第2話 二度目の
病院の安置所に並べられている頭の無い三つの遺体を前に、鬼灯は掛かってきた電話に出ていた。
「――なぜ防げなかった?」
「近くにいたとしても、わかっていても防げないものもあるって知っているだろ? 急いだつもりだけど、来たときにはもう気配は消えていたしな。協会側も出現は把握しているんだろう?」
「――当然だ。だが、こちらも数秒で感知不能になった」
「使えないな。まぁ、いい。数秒でも感知できたなら鬼のランクくらいは特定できているだろ?」
「――……『餓鬼』では無いはずだ」
「アバウトだな。もういい。この件はこっちで片付けるから邪魔だけはするなよ」
「――了解」
返事が聞こえてくるのとほぼ同時に電話を切ると、銜えた煙草に火を付けた。
「さて……あっちはどうなっているかな」
鬼灯が病院にいる頃――少女を見失った紅葉がコンビニで朝食を買おうとしていたところ、なんの因果か少女と遭遇していた。
「あっ」
「ん?」
紅葉の手にはオニギリ、少女は手にパンを持ち、互いに逃げることと追うことを考えたが、どちらも店の中で商品を手にしていることに気が付いた。
先にレジに向かった少女の後を追った紅葉は自分のオニギリもレジに出して間を割った。
「そのパンと一緒で」店員に向かって言うと、視線を少女に向けた。「奢るで」
その言葉に少女は会釈を返すと、同じ袋にまとめられたパンを見て小さく肩を落とした。
会計を済ませた紅葉が袋を持って出て行くと、少女と共に近くの公園のベンチに腰を下ろした。
「はい、これ。遠慮せずに食べてな」
「ありがとうございます」
パンを受け取った少女が躊躇いなく食べている姿を見た紅葉はオニギリを銜えながら首を傾げた。
「……警戒しないんやね?」
「そうですね。二回会えば顔見知りですから」
「ほんなら改めて自己紹介。うちは杠紅葉、十七歳。よろしゅうな」
差し出された手を訝し気に見詰めながらも、少女はおずおずと握手を返した。
「私は
「え、タメやん。ほんならタメ口でええで?」
「ああ、いえ。敬語は癖みたいなものなので気にしないでください」
そう言われたところで全く気にしないことは難しいが、オニギリを食べ終えた紅葉は未だに三分の一も食べ切っていないパンを齧る少女の横顔を見詰めながら徐に口を開いた。
「ススキちゃんって呼んでええ?」問い掛けに頷いたのを見て、言葉を続ける。「学校は? 行ってへんの?」
「行ってません。学校は……人が傷付くので」
陰る瞳を見逃さなかった紅葉は同調するように頷いた。
「まぁ、うちも行ってないからなぁ。家はどこにあるん?」と訊いたところで、ススキの服装が昨夜と同じジャージだということに気が付いた。「……お風呂入った?」
「家は無いです。お風呂も、三日に一度ネットカフェでシャワーを浴びてます」
もくもくとパンを頬張るススキの顔を紅葉が覗き込もうとすると目深に被ったフードをそれよりも引き下げた。
「ん~、寝たぁ?」
「眠れないので、走っていたんです」
「あ~、なるほどなぉ」
パンを食べ終えたススキが納得している紅葉を一瞥すると、眉を顰めた。
「それで、私に何か用があるんですよね?」
問い掛けられた紅葉は気まずそうに空を見上げた。
昨晩の圧を一切感じさせない相手にどこまで話していいものか、という問答を頭の中で繰り返した紅葉だったが――途中で思考を放棄した。
「まぁ、ええか。うちの手、見える?」ひらひらと手を掲げて見せると、ススキは疑問符を浮かべながら頷いた。「あ~、やっぱ見えてへんか。でも一応、忠告はしとくな? ススキちゃんって幽霊とか信じてる?」
「……どっちでも無いです。見たことは無いですが、いるものをいると証明するのは簡単ですが、いないものをいないと証明することは不可能だと思うので」
「そういう考え方かぁ、おもろいなぁ。ほんなら、もしいないものがいることを知った時は真っ先に逃げること。ええな?」
「はぁ……わかりました」
よくわからないように返事をしたススキは被っているフードを整えて俯いた。
すると突然、二人の前に鬼灯が現れた。
「ここにいたか、紅葉――」言い掛けたところで、隣に座るススキに気が付いた。「……二度目だな。どこまで話した?」
「幽霊を信じるかどうかぁ、とか、もしも見たら真っ先に逃げることぉ、とかだけ」
「そうか。まぁ、それくらいなら……」二人を俯瞰する鬼灯は考えるように煙を吐き出すと、思い付いたように手を叩いた。「紅葉、仕事があるからついでにその子も同行させろ」
あっけらかんと言い放つ鬼灯に紅葉は眉を顰めた。
「え、いや、あかんやろ。ゆーても一般人やし。あと越葉雪ちゃんな」
「越葉雪。良い名前だ」煙を吐きながらそう言うと、視線を紅葉に戻した。「考えてもみろ。俺とお前が感じたんだぞ? 何も無いと結論付けるほうが間違っている。……二度目だしな」
「それはそうやけど……」鬼灯の意図を理解しているからこそ強く否定も出来ない。「仕事に同行させればその影響で力を感じるかも、ってことやろ? ん~……ススキちゃんは? どんな感じ?」
「どんな感じ、と訊かれましても……私がその仕事? に同行するとお二人にとって何か役に立つんですか?」
「それもあるが、君自身のためでもある。自らが何者かを知るべき時だ。越葉雪、君はおそらく――こちら側の人間だからな」
含みのある言葉にススキは考えるように首を傾げた。
「……まぁ、今日はやることもないので同行することは構いませんけど、私に何かメリットはありますか?」
「意外と図太いな。メリットと言えるかわからないが、仕事だから金は出る。同行するなら紅葉の取り分から半分を支払おう」
「じゃあ、行きます」
二つ返事に驚いたように反応したのは紅葉のほうだった。
「まぁ、ええけど。で、詳細は?」
「場所は携帯に送った。内容は狩り、多分お前でも倒せるだろ」
「なんそれ、アバウトやなぁ」言いながら、紅葉は携帯を確認した。「……ん? 病院なんや。人払いは?」
「協会側が済ませてる。だから、早めに処理しろってお達しだ」
「協会がこっちの事情を汲まないのはいつものことやけど……はぁ」
溜め息を吐く紅葉の横で、会話を聞いていたススキは徐に立ち上がるとベンチの横にあった自販機でココアを買って飲んでいた。
「じゃあ、俺は他に用事があるからあとのことは任せる」踵を返した鬼灯は一歩踏み出したところで思い出したように振り返った。「ああ、わかっていると思うが〝獄〟は使うなよ。ススキがどうであれ、今はまだ素人だからな」
「ん、言われるまでもないけどなぁ」
後ろ手を上げてその場から姿を消した鬼灯を見て、紅葉は立ち上がった。
「ほんなら行こか、ススキちゃん」
「はい」
飲みかけのココアを手にしたまま、ススキは携帯の画面に視線を落とす紅葉のあとを追っていった。
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