第67話 淫魔現る

 帝都上空.魔王城……


 魔王城王座では、魔王ゼニスの前に三人の幹部が跪いていた。そして、幹部の一人が帝都を落とすのを自分に任せて欲しいと名乗り出ていた。



ミュアル「人間界最強の国って言っても私達魔王軍の敵ではありませんわ魔王様」


ゼニス「いいだろう、暴れて来い」


ミュアル「感謝します。これで暇せずに楽しめるわ」


アクマ「やはりそれが目的でしたか…」



 戦場へ出る許可が降りたミュアルは長い尻尾を振って無邪気に喜んでいる。その横で三人目の幹部、は自身の甲冑を磨いていた。



ミュアル「ズン、貴方も来たらどう?鎧ばかりじゃ体が鈍るわよ」


ズン「俺は魔王様の護衛だ。側を離れる訳には行かない……」


ミュアル「アクマはどうするの?」


アクマ「そうですねぇ……では私も」


ゼニス「いや、行くのは一人で充分だ。お前は残れ」



 こうして、唯一許可が降りたミュアルは空中魔城から帝都の要塞へ羽ばたいていくのだった。

 その頃、デスタと四将軍セレカは激しい攻防を繰り広げていた。剣と剣がぶつかるたびに、火花が飛び散る。



セレカ「くッ……やるな。名を聞きたいものだ」


デスタ「デスタだ。貴様もかなりの達人のようだな…」


セレカ「フッ……久々に骨のある相手が現れて嬉しいぞデスタ。私が求めていたのはこれだ!!」



 熱くなったセレカの攻撃はさらに激しさを増していく。デスタも必死に応戦するが、防御が追いつかない。



セレカ「どうした?お前の力はそんな物ではないはずだ!私には分かるぞ」


デスタ「チッ……後悔するなよ?」



 デスタは服の中に隠れていたバルを取り出すと、他の仲間達を探すよう指示した。そして、体中の魔力を溜め始めた。厄災王の力を吸収した事によって、以前より遥かに強大な力を得ていた。



セレカ「すごい力だ。どうして出し惜しみをしていたのだ?」


デスタ「皇帝と戦うまで無駄な消耗は抑えておきたかっただけだ……」


セレカ「無駄な消耗か……消耗するだけで済むと思わない事だ」




 再び、デスタとセレカは剣を交える。そして、今度はデスタが押していた。だが、彼女は劣勢だというのにも関わらず楽しそうにしている。しかし、そんな彼女を嘲笑うかのように、女の笑い声が聞こえてきた。声のする方を見ると、一体の魔物が帝国兵達の生首を持って立っている。



セレカ「貴様、何者だ?」


魔物「私はミュアル。魔王軍幹部の一人よ」


セレカ「魔王軍……ならば貴様も斬らねばならんな」


デスタ「ゼニスの使い魔か……わざわざ殺されに来たのか?」


ミュアル「嬉しいわ、随分と歓迎されてるみたいね。でも、欲深い人間が私に勝つ事は無いわよ」



 デスタとセレカは戦いを中断すると、ミュアルに対して剣を構えた。すると、ミュアルはニヤリと笑みを浮かべると持っている生首を宙へ投げた。そして、サッカーボールのように蹴っ飛ばした。生首は柱に激突すると破裂した。辺りには肉片が飛び散り、不快な光景が広がる。



セレカ「貴様、何のつもりだ?」


ミュアル「フフ、邪魔だったから消しただけよ。さあ、始めましょうか。二人まとめて相手してあげる」



 彼女の挑発に乗った二人は、同時に飛びかかった。その瞬間、ミュアルは口からピンク色のガスを吐き出した。デスタは慌てて口を押さえるが、セレカは間に合わずに少し吸ってしまった。堪らず咳き込むセレカ。



デスタ「セレカと言ったか?一時休戦だ、奴を倒すぞ」


セレカ「あ、ああ分かった。まずはこのガスを払う、私の後ろに来てくれ」



 セレカは剣を鞘に収めると、両手から風の魔法を唱えた。効果は抜群だった。ガスはあっという間に晴れ、ミュアルの姿が見えるようになった。



デスタ「残念だったな。貴様の毒ガスは少量吸った程度じゃ死なないみたいだぞ」


ミュアル「フフフ、いいえ。毒ガスじゃないわよ、それ」


セレカ「何だと?ではただの煙幕か」


ミュアル「フフ、貴方の吸ったそのガスはねえ……」



 ミュアルがガスの正体を話そうとしたその時、セレカが地面に膝をついた。呼吸が荒くなっているのが分かる。



デスタ「おい、どうした?」


セレカ「はぁ…はぁ…これは……マズい」


デスタ「息苦しいのか?」


セレカ「体が熱い……何か変だ」


ミュアル「フフフ、効果はあったみたいね」


デスタ「どう言う事だ?説明しろ!」



 人差し指を唇に当てて尻尾を揺らすミュアル。鼻歌まで歌って随分とご機嫌だ。セレカはうずくまって苦しそうにしている。



ミュアル「あのガスは人間の、言うなれば媚薬みたいなものよ」


セレカ「くッ……そんなものに私は負けない…」


ミュアル「我慢は良くないわよ?貴方の体は求めているでしょ、快楽を」


セレカ「ふざけるな……」


ミュアル「フフ、仕方ないわね。もっと大量にガスを吸わせてあげるわ」



 ミュアルは座り込むセレカに近づく。無論、デスタはミュアルに飛びかかった。しかし、軽く尻尾で弾き飛ばされてしまった。その隙に、口から直接ガスを体内にセレカへ流し込む。効果はすぐに出た。喉を押さえ悶え苦しむセレカは、しばらくすると動かなくなった。



ミュアル「フフ、ちょっと刺激が強かったかしら?次は貴方の番よ」


デスタ「奴はどうなった?」


ミュアル「心配しないで、息はあるわ」



 デスタはセレカの元に駆け寄ると、状態を確認した。どうやら、ミュアルの言った通り息はしているようだ。



デスタ「セレカ、お前との決着はこいつを倒してからにするぞ」



 デスタはセレカを柱の陰に寝かせると、ミュアルに向き直る。ついに魔王軍幹部との戦いが始まる。かに見えたが、背後から突然誰かが抱きついてきた。しかし、。敵ではないのだろうか。振り向くと、抱きついていたのは寝ているはずのセレカだった。



デスタ「セレカ…これは何の真似だ?」


セレカ「はぁ…はぁ…済まない。興奮が収まらないんだ……許せ」



 セレカはデスタを押し倒すと馬乗りになった。デスタは必死にもがくが、中々抜け出せない。



ミュアル「そう、それでいいのよ。思う存分解放すれば興奮は収まるわ」


デスタ「おい、目を覚ませ!同性だろ?」


ミュアル「フフ、今の彼女はそんな事気にしないくらい興奮してるみたいよ」



 セレカは鎧を脱ぐとデスタの手を握った。火照った体が苦しそうだ。



セレカ「デスタ……私の鼓動が聞こえるか?」



 握った手を自分の胸に押し当てるセレカ。手を通じて彼女の鼓動が動いているのが伝わる。今にも心臓が破裂しそうなくらい速く動いているのが分かった。

 そして、セレカがに移ろうとしたその時、凄まじい衝撃波がミュアルを襲った。その衝撃で全員まとめて吹き飛ばされた。ミュアルは空中で体勢を立て直すと、衝撃波が飛んで来た方向に視線を向けた。



ミュアル「誰?これからが楽しい所なのに」


ブレイブ「デスタ君、大丈夫かい?助けに来たよ!」



 立っていたのは魔王討伐班のブレイブだった。ブレイブは倒れているデスタを見つけると、急いで駆け寄った。そして、回復の魔法をかける。



デスタ「タイミングの良い奴だ……よく居場所が分かったな」


ブレイブ「それはこの子が教えてくれたんだよ」



 ブレイブの着ている制服のポケットからバルが顔を出した。どうやら、ブレイブをここまで案内したのはバルらしい。バルはポケットから元気よく飛び出すと、デスタの頭の上に飛び乗った。



デスタ「礼を言う、二人共」



 そして、セレカは先ほどの衝撃波によって頭を強く打ち気絶していた。これでしばらくは動かないだろう。ブレイブの登場によって形勢は逆転したデスタは、再びミュアルと対峙するのだった。

 その頃、皇帝の間では怒り狂ったガルデュークが、戦況を報告に来た兵士達を次々に薙ぎ払っていた。辺りは散乱する死体と怯える召使いのみ。そして、死体の山の上に帝国旗を掲げた。



ガルデューク「俺は勝利以外認めない。帝国に必要なのは強者のみ、弱者は消えろ」



 そう言うと、ガルデュークは高く飛び上がった。天井を突き抜け、要塞の最上部に降り立つ。帝都南の大草原を見つめる。帝国軍と魔王軍が戦っているのが見えた。しかし、若干帝国軍が押されているようだ。それに腹を立てたガルデュークは、大草原に群がる魔物の元へ向かった。建物の屋根から屋根へ飛び移り、あっという間に大草原に到着した。



ガルデューク「最強の帝国が聞いて呆れる……」



 ガルデュークの登場に帝国兵達の指揮も上がる。しかし、ガルデュークは不満だった。帝国が魔王軍相手に苦戦している事に。



ガルデューク「この場にいる全帝国兵に告ぐ!!他の入り口の救援に向かえ、ここは俺一人で片付ける!!!」



 数万体の魔物を相手に一人で戦うつもりのガルデューク。無論、帝国兵達は反対した。しかし、ガルデュークは既に魔物の群勢の中に飛び込んでいた…………………………………

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