第4話 忌人

 ススキは窓の無い閉ざされた部屋の中で、テーブルを挟んだ鬼灯と紅葉と向かい合っていた。


「え~っと、それでどういうことなんでしょうか? 目が覚めたらここに居たのですが」


 フードを目深に被るススキが俯きがちに問い掛けると、鬼灯は火の点いていない煙草を銜えて椅子の背凭れに体を預けた。


「監禁みたいなことして悪いな。本当は俺もソファーでゆったりってのが良いんだが、こうでもしないと協会の怖がりじいさん共が五月蠅いんでね」


 そう言って立てた親指の先には、部屋全体を映すように監視カメラが仕掛けられていた。


「まぁ、あっちのことは気にせんでええよ。それより体は? おかしなところとか無い?」


「そう、ですね。これと言って特には何も。それで、どうして私はここに連れて来られたんですか?」


「そうだな……どこから話すべきか」銜えた煙草を上下させる鬼灯はテーブルに片肘を着いて頬杖を着いた。「じゃあ、まずは鬼について教えよう。鬼ってのは人の恐怖から生み出された化け物で、見える見えないに拘らず人を傷付ける。まぁ、昔ながらの妖怪やら幽霊やらと同じもんだな」


「……はぁ」


 よくわからないように返事をしたススキを見て、紅葉は鬼灯の頭を叩いた。


「纏め方下手くそか。簡単に言うとな? いわゆる幽霊とかおるやんか、ああいうんと同じでな。見えるもんには見えるけど、見えないもんには見えん。そんでその鬼を祓うのがうちら忌人のお仕事やで」


「きじん、ですか」


「そう、忌むべき人、で忌人。まぁ、細かいことは良いとして――はい、あとはよろしくな」


 紅葉に肩を叩かれた鬼灯が煙草をテーブルに置いて言葉を発しようとしたとき、先にススキが口を開いた。


「大方、私にもその忌人になれ、ということでしょうか?」


「何も強要するつもりは無い。が、そうならざるを得ない、というのが現実だな」


「……あの、記憶が曖昧なのですが……私、何かあったんですか?」


 その言葉に、紅葉と鬼灯はやはりという表情で顔を見合わせた。


「そんなところだろうとは思ったよ。隠しても仕方が無いから教えるが、お前の体の中には鬼がいる。おそらくは共生しているって感じだろうが、そんな奴は前代未聞でね。故に、協会のじいさん共が警戒しているってことだ」


「うちらとしては放っておくわけにもいかんくてなぁ。今まではススキちゃんの中にいた鬼が自らの意思で力を抑えていたのかもしれんけど、これからはそうもいかんやろからなぁ」


「鬼、が私の中にいるんですか?」疑問符を浮かべるススキは自らの胸に手を当てて、首を傾げた。「……?」


「まぁ、自覚が無いのはわかっている。とりあえず……アレだな」鬼灯は監視カメラを気にするような素振りを見せた。「単刀直入に言う。忌人になるつもりはあるか?」


 纏う雰囲気を変えた鬼灯に真っ直ぐな視線を向けられたススキは、思い出すように天井を見上げると、静かに溜め息を吐いた。


「私は……特に生きている目的も無いですし、やることもないです――その忌人? になることは別に良いですよ。でも、お二人を見る限り何かまだ言っていないことがありますよね?」


「目敏いなぁ。まぁ、忌人になってうちらと一緒に鬼を祓おうやってのは本音やけどな?」


 言葉を選びながら言う紅葉に、鬼灯は溜め息を吐きながら監視カメラに背中を向けたまま中指を立てた。


「まどろっこしいのはもう止めだ。俺たちの敵は鬼だけじゃない。一番の敵は人間だ」


 その言葉にススキは首を傾げた。


「それは、人間の恐怖が鬼を生み出すから、ですか?」


「違う。人間自身が俺たちを恐れているから、だ。そして――」


 その時、話を遮るように壁を打ち破って筋骨隆々の老人が部屋に入ってきた。


「喋り過ぎだ。馬鹿者が」


「まさかあんた来るとはな」壁に穴が開いていることを気にする様子もなく、鬼灯はススキに視線を向けた。「紹介しよう。この爺さんは三長老の一人、宝仙だ。ちなみに君のことを殺そうと提言した一人でもある」


 鬼灯の発言と同時に宝仙に一瞥されたススキは、全身を突き刺すような圧を感じて即座に椅子から飛び退いた。感じたのは殺気――一度でも死を実感したことがある者だけが感じ取れるに冷や汗を流した。


「どう責任を取るつもりだ? 鬼灯。万が一、この子兎が鬼側だった場合、問題になるぞ」


「はっ――臆病な老人だな。そもそもこれまで協会側がその子のことを認識していなかったのが関係していない証拠だろ。何より戦争は到に終わっているんだ。どっちの側も無い」


 睨み合う二人を呆れた表情で眺める紅葉は、徐に口を開いた。


「とりあえず今はまだ一般人の女の子の前ってことを忘れんでなぁ? そんで先生、まだ調査結果伝えてへんやろ? まずはそっちを言わな」


 すると、鬼灯はススキを一瞥して考えるようにこめかみを撫でた。


「まぁ、いずれは知ることか。越葉雪、お前は誰に育てられた?」


 身構えていたススキは唐突な質問に冷や汗が引くと、首を傾げた。


「私は五歳の頃から祖父に……母方の祖父に育てられました」言いながら、少し離れたところに移動させた椅子に腰に下ろした。「その祖父は二年ほど前に亡くなりましたが」


「五歳ってことは十二年前か? ならやはり――」


 その瞬間に、宝仙は気が付いたように眉間に皺を寄せた。


「十二年前……越葉? もしや君は――迅と奏の娘か?」


「私自身はあまり記憶にありませんが、確かに迅と奏は私の父親と母親だと思います」


「なるほど。英雄の娘か。鬼灯、お前はいつから知っていた?」


「あんたと対して変わらねぇよ。で、その英雄の娘が本当に忌人にとっての敵になると思うか?」


「……わかった。だが、元からの取り決めを変えるつもりは無いし、脅威であることに変わりない」言いながら、椅子に座るススキを下から上に値踏みするように眺めた。「二週間だ。二週間で使いものにならなければ、英雄の娘だろうと処分する。わかったな?」


「はいはい。じゃあ、さっさと帰れよ。あんたがいると筋肉が移る」


 鬼灯の発言を鼻で笑った宝仙の体が縮み出すと、一回り小さな老人へと姿を変えて壁に開いた穴から部屋を出て行った。


 残された三人は顔を見合わせ、ススキは考えるように口を結んだ。


「あの、よくわからないのですが……英雄、とは?」


「一から話そう。十二年前、鬼との大きな戦争があってそこに参加していた忌人も大勢が犠牲になった。その中に迅と奏がいたわけだ」


「その時、うちはまだ子供やったけど先生は?」


「俺も若かったが天才だったんでな。当然、戦争にも参加していた。迅と奏と直接的な面識は無いが、話は聞いている。巻き込まれた一般人を救うため約三十体の邪鬼悪鬼と渡り合ったとか。残念ながら当時の知り合い関係は全員死んでいるが、君のことを知らなかったのは巻き込まないためだろう。戦いに」


「それは、なんとなくわかります」俯きがちに被っていたフードを外すと、顔の横に白髪が垂れた。「じゃあ……私の中に鬼がいるというのも両親が関係しているんですか?」


「そこに関しては、まだよくわからないってのが正しい。さっきも言った通り、体の中に鬼がいる人間なんてのは聞いたことが――」言い掛けたところで、思い出したように体を仰け反らせた。「ああ、いや。正確に言えば試そうとした奴は何人もいた。忌人としての力を底上げしようと鬼を体内に取り込んだ者は、すべからく内側から食い殺された。なぜ君がそうなっていないのかも調べる必要がある」


「つまり、皆さんですらよくわかっていない力を使って、鬼や人? と戦え、ということですよね?」問い掛けに頷く二人を見て、ススキは小さく息を吐いた。「先程も言った通り、私には生きる目的がありません。私は、昔から私の周りで傷付く人が多いのは私のせいだと思っていました。多分、それは間違っていないですよね? なら、微弱かもしれませんがお手伝いさせてください。私も――私自身を知りたいので」


「決まりだな。じゃあ、あとのことは紅葉に任せる」


「案内と訓練やろ? あ、別に戻ってこんでもええよ」


「女水入らずか。まぁ、楽しめ」


 そう言うと、鬼灯は壁に開いた穴から出て行った。


 そして、紅葉が向けてくる視線にススキは苦笑いを見せるのだった。

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