第3話 遭遇
病院への道すがら、ジャージのポケットに片手を突っ込み、片手にはココアの缶を持つススキは素朴な疑問を口にした。
「お仕事って、何をやるんですか? 狩り、って……賞金稼ぎみたいな?」
「良い線やなぁ。まぁ、同行させているってことは基本的なことは教えていいってことやろうし――」自問自答するように呟いた紅葉は頷いて見せた。「うちらの仕事は鬼って呼ばれる化け物を退治することでな? わかりやすく言うと除霊やね」
「はぁ……なるほど。でも私、幽霊とか見えたことないですけど」
「そうなんよねぇ。多分、今からの仕事ではうちと一緒やし見えると思うんやけど……ん~」考えるように唸っていると、病院の前に辿り着いた。「ま、百聞は一見に如かずやな。ススキちゃん、体鍛えてる?」
「そうですね、人並み以上には」
「ほんなら危ないから戦いが始まったら離れておいてな?」
「わかりました」
未だに何がなんだかわかっていないススキだが、紅葉と共に病院の敷地内に入ると途端に妙な圧を感じてたじろいだ。しかし、紅葉は構うことなく進んでいく。
敷地を入ったところで立ち止まっているススキと病院との間に立った紅葉はその場で大きく深呼吸をした。
「……?」疑問符を浮かべるススキは紅葉に駆け寄っていった。「あの、何が――」
言い掛けたところで、紅葉が制すようにススキの前に片腕を出した。
「来んで」
すると、地面の中から這い出るように出てきたモノにススキは目を見開いた。
「これが、鬼――ですか?」
それは四つ腕で二足、大口には鋭い牙の生やした体長三メートル近い化け物だった。
「そう。これが鬼、のはずなんやけど……」違和感を覚えた紅葉は目を細めた。「ん~? まぁ、ええけど――あ、ススキちゃん退がっててぇ」
振り上げられる拳を見て、紅葉はススキを退かせると鬼の気を引くように袴をヒラつかせると、振り下ろされた腕を避けた。そして、その瞬間に気が付いたように目を見開いた。
「ん、やっぱりこれ『邪鬼』やんか、あの変態」鬼灯への怒りで頬を膨らませた紅葉は袖の中に手を引っ込めた。「『餓鬼』用の準備しかしてへんのに、もう――しゃーない。おいで
言葉と同時に袖の中から出てきた無数の紙の蝶が鬼のほうへ飛んでいき、視界を覆うように旋回を始めた。
そちらに気を取られている隙に取り出した紙の手裏剣を投げると、弧を描きながら鬼の体に突き刺さったがまるでに蚊に刺されたかの如く反応が無かった。
「硬いなぁ。あんま使えるもん用意してへんのやけど――刃物はクナイくらいか」
そう言って取り出したのは紙で作られたクナイだった。
振り回される四本の腕で紙の蝶が破かれ落とされると、寄ってきていた紅葉に気が付き拳を振り下ろした。
「よっ、と――」クナイで拳を受け止めたが、その衝撃で地面が凹んだ。「あ、あかんなぁ」
のったりとした口調とは裏腹に、沈んでいく体を感じていると横から伸びてきた拳に殴られ吹き飛ばされた。だが、直前で地面に落ちていた蝶の残骸が体と拳の間に這入り込んで衝撃を和らげ、動けなくなるほどのダメージは受けずに済んだ。
「紅葉さん!」
駆け寄ろうとしたススキだったが、鬼の一瞥を受けて動きを止めた。
ススキの姿を確認した鬼が紅葉のほうから踵を返すと、興奮したように駆け出した。
「ススキちゃん、伏せて!」その言葉に反応してしゃがみ込むと、振り下ろされる拳の前に紅葉が滑り込んできた。「紙の盾――でも、きついなぁ」
掲げた紙の盾は正面に見えないバリアーを張っているように鬼の拳を防いでいるが、連続で打ち込まれる四本の腕に紅葉は苦しそうな表情を見せた。
「あの、私に何かできることは――」
「逃げてもらうのが一番なんやけど、多分あかんのやろなぁ」鬼灯を思い浮かべつつ言葉を紡いでいると、目の前の見えないバリアーにヒビが入り始めた「とりあえずそこから動かんで」
盾を回り込ませるように投げた手裏剣が鬼の片目を潰すと拳が降り止んだ。
「グガァアアアァア!」
叫び声を上げる鬼の脚に紅葉がクナイを振り抜くが、弾かれて刃が折れた。次の武器を取り出そうとしたとき、暴れて振り回す鬼の腕に気が付かずに吹き飛ばされ、地面に頭を打ち付けた。
手裏剣が刺さったままだが、正気に戻った鬼は倒れている紅葉を見付けて真っ直ぐに向かって行ったが、それよりも先にススキが駆け出していた。
紅葉を庇うようにススキが両腕を広げて立ち塞がると、途端に鬼は腕を振り上げたまま動きを止めて震え出した。
「す、すきちゃん……危ない」
起き上がろうとしたその時――ススキは大きく揺れた心臓に痛みを感じて自らの胸を押さえて苦しそうに膝を着いた。そんな後ろ姿を見ていた紅葉は昨夜と同じ圧を感じ、体に圧し掛かる重力で立ち上がれなくなってしまった。
「っ――な、にが……」
蹲るススキの足元に広がった影が大きく形を変えて渦巻くと――そこから三つ首の黒い狼が姿を現した。
禍々しい雰囲気を醸し出すそれに誰も動けないでいると漆黒の狼は徐に口を開き、目の前にいる鬼をその三つ首で食い殺した。そして振り返えると、紅葉に向かって牙を剥いた。
「あ~、これは勝てへんなぁ」狼を見て、改めて動かない体を認識すると溜め息を吐いた。「恨むで、鬼灯」
そう呟いた紅葉のいる病院の屋上に――鬼灯はいた。煙を燻らせながら笑みを浮かべると縁から飛び降り、狼と紅葉の間に着地した。
「恨まれるのは困る。だがまぁ、それも面白そうだけどな」
気楽に煙草を銜える鬼灯が三つ首の狼に背を向けていると、無視されていることに腹を立てたのか剥き出しの牙の隙間から零れ落ちた涎が地面を溶かす。雄叫びすら上げない狼が静かに開いた口を鬼灯に近付けていくと、それに気が付き振り向きながら掌を翳した。
「その子の中に引っ込め」銜えた煙草の火を指先で揉み消すと、ススキに視線を向けた。「……殺すぞ?」
その言葉に空気が凍り付くと、六つの瞳は鬼灯を睨み付けたまま影の中へと戻っていき、ススキは地面に倒れ込んで気を失った。
「鬼灯、先生――」頭から流れてくる血を押さえた紅葉はよろめきながら立ち上がった。「何が……どういうこと?」
新しい煙草を銜えて火を付けた鬼灯がススキに向かって親指を向けると、それを追った紅葉が気が付いた。
「白髪……?」
「俺の追っていた『白狼』だ。おそらく、お前の仕事だった鬼を食ったのもこいつだろうな。祓った痕は無かったんだろ?」
「それは、そうやけど……ほんならうちらを騙してたってこと?」
「いや、本人は無自覚だろうな。中に入っている鬼が気配を漏らして、集まってきた『餓鬼』を食っていたってところだろう。まぁ、こんなのは前代未聞だが」
話していると、どこからともなくやってきた全身黒いツナギを着た『掃除人』たちが残っている鬼の残骸の片付けを始めていた。
「そんなん……いつから気付いてたん?」
倒れているススキの横でしゃがみ込んだ紅葉は、掃除人の一人から応急処置で頭に包帯を巻かれている。
「いつからとか無ぇな。勘だ」
「あ~、これだからナチュラル天才様は嫌いやわぁ。ほんで? ススキちゃんをどうするつもり?」
「鬼の存在は知っちまったわけだしな。さっきの出現で協会も存在に気が付いたことだし――まぁ、連れていくしかないか」
「できれば関わらせたくなかったんやけどなぁ」
「今回のことが無くともいずれは何かに巻き込まれていたはずだ。俺たちが保護したと思えばむしろ良かったと思うが」
「やからやん。よりにもよって鬼灯先生って……完全に外れクジやで?」
「はっは」細く煙を吐き出すと、煙草を銜えてススキを肩に担ぎ上げた。「そんじゃあ帰るとするか。
幻の狭間――つまり、この世界に存在していない場所へ。
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