残酷な世界の表と裏と

化茶ぬき

第1話 出会い

 その夜――公園の外灯の下で、一人の少女が佇んでいた。


 白黒の袴を着てポニーテールにした長い髪を靡かせながら溜め息を吐くと、徐に取り出した携帯で電話を掛け始めた。


「……紅葉やけど、指定された場所に鬼の姿あらへんよ?」


「――気配は辿れるか?」


「あ~、さすがのうちでもそれは無理やなぁ」


「――どういうことだ?」


「だって、しか残っとらんもん。うちが来る前に別の『忌人きじん』が来たんやない?」


 言いながらしゃがみ込んだ少女――紅葉の目の前には、まるで破れた布袋のような残骸が散らばっていた。


「――こちらでは他の『忌人』を確認していない。お前なら残魂からでも未登録の忌人も追えるだろ」


「それも無理。ガワしか残ってないって言ったやんか。残魂というか、祓った痕も無いしな」


「――すぐに『掃除人』を送る。調査を続けろ」


「え、はぁ!? ちょっと」そこで電話が切れた。「だからぁ、調査するものも残ってないんやって……もう」


 不機嫌そうに溜め息を吐いた紅葉が携帯を仕舞って当てもなく歩き出すと、公園の入口で喪服姿の男が煙草を吸っていることに気が付いた。


「……なんでおんの?」


「そう嫌そうな顔をするな。仕事だよ」


 男は煙を吐きながら紅葉の隣に並んだ。


「狩り?」


「いや、調査だ。噂くらい聞いてるだろ? 白狼って呼ばれているやつだ」


「鬼退治の場に現れる謎の人物、やっけ? 協会は眉唾ものって言ってへんかった?」


「そもそもが『白雀はくじゃく』からの目撃情報だったから上の奴らも動かなかったんだが、三日前に『赤鷲せきわし』が報告して俺がとばっちりを受けたってところだ」


「『赤鷲』? 誰?」


「森」


「森さんかぁ。そんなら確度高そうやなぁ」


 などと話している横をジャージのフードを目深に被った少女が走り抜けた時――二人は同時に悪寒を感じた


「今の圧、感じた?」


「ああ。まさか俺がすれ違うまで気が付かないとはな。あとを追え。俺は先回りする」


「人使い荒いなぁ」文句を言いながら駆け出すと、ジャージの背中が見えた。「あ、ちょっとそこのジャージの人ぉ、話があるんやけど――」


 その声に気が付いた少女は振り返ることなく速度を上げた。


「えっ、速っ」


 ぐんぐんと離されていく少女に驚きながらも、紅葉は脚に力を溜めて一気に距離を詰めた。


「へぇ、速いですね」気が付き呟いた少女は、紅葉を置き去りにするため再び速度を上げた瞬間――目の前の角から現れた男を見て足を止めた。「……何か用ですか?」


 追い付いてきた紅葉と男に挟まれた少女はフードを被ったまま両方を一瞥して問い掛けた。


 煙草を燻らせる男は少女から向けられた視線に紅葉のほうをしゃくって見せた。


「とりあえず自己紹介しとこかな。うちはゆずりは紅葉もみじ。そっちの変態は鬼灯ほおずき。よろしゅうな」


「はぁ、どうも」よくわからない顔で会釈をした少女は訝し気に二人を交互に見ている。「……コスプレ大会でもあったんですか?」


「まだ九月やからなぁ。残念ながら仕事着やで」


「そうですか」


 興味も無いように返す少女に紅葉は詰め寄っていった。


「ん~……ん? さっきの圧を感じんな。お名前なんて言うん?」


「見知らぬ怪しい人に名前を教えたら駄目って言われているので」


「ぶはっ――」思わず噴き出した鬼灯に二人の視線が集まった。「いや、悪い。それは良い教育だ。まぁ、今のところは見逃そう。二度目が無いことを祈る」


 そう言うと鬼灯は紅葉と示し合わせてその場から姿を消した。


 残された少女は不可解に思いながらも気にすることなく再び走り出した。


 その後ろ姿を見送る二人はビルの屋上にいた。


「行かせて良かったん?」


「俺たちを見てもが無かった。それにあの感じなら自覚が無いのか俺たちの勘違いだろう」


「あの距離で勘違いは無いやろ。少なくとも何かはあるはずや」


 その言葉に、鬼灯は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。


「つーことで、紅葉はあの子の監視をよろしく」


「いや、うち協会からの仕事があるんやけど」


「そっちは無視していい。何か言われたら俺のせいにしていいし。じゃ、よろしく」


 返答を聞くことなく姿を消した鬼灯に、紅葉はがっくりと肩を落としながら溜め息を吐いた。


「はぁ……面倒やなぁ」


 言いつつも紅葉は笑顔を見せて、少女の後を追うべくビルから飛び降りた。


 更けていく夜の闇の中――感知の外にある病院で三名の死亡が確認された。発見された時、その遺体は頭から背骨までが引っこ抜かれていた。

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