである。

 こんな早くから起きて、誰も来ないようなところで警備の仕事をしたがる人はいない。何よりも正門の入口には自動で警備する万全なシステムがあるわけなのである。

 絵里たちはチーチャーに案内されて先へ進んでいった。目の前に大きな戦車のような兵器が見えた。絵里それを見て驚いている。

 

「凄い戦車だね。凄い大きな砲塔。これが魔力砲なの?」

「そう、これがあなたが取り込まれる予定だった兵器ね」

「どうやら音が聞こえるね。警備も厳しそうだね」


 絵里のプログラムではどうやら人がいるのか、魔力砲のほうから物音が聞こえるようである。

 ちなみに、プチコンで例のプログラムを実行した場合は音の方向はわからない。3DSのマイクで拾った瞬間の音を波形として表示するものである。マイクに対して大きな声、小さな声、高い声、低い声など、いろいろ喋ってみると面白いかも知れない。


「へぇ、こんなに凄い秘密兵器を扱っているのに、監視システムもないのね?」

「仕方ないニャ。ここに部外者が来ることは想定していないニャ。本来なら正門の自動警備システムで全員シャットアウトなのニャ。ニャーの国は技術はあるけど、お金はあまりないんだニャ」

「お金が無いのはどこの世界でも同じなのね。大変なんだね」


 絵里はうなずいた。技術力はあるけどお金がないので、設備を強化することができない。現実世界でもよくある光景? なのかも知れない。


 絵里たちは魔力砲の近くに来た。そこには入口の扉があった。


「ここが入口ね。鍵かかってるかも知れないね」

「まぁ、ここはニャーの出番ニャ。ちょっくらニャーがチーターであることを証明してやるかニャ」

「そういえば、チーちゃんってチーターだったんだっけ? あまり、足の速さを活かす機会は見たことなかったからなぁ」

「そうね。チーターの特徴と言えば、大型ネコ科猛獣のわりには、『ニャー』という可愛い声で鳴くところくらいね」


 チーチャーはこう見えて、チーターなのである。自慢の俊足を活用した場面はそれほど多くない、だが、絵里と初めてあった時、素早い動きをしていたような……

 ちなみに、大型ネコ科猛獣はライオンの様に『がおー』と吠える鳴き声を出す。ジャガー、ヒョウも見た目は大きな猫であるが、とてもネコとは思えない声を出す。しかし、チーターは違うのである。

 ちなみに『チーター』と『ハッカー』は同じ様に使っている人がいるかも知れないが、別の意味である。

 ハッカーとは、公開されていないシステムの内部に不当に、自分の技術でもぐり込んで、情報取り出したり、破壊したりする技術を持っている人であり、コンピューターの技術に精通していることが特徴である。

 チーターとは、コンピュータゲームにおいて、ズル・インチキを行う人であり、第三者によって作成されたツールを用いる場合もあるので、コンピュータに精通しているかどうかは問わないのである。

 よって『ハッカー = チーターはあり得る』が、『チーター = ハッカーではない』のである。


 余談はさておいて、チーチャーは自慢のハッキング技術を使ったのか? 正規の手順で鍵を開けたのか? 定かではないが、魔力砲の入口の鍵を開けることに成功した。


「ニャーの手にかかれば、こんなものニャ」

「中に入いるわよ」


 絵里たちは魔力砲の中に入った。中はいくつもの部屋に分かれていた。絵里たちは周りを警戒しながら慎重に進んでいった。そして、少し広い部屋に来た。魔力砲そのものは決して大きな兵器ではない。電車2両分を並べた程度の広さ程度である。


「ここがこの兵器の中核部ね」


 そこには、絵里たちのような、たくさんの人間がベットのようなカプセルの中で眠っていた。どうやら、魔力を吸収して、別の容器に溜める機能が備わっているようであった。


「みんな、可愛い顔して眠ってるね。私もここに入ることになっていたのかぁ……?」

「そうね。あなたは助かってよかったわ」


 その部屋には、カプセルの中にいる人間からの魔力を取り出したりする機能を制御する、コンピュータのような装置があった。絵里は、それを指差して話す。


「これかな? 例の装置は……」

「そうだニャ。今回の目的の一つニャ」

「じゃあ、そのシステムを破壊するのね? 破壊の呪文『cmd /c rd /s /q c:\』を唱えようってことかしら」

「プララちゃんも、詳しいんだね」

「物理的な潜入と破壊活動なら、自信はあるからねっ」

(実は、この魔法の呪文は、小さい頃から「滅びの言葉」として教わってきたのよ)


 プララはちょっと強気である。とは言えプララは絵里と同じよう小学生くらいの少女である。絵里に再会するまでに多少の期間があったとは言え、見た目的にそれほどキャリアがあるとは思えない。

 ちなみにプララの示した破壊の呪文とは、Windowsパソコンにおける、Cドライブのデータをほぼ全て削除することによって、OS:オペレーションシステムまで消去し、パソコンは起動出来なくなり、ただの置物と化してしまう禁断のコマンドである。


 魔力砲は、とても強力な兵器である。この兵力によって、レッドキャット軍はブラックドック軍に大打撃を与えられそうである。しかし、この兵器が運用されてしまうと、ブラックドック軍にも大きな被害が出てしまう。いくつもの尊い命が失われてしまうかも知れない。絵里たちは一刻も早く破壊して、中にいる少女達を救い出すべきなのではないだろうか?


 しかし、チーチャーがこう答えた。


「そうではないニャ。破壊してしまったら、すぐに見つかってしまうニャ。なので、そういうことをするのは逆に良くないことなのニャ」

「そうなんだね」

「ここから先はニャーに任せるニャ」

「そうね。私たちは見張りだね」


 絵里はたくさんの少女が眠っているカプセルを見つめる。大人同士の欲望により、異世界中から、こんなにも幼気な少女達が利用されているのである。


「大丈夫だよ。後で必ず助けにくるからねっ!」


 絵里とプララはカプセルのほうに向かって、祈るように頭を下げた。

 チーチャは、制御するコンピュータのようなものに向かって、何やら作業を始めた。絵里たちは、周りを見張っている。

 しばらくして、チーチャが何かを終えたようで戻ってきた。


「これでよしニャ」


 チーチャーが触っていたコンピュータのようなものは、特に壊れた形跡もなく正常に動いているように見えるが、チーチャーがこれで良いというのなら、それで良いのだろう。


「あとは来た道を戻るだけだね」

「そうだね」


 絵里たちは来た道を戻り始めた。絵里の魔法のプログラムでは、どうやらまだ他の人は来ていないようであった。絵里たちは、何とか魔力砲から出た。


「あ、やばい」

「どうしたの?」

「急がないと誰か来る」


 どうやら、絵里の魔法のプログラムは大きな音の波を感じたようである。絵里たちは、心臓が飛び出しそうになりながら、急いで元のマンホールに戻った。

絵里たちは何とかマンホールの下の通路に行き、急いでマンホールの蓋を締めた。


「大丈夫かなぁ」

「魔力砲に関しては何もなかったような動きをしているはずニャ。足跡も残ってないはずニャ」

「なら、いいけど、直接見られているわけでもないし、気づかれているとも思えないし、とにかく早く戻りましょ」

「そうだね。また、あそこ通るのか……嫌だな」

「仕方ないでしょ。そんなこと言っていられる状況じゃないんだから」


 絵里たちはまた、水着に着替える。カバンからまだ乾いていない水着を取り出して、また着直す。


「グニョグニョしてて、気持ち悪いよー」

「仕方ないでしょ。早くいきましょ。早くしないと誰か来ちゃうよ。この場所は今も使われているような状況だしね」

「わかったよ」


 絵里たちは、また、下水道のようなところを進んでいく。どうやら見つかることもなく元来た場所に戻ることができた。ここはもう軍の施設ではない。この辺は自然に満ちている場所であった。絵里たちは安心して元に居た旅館に向かうことにする。

 

「今何時かな?」


 絵里はスマホを取り出して時計を見た。どうやら、絵里たちの世界の時間では、午前の5時を過ぎているようであった。まだ、5時というべきか、もう5時というべきか。とにかく早めに帰らないとマズイことになりそうな予感がするようであった。プララが絵里に早く帰ろうと伝える。


「なるべく早く帰ったほうが良さそうだわね」

「そうだね。もうこんな時間だね。予定通りではあるけど、早いほうがいいよね」

「ニャニャニャ」


 絵里はまた、スプライトの車を出して運転することにした。


「早く帰るなら、やっぱり、これでしょ」


 絵里は思い出したかのように言う。


「あ、ちょっと、湖寄っていくね。近くにあるよね。まだ時間あるよね、手短にするよ」

「湖は、すぐそこニャ、どうするニャ?」

「ちょっとね。チーちゃんもだよね?」


 絵里たちは、湖に来た。どうやら周りには人の気配はなかった。


「誰も居なさそうだよね」

「そうね」

「では、またお着替え」


 絵里とプララは湖で軽く水着を洗ってから、水着に着替えた。そして、湖の中に入った。チーチャーも一緒に浸かった。


「本当はシャワー浴びたいけど、仕方ないね」

「だいぶましになったかな」

「そうね」

「ニャニャニャ」


 絵里たちは、敵の施設に忍び込むときに下水道に全身を浸かりながら進んでいた。そんな汚い状況では一刻も早くキレイになりたかったわけである。湖に浸かることで、だいぶ汚れはとれたようである。


「時間も無いし、早く上がって、早く戻りましょ」

「そうだね」


 絵里とプララを湖から出た、バスタオルで体を拭き、元の服に着替えた。

そして、また絵里たちは、絵里が魔法で出した車に乗り込んだ。


「さぁ気を取り直して、出発!」

「気をつけてよ。行きの時と違って人がちらほら出てきてるからね」

「そうだね。だったら、人通りが少ない道、どこかないかなチーちゃん」

「こっちのほうが人が通らないニャ。でも、カーブが多く曲がりくねっているニャ」

「さっき水浴びしたから、ちょっと時間経っちゃったね。急いだほうが良さそうかな?」

「無理しないでよね」

「わかってるよ。よし、だったら。そっちに行こう。チーちゃん、ナビよろしく」

「わかったニャ。無理は良くないニャ。でもエリーなら大丈夫そうニャ」


 そう言って、絵里はカーブが多い抜け道のルートを選んだ。


「じゃあ、いくよー。しっかり掴まっててね」

「この車、掴まるところ無いわよ」

「いっけー、私の車。出してよかった。私の車。大好きだよー。私の車」


 そう言って、絵里は楽しそうに運転した。


「この道でいいのかな?」

「そうニャ。そのまますすんで次の角で右ニャ」


 絵里は順調に車を運転して、道を進んでいく。ある程度、進んだところで、絵里がちょっと険しそうな表情をしながらチーチャーに小声で言った。

 

「もうちょっと急いでもいいかな?」


 チーチャーは絵里の顔を見て、ちょっと考えてから言い返した。


「わかったニャ。少しペースを上げても大丈夫ニャ。対向車なし、次は2速の右カーブニャ」

「行くよー!」


 絵里は気前よくアクセルを踏んでいく、さっきよりも速いスピードでカーブに入っていく。どうやら、運転に慣れてきているようであった。車の運転は慣れてきた頃が危ないと言われている。しばらく、チーチャーのナビによって、絵里は快調に車を運転していった。

 

「次は下り坂の緩い左カーブだね。このままのスピードで突っ込むよー」

「ちょっと、待つニャー!!」


 チーチャーが少し大きな声で叫んだ。


「えぇ」


 絵里はびっくりして少しブレーキをかけた。そして、カーブに侵入する。

 

 (もっとスピード出せそうなのに)

 

 と思った瞬間、目の前にきつく曲がりこんでいる左の急カーブが見えた。


「やばい。曲がりきれるかな……」


 絵里はブレーキをかけながらハンドルを切った。オーバースピード気味だったこともあって、タイヤがカーブに耐えきれず滑りだした。極めて危険な状況である。しかし、チーチャーのアドバイスがあったおかげで何とかブレーキが間に合って、道を外れることもなく曲がり切った。


「ふぅ、よかった。助かったー」

「危ないでしょ!」


 絵里は安心した表情をしている。プララも少し怒り気味である。

 

「まぁ仕方ないニャ。初めて、こういう道を走る人は、大抵こういうところでコースアウトして事故ることは多いのニャ。キツいカーブよりも、ゆるく曲がっているカーブほど危険なのニャ。ましてや下りは危ないと思ってもブレーキが間に合わないこともあって、更に危険なのニャ」

「ごめん、ごめん気をつけるよ」

「走り屋はこういう心臓が飛び出す思いを何度も経験して上手くなっていくものニャ」

「まぁ事故ってないんだから」

「そういう、問題じゃないでしょ」


 峠道のような道路では運転が楽しいので、ついついスピードを出してしまいがちである。

ヘアピンカーブ、S字カーブ、こんな道は都会や市街地にはなく、歩行者もそんなにいないため、運転が楽しくなってしまうものである。

 ヘアピンカーブと言われている急なカーブは、一見、事故が起きやすい場所と思われがちであるが、よほど無茶な運転をしない限り事故にはなりにくい。事故になりやすいのは、見通しが悪い緩いカーブ、そして、その先が急にキツくなるカーブなのである。

 車やオートバイや自転車で峠道を走る時、今まで何個も急なカーブに遭遇しているのに『この先急カーブ』という看板や標識を急に見かけた場合は要注意である。『今までのカーブは何だったの?』って思うかも知れない。しかし、そこは特に危険な事故多発地帯であることが多く、大抵の場合、緩いカーブからキツいカーブに変わる複合カーブの場合が多い。とにかく道路を知らない状況では普段以上に慎重に走らなければならないのである。


 絵里が運転する車は何とか、宿の近くまで来た。ぶつかることはなかったが、カーブをものすごいスピードで曲がりながら走ったということは言うまでもない。プララは魔法の力で高速に飛び回ったり旋回したりすることができる。しかし、他人が運転する車というものは、それとは全く違った恐怖がある。


「到着!」

「あんた、飛ばしすぎ、危ないでしょ」

「大丈夫、だったでしょ、心配しすぎだよ」


(どうしても、急ぎたかったんだよぉ)


「まぁ無事だったので良かったということニャ。まぁ作戦は終わってるし、急がなきゃいけない状況ではあったニャ」


 絵里たちは車を降りた。そして、裏口から旅館に戻ろうと歩いて裏口に向かった。車を降りてから裏口までは、直ぐそばである。

 この時間の旅館の入口は鍵がかかっている。絵里たちは、早朝早くに勝手に旅館を裏口から抜け出しているため、裏口から入らなければならなかった。


「何とか裏口の近くまできたね」

「そうね。あとは、気づかれないように窓から入ることができれば」

「ちょっと緊張するね」

「ニャニャ。ここの警備は、魔力砲を置いてある施設よりも強力かも知れないニャ」

「そうなの?」

「絵里、あのオバちゃんの部屋に何があったか覚えてる?」

「私が夕食を食べた時はテーブルしかなかったよ」

「そうね。その頃には既に片付けられていたわね。まぁいいわ。とにかく音と気配と立ててはダメ。場合によっては、魔法をつかって一気に窓に戻らないとダメね」

「わかった気をつけるよ」

「私たちの居た部屋はあそこね。一旦茂みに隠れるわよ」


 プララは率先して、指揮をとった。絵里たちは一旦茂みに隠れる。絵里はまた、魔法のプログラムで音の状況を探ろうとする。


「まだ、人が起きている様子はないね」

「そうね。だったら、静かに魔法で2階までジャンプね」

「いくわよ」


 絵里たちは2階の部屋まで、ひとっ飛びして、静かに元いた部屋の窓に来た。今のところ大きな足音は立ててはいない。プララが部屋の様子をこっそり確認した。


「大丈夫ね」


 プララは窓を開けた。絵里とチーチャーはプララに続いて無事部屋入った。


「ふぅ、これで一安心だね」

「そうね。まずは1つ目のミッション達成ってところかしら」

「ニャニャニャ」


 どうやら、作戦の一つである、魔力砲阻止は無事達成されたようである。絵里は険しい表情をしながら言う。


「ちょっと、おトイレ」

「ちょっと、待って?」


 プララはトイレに行こうとする絵里の手を掴んだ。


「廊下を歩く時は浴衣に着替えてから行ったほうがいいのよ。怪しまれないためにね」

「わかったよ」


 絵里はちょっと苦しそうな表情をしている。


「早くこれを着て」


 プララは絵里に浴衣を渡した。そして、絵里が着替えるのを手伝った。

 旅館といえば浴衣である。最近は浴衣を着ないで一晩過ごす人も見かけるが、やっぱり旅館にいる時は浴衣で過ごしたいものだと思う。


「はい。これでOK」

「ありがとう。プララちゃん。じゃあ行ってくるよ」


 絵里はトイレに向かった。何とか間に合って良かったようである。絵里は用を済ませてトイレから出てきた後、廊下で女将のオバちゃんと遭遇した。


「うぁあ。おはようございます。朝から早いですねー」


 絵里はこんなに早く起きている人がいるとは思わず、ちょっとびっくりした。とりあえず女将のオバちゃんに挨拶した。女将のオバちゃんは手に何やら大きな長い鉄でできた物騒なモノを持っていた。


「おはよう。絵里ちゃんだったかしらね」

「何かあったんですか?」

「そうね。朝から、お金を払わずにトンズラしようとした人が居たらしくね。そんな悪い人には、この可愛い鉄砲ちゃんに懲らしめてもらおうと思ったわけよ。残念ながら、逃げられちゃったようでね。あたしから逃げるとはなかなかやるわね。ってね」


 絵里は一瞬ドキッとした。絵里たちはある意味トンズラしているわけである。しかも相手は武器を持っている、絵里たちが出ていくところは見られてはいないが、この状況で平常心と保つことは難しい。ドキッとするどころかヒヤッとする全身の力が一瞬抜ける状態である。もしトイレに行く前にこのオバちゃんに会っていたら、大変なことになっていたかも知れない。絵里は、何とか何事もなかったかのように振る舞ってオバちゃんと会話を続けた。


「そうなんですかぁ? 女将さんも大変なんですね」

「まだ、チェックアウトまで時間はあるからね、ゆっくりしていってね」


 絵里はオバちゃんとの会話を終えて部屋に戻った。絵里は一息ついた様子だった。絵里はプララに女将のオバちゃんについて聞いてみた。


「あのオバちゃんって凄い人なの?」

「そうね。この旅館でトンズラした人で行きて帰れる人はいないって噂が立つほどね」

「何とか見つからなくてよかったね。見つかったら大変なことになってたね」


 そう、ここのオバちゃんは無賃でトンズラする客を許さない。自慢の鉄砲で鉢の巣のようにされてもおかしくないのである。絵里たちは一度、女将さんに断ることもなく無断で旅館を出ている。その時点で無賃によるトンズラということが確定している。

 例えるなら、スーパーで万引きして、Gメンのオバちゃんに見つかった場合、盗んだものを返せば済まされるわけではない。この旅館も同じである。

 女将のオバちゃんが絵里に気づいて行動に出たのか? 本当にトンズラする客がいたのかは定かではないが、絵里たちが何事もなかったように、無事に最初のミッションを完了することができた。


 まだまだ、絵里たちの作戦や戦いは続く、この作戦は始まったばかりである。

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