第36話 死の人形劇場

フェインとラッシュは薄暗い地下牢を当てもなく走っていた。二人の背後には、鋭く砥がれた包丁を片手に、殺意満々の魔物が追いかけて来ている。やがて、二人は右左に分かれている道に辿り着いた。



フェイン「右だ!」


ラッシュ「左に行くぞ!」



案の定二人の意見は対立し、分かれ道の前で立ち止まってしまう。別々に進みたくても、二人の腰に着いている鎖のせいで離れる事が出来なかった。



フェイン「俺の勘が右って言ってるから右だ!」


ラッシュ「お前の勘なんて信用できるか!左だ!」



すると、二人の後ろから荒い鼻息が聞こえて来た。恐る恐る振り向くと、魔物が包丁を大きく振りかぶっていた。それを見た二人は、包丁が振り下ろされた瞬間、それぞれ右と左に飛び、二人を繋いでいた鎖を目一杯張らせた。力任せに振り下ろした包丁は見事、鎖を一刀両断し、フェインとラッシュは別々に道へと走り始めた。



ラッシュ「最上階で落ち合う!」


フェイン「おう!だけど、そいつをちゃんと撒いてから来いよ!」



魔物は別々の方向に走り始める二人を見て、適当にラッシュの後を追いかけて行くのだった。



フェイン「さてと、まずは武器を探すとするか」



一方、デスタは古ぼけた大扉の前に立っていた。



デスタ「二階東側はこの部屋で最後だな…」



デスタは大扉を両手で目一杯押した。扉は鈍い音を立ててゆっくりと開いていく。廊下から中を覗くと、それはとても異様な光景だった。中は劇場になっており、天井には沢山の人形が吊るされているのだ。そして、舞台の中央には、椅子に縛られている男と、その横に小さな檻が置いてあった。檻の中には見たことのない小動物が一匹入っており、酷く怯えている。雪の様な白い毛に、小さな翼の生えた不思議な生き物だ。その生き物は兎に似ているが、ハムスターに見えなくもない。椅子に縛り付けにされている男は黙って俯いており、生きているのか死んでいるのか、遠目からでは分からなかった。



デスタ「(悪趣味な部屋だ……)」



デスタが部屋に入るのを躊躇っていると、椅子に縛り付けられている男が無機質な声で助けを呼び始めた。



男「たす…け……て」



デスタは恐る恐る部屋の中へ足を踏み入れる。観客席はどれも長いこと使われていないようで、埃を被っている。ふと、後ろを振り返ると、扉は音も無く閉まっていた。

警戒しながら、ようやく舞台の目の前まで来たデスタはある事に気が付いた。



デスタ「こいつ……人形だ」



なんと、男は人間にそっくりな人形だったのだ。何か嫌な予感がしたデスタは、すぐに劇場から出ようと歩き出した。しかし、その足はすぐに止まった。視線を感じる。劇場には誰もいないのにも関わらず、多くの視線を感じるのだ。だが、視線の正体はすぐに分かった。天井に吊るされている沢山の人形達が、真っ暗な瞳でデスタを見つめているのだ。人形達は歪な形をしている物も多く、まるで獲物を待ってましたと言わんばかりに、一斉に飛びかかって来た。



デスタ「フッ……数が多いだけで、わしに勝てると思わない事だ」



デスタは魔界剣に魔力を集めると一気に薙ぎ払った。剣は黒い斬撃を広範囲に放ち、人形達の大半は一瞬にしてバラバラに砕け散った。



デスタ「つまらん……所詮雑魚は雑魚と言う事か」



残った人形達はデスタのあまりの強さに次々と背を向けて逃げて行く。しかし、逃げて行く人形達の中に、一人だけ鉄仮面を着けた女騎士が真っ直ぐこちらを見つめ立っていた。



デスタ「お前は……セラフィーをさらった奴だな?名前はたしか……エル姐とか呼ばれてたな」


エル姐「……」


デスタ「だんまりか、まあいい……すぐにセラフィーの居場所を吐かせてやる」



エル姐ことエルネーゼは、デスタの言葉には一切反応せず、無言で腰の直剣を抜き構えた。その構えには一切の無駄が無く、かなりの達人である事が分かった。最初に仕掛けたのはエルネーゼだった。素早い身のこなしでデスタに斬りかかって来る。デスタはその攻撃をしっかりと剣で受け止めた。だが、その瞬間鋭い蹴りが放たれた。デスタは紙一重で蹴りを躱すと後方へ勢いよく飛んだ。序盤から激しい攻防が繰り広げられる。二人の実力は互角だった。



デスタ「(こいつ…なかなかやりおる)」


エル姐「……」


デスタ「(実力は互角か……ならば、一気に決めてしまう他ない。今のわしの体ならば、前より鍛えられているはず、きっとあの魔法を使う事が出来るはずだ)」



デスタは魔界剣を鞘に収めると、身体中の魔力を両手に集中させた。デスタの両手は黒くそして禍々しく輝いている。エルネーゼは警戒してデスタとかなりの距離を取り、防御の構えをとった。



デスタ「見せてやろう!魔王の力をッ!!」



デスタは両手を前に突き出し、一気に溜めていた魔力を放出した。放たれた禍々しい魔力は、エルネーゼに避ける隙を与える事無く直撃した。その衝撃で壁は崩れ、エルネーゼの立っていた場所には黒く焦げた炭だけが残っていた。



デスタ「(ダークストーム……以前は不発に終わったが、今回は成功のようだな)」



デスタが自身の成長を確信していると、背後から再び殺気を感じる。



デスタ「(まさか……奴は消し飛んだはず…)」


「よくも…私のコレクションを壊してくれたわね」



声のする方を振り向くと、ボサボサの長い銀髪を垂らした不気味な女が立っていた。



デスタ「何者だ、答えろ」


不気味な女「私はエルネーゼ……アンタが消し炭にしたソイツは私の人形よ。元はどこかの騎士だったらしいけど」



エルネーゼと名乗る不気味な女は、黒焦げになった人形達を見て、爪を噛みブツブツと独り言を言っている。再び視線をデスタに戻すと、今度は自分の指を噛み始めた。



エルネーゼ「この子達はねぇ……この城に侵入した馬鹿な冒険者達の死体をパパが使って良いって言うから、改造して作った私専用の人形なの。これだけ集めるのは大変だったわ……中でもさっき消し炭になった女騎士は、殺す時かなり手こずったのよ……どうしてくれるの?これ……」


デスタ「死体集めか……悪趣味な奴だ」


エルネーゼ「やりたい放題されてかなり頭にきてるけど、いいわ…全部水に流してあげる」


デスタ「それはどうも……」


エルネーゼ「あなた程の戦士を私のコレクションに加えれば、役に立ってくれそうだものね」


デスタ「せっかくの誘いだが、お前のコレクションに興味は無い」



エルネーゼは深く溜息を吐くと、長い髪を逆立て、目を血走らせる。



エルネーゼ「お前の意見は聞いてないんだよおおおおおッ!!」



エルネーゼは左手の人差し指をデスタに向けると、素早く二回指を引いた。すると、デスタの体はエルネーゼの元へ乱暴に引き寄せられた。



エルネーゼ「フフフ…あんた、既に私の術中にハマっているのよ。気づかなかった?」


デスタ「くッ……何が起こった」


エルネーゼ「フフフ…さあ?何が起こったのかしらねぇ」



今度は指を素早く二回上に向けると、デスタは天井に叩きつけられた。しかし、デスタは叩きつけられた反動を利用して、天井を思いっきり蹴るとエルネーゼに飛びかかった。



エルネーゼ「あら?随分頑張るわねぇ、でも抵抗するだけ無駄よ」



エルネーゼが指を下に向けると、デスタは勢いよく地面に叩きつけられた。



デスタ「(マズイな……奴はどうやって攻撃しているんだ?)」


エルネーゼ「そろそろ…とどめを刺して、私のコレクションにしてあげるよぉ!」



デスタは先程から、エルネーゼが指を動かす度に体が飛ばされているのに気がついていたが、どう言う方法で攻撃しているのか分からずにいた。



デスタ「(奴の攻撃はどこから……くッ……さっきの戦いで体力を使いすぎたか……)」



エルネーゼは太ももに隠してあるナイフを取り出すと、倒れているデスタに向かって投げた。デスタは刃が当たる直前でナイフをキャッチすると、エルネーゼに勢いよく投げ返す。不意の反撃に驚いたエルネーゼだったが、指を払うとナイフの軌道が変わり、エルネーゼの頰を掠めた。



エルネーゼ「ッ……!まだそんな力が残っているとは驚いたよぉ。やっぱり、君は私のコレクションになるべきだね!」


デスタ「黙れ……わしには見えたぞ…お前の攻撃が!」


エルネーゼ「…ようやく私の攻撃方法が分かったようね」


デスタ「ああ、お前は糸を自在に操れるみたいだな、しかも魔法で強化している上に限りなく見えづらくしている」


エルネーゼ「正解、だけど攻撃方法が分かった。ただそれだけの事よ」


デスタ「本当にそうかな?」



デスタはいつの間にか自分に巻きつけられていた糸を掴むと、一気に引っ張った。すると、エルネーゼの左手の小指が勢いよく千切れ、デスタに巻きついていた糸が外れた。



エルネーゼ「ぐげッ!!」


デスタ「…この糸は小指と繋がっていたか、それじゃあもう一本」


エルネーゼ「クッ……いい気になるなよ……すぐにその皮引っ剥がしてやる!!」



エルネーゼは小指を失った事により、頭に血が上り冷静さを失っていた。



エルネーゼ「さあ!みんな戦って、私のためにッ!」



エルネーゼの掛け声と共に、バラバラになった筈の人形達が再び起き上がり、デスタに飛びかかる。しかし、デスタは体力、魔力、共に消費しており、先程のように一気になぎ払う力は残って無かった。それでも、デスタは一体つづ確実に倒していく。だが、倒しても倒しても、エルネーゼはすぐに人形の破片を糸で修復し復活させるのだった。まさに無限ループである。



エルネーゼ「ハハハハハッ!私の人形達は倒せない、死ぬしかないなぁ?」


デスタ「はぁ…はぁ……本体のお前を倒せばいい」


エルネーゼ「そんな事させる訳ないでしょ?」



人形達はまるで笑っているかのように、顎をカタカタ言わせている。エルネーゼが九本の指をデスタに向けると、人形達は次々にデスタに向かって飛んでいく。その瞬間、デスタは周辺の観客席を破壊し地面に強く叩きつける。そして、天井に向かって魔界剣を全力で投げた。投げた先には豪華なシャンデリアがあり、剣はシャンデリアと天井を繋ぐ鎖を切断した。そして、落下したシャンデリアと破壊された椅子の衝撃で、辺りに大量のホコリが舞った。デスタはシャンデリアを煙幕に使ったのだ。



エルネーゼ「ゴホッゴホッ、すごい埃ね…掃除しとくべきだったわ」



エルネーゼは口を押さえ咳き込む。しばらくして視界が良くなって来ると、そこにデスタの姿は無かった。エルネーゼはデスタを探そうとキョロキョロと辺りを見渡す。すると、後ろから突然肩をガシッと掴まれた。慎重に振り向くと、そこにはデスタが右手に黒い魔力を溜めながら、邪悪な笑みを浮かべていた。



エルネーゼ「あ…ああ……その魔法は!?」


デスタ「ダークストームッ!!」



デスタの右手から放たれたダークストームは、今度こそエルネーゼ本人に命中した。右手だけでも十分すぎるその威力は、エルネーゼを消し炭にするのに一秒もかからなかった。



デスタ「ふぅ、今度こそ終わった……ん?しまった、セラフィーの居場所を訊きくの忘れてた……」



デスタが部屋を立ち去ろうとすると、か細い動物の鳴き声が聞こえてくる。声のする方を見ると、エルネーゼとの戦いの衝撃で檻が壊れたのか、中にいた白い小動物が足を引きずりながら舞台の上に転がっている男の人形に向かって歩いている。



デスタ「その男、お前のパートナーだったのか?」



小動物は返事をするように鳴くと、また男の方に向かって歩き始めた。デスタは小動物を抱えると簡単な治癒の魔法をかけ、男の近くまで運んだ。そして、ボロボロになった客席に腰をかけるとそのまま横になった。



デスタ「(今ので完全に魔力が尽きてしまったか……前より強くなったと言ってもやはり人間の体、疲れるのが早すぎる)」



デスタは戦いの疲労もあり、そのまま眠りにつくのだった……………………………………

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