第5話 禁忌と訓練と

 和室で胡坐を掻き煙草を燻らせる鬼灯の前には、宝仙を含む三人の老人が殺気にも近い雰囲気を漂わせていた。


「まったく、あれが〝禁忌〟の娘だったとはな」


 中央に座る佐久良が溜め息混じりにそう言うと、鬼灯は呆れように口を開いた。


「あくまで噂だろ。そんなものに踊らされるより、ちゃんと仕事をしろよ。老人共」


「ふんっ、言われるまでも無い。現状で我々にとっての障害は鬼よりも人間ほうだ。ワシなら〝禁忌〟かどうかに限らず有用なら使うがな」


「さすがは彼我さん、強硬派は話がわかる」


「なんでもかんでも力で解決すればいいというわけでは無い」険しい顔をする宝仙は諫めるように言った。「政府側との摩擦を軽減するのにどれだけ苦労しているのか知らないだろう」


「知ったことか。向こうがこっちを殺すつもりなら、殺される覚悟はあるはずだ」


 吸殻を自らの手に落とした鬼灯を見て、佐久良は頬杖を着いた。


「中立派から言わせてもらえれば〝禁忌〟の娘を監視しながら、人間側を警戒しておくべきだ。何やら不穏な動きも聞こえてくるしな」


「そっちはそっちで牽制しておけ。に入ってくることは無いだろうが、開戦の合図なしに俺の知り合いが死ねば、誰であれただでは済まさないぞ」


 四者の間で不穏な空気がぶつかり合ったその頃――桃幻狭を案内する紅葉はススキと共に周りが木で囲まれた広場に来ていた。


「そんでここが最後の訓練場な。ここの前に案内した二つの訓練場に比べればここはあんま人が来ぉへんからここで訓練しよか」


「はい。具体的に何をするんですか?」


 紅葉と向かい合ったススキは屈伸をしながら問い掛けた。


「ん~、うちの使ってた力、憶えてる?」


「折り紙みたいなのを飛ばしていたやつですか?」


「そうそ。人によって力は全然違うんやけど、うちの場合は折った紙に力を付与する感じのやつでな? まずは、その力の元を自覚する必要があんねん。やから、はいっ。目ぇ閉じて」


 言われるがまま目を閉じたススキは、その場で真っ直ぐに立った。


「ほんなら、イメージして。体全体が水の膜で覆われているような感覚。熱くも冷たくもなく、微温湯の中に浸かっているような――頭の先から爪先まで、常に流れは止まらない。はいっ、目ぇ開けてええよ」


 そして目を開いたススキの瞳に映ったのは紅葉の体を覆う透明な薄い膜だった。そして自らの体に視線を落とすと、同じように包む膜が目に入った。


「これは……」


「いわゆる氣とか念ってやつでな? うちらはそれを〝すい〟って言って、力として使うことが〝そう〟。まずは〝翆〟を自在に動かせるようにする訓練から始めんで」


「〝翆〟と〝燥〟……〝ごく〟? というのも言ってませんでした?」


「〝獄”は力の収縮と解放。簡単に言えば大技ってことやけど、周りへの影響が大きいからあん時は禁止されてん」


「影響、ですか?」


「そう。一般人は鬼が見えんやろ? でも、強い力を感じると認識してしまう。やから知らん人がいる前で使ったらあかんってのが暗黙の了解みたいな、な? ほんなら始めよか。まずは脚を肩幅に開いて楽な姿勢。そしたら、まずは〝翆〟を左手に集めてから左足、右足、右腕の順に移動させる」


「え~っと……」体に力を入れるススキだが、体を包む膜は一向に動く気配が無い。「何かコツとか無いんですか?」


「人によって感覚がちゃうからなぁ。敢えて言うなら考え過ぎんほうがええってことくらい?」


「考えるよりも感じろ、ってことですか」


 そう呟いたススキは深呼吸をすると、目を閉じた。


 その姿を眺める紅葉は袖の中から紙を取り出し折り始めると、徐に口を開いた。


「本来は子供の頃から時間を掛けて〝翆〟を認識していくんやけど、ススキちゃんはすでに鬼を認識してるし体の中に鬼がいるからそう苦労もせんと思う」すると、声を発さずとも鬼という言葉にススキが反応したことに気が付いた。「ああ、鬼な。ほんなら訓練がてら話そかな。鬼は人の恐怖から生まれるってのは教えたよな? つまり、人の恐怖が集まる場所――学校とか病院とか、事件とか事故が起きた場所には鬼が発生しやすいんやけど、その鬼にも強さのランクがあんねん。弱いほうから餓鬼・邪鬼・悪鬼・剛鬼・神鬼。ちなみに病院で戦ったんは邪鬼な」


 話を聞きながら動き出したススキの〝翆〟がゆっくりと左腕から脚を通って右腕へと一周した。


「今の、出来てました?」


「うん、上々上々。次はゆっくりでもええから量を意識してみてなぁ」


「はい」今度は目を開けて〝翆〟の操作をし始めると、紅葉のほうに視線を送った。「その、鬼の強さはどうやって判断しているんですか?」


「基本的には気配の大きさやな。明確な基準は無いんやけど、たぶん戦う度に感覚でわかるようになるから大丈夫やと思うで」


「なるほど、です」


 体を流れる〝翆〟が滑らかに動いていると、紅葉の背後から煙草を銜えた鬼灯がやってきた。


「やってるな。〝翆〟の操作か。どこまで話した?」


「鬼について。これから忌人について話すつもりやったけどどうする?」


「よし、じゃあ俺から話してやろう。鬼のランクについては聞いたな? それと同じで忌人にも階級がある。下から白雀はくじゃく緑梟りょくろう赤鷲せきわし黒鴉こくが。わかりやすく言えば白が新人、緑がそこそこ、赤が玄人、黒が天才ってところだ」


「紅葉さんと鬼灯さんはどこなんですか?」


「うちは緑梟。ちなみに一番数が多い分、同じランクでも実力差が大きいのが緑梟やで」


 自分は上のほうだという意味を込めて言うと、鬼灯は頷いて口を開いた。


「紅葉は限りなく赤鷲に近い緑梟だな。そんで俺は三人しかいない黒鴉の一人だ。まぁ、言うなれば最強だな」


「そういうんを自分で言うから威厳が感じられんねん」


「強いのは事実なんですか?」


 問い掛けるススキに、鬼灯は口角を上げて煙草を銜え、紅葉は大きく頷いた。


「こんなんでも最強の一人ってのは事実やねん。性格に難はあるけどな」


「はっは。まぁ、それはともかくとして――」話を聞きながらも〝翆〟の移動速度が上がっていくススキを見て、鬼灯は新しい煙草に火を付けた。「さすがに呑み込みが早いな。体の中に鬼を飼ってるってのもあるのかもしれないが……それならフェーズ2に移行するか」


「え、まだ早いやろ」


「二週間しかねぇし、訓練やら修業は退屈だろう。適性を早めに知っておくことに超したことは無い」


 その会話を聞いていたススキが〝翆〟の操作を止めた。


「適性、ですか?」


「そうだ。忌人の力は千差万別。自分にあった力を知らなければ鬼と戦うことは出来ない」


 二人が向かい合った時、紅葉は袖の中で震えた携帯を取り出して画面を確認した。


「あ~、仕事や。じゃあ、うちはおもてに行くけど――ススキちゃん。何かされたら全力で鬼灯のこと殴ってええからな」


「あ、はい。わかりました」


 去っていく紅葉に手を振りながら見送ったススキは鬼灯のほうに居直ったが、首を傾げた。


「……おもて?」

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