第3話
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翌日。真司は、学校のお昼休み時間に海や遥たちとお弁当を食べながら住宅雑誌の『ズーモ』を読んでいた。
「うーん……」
ペラッと捲る真司を見て、海も遥も首を傾げる。
「な、なぁ、真司? それ、部屋探しの雑誌やんな……?」
おそるおそる聞く海。真司は顔を上げ海を見ると慌てて雑誌を閉じた。
「あ! ごめん!」
「宮前、引っ越すのか?」
遥の言葉に真司は手を振り否定する。
「ううん! しないしない! これは……そのぉ……知り合いの家探しを手伝ってるというか……あはは」
「ふぅーん……なんかようわからんけど、大変やな」
海がハムカツサンドを食べながら真司に言った。
遥は真司が見ていた雑誌を横目で一瞥すると「どんな家を探してるんや?」と真司に言う。真司はお弁当に入っているアスパラガスのベーコン巻きを食べながら「うーん……」と、呟いた。
「大きい一戸建ての家かな?」
真司のザックリとした返答に海が笑う。
「ぶはっ! なんや、それ。アバウトすぎるやろ~」
「うぅ……。そんなに笑わないでよ……。だって、その人の家の好みとかよくわからないんだもん……」
「それなのに探してるんか?」
遥の言葉が胸に刺さる真司。
言われてみれば幸がどのような家を好み、どのような人と過ごしたいのか真司は知らなかったし聞いていなかった。
(そっか……そうだよね。家を探す前に幸ちゃんの希望を聞かないといけなかった……)
手順をスッカリ間違えてしまった真司は、その場でガクリと項垂れる。すると、それをフォローするように海が真司に言った。
「じゃぁさ~、とりあえず自分が住みたいって思った家を選んでみたら?」
「そこから好みの家をピックアップして行く感じか……やるやん、海のくせに」
「んなっ!? お前、ほんま失礼やな!!」
海と遥が話してる中、真司は天井を見上げ「僕が住んでみたい家、かぁ」と、小さく呟く。
(菖蒲さんの家みたいな風情がある建物もいいけど、少し高そうな現代風の家もいいなぁ~)
そんなことを考えていると、海が真司の横に置いてある雑誌を取りパラパラとページを捲り始めた。
「にしても、いろいろあるなぁ。あーぁ、早く一人暮らしやってみたいわぁ」
「いや、お前が一人暮らしとか無理やろ」
「そっ、そんなことないし!」
遥にとってかかるように言う海。すると海が、ふと思い出したかのように真司に話しかけた。
「そういやさ! 今日、ヶ丘行かん?」
「え? が、かおか?」
真司が初めて聞く言葉に困惑していると、横にいる遥が『ヶ丘』がなにかを真司に説明する。
「ヶ丘っていうのは、泉ヶ丘駅のことや。この辺の人……というか、俺らみたいなんは略して『ヶ丘』言うてんねん」
「あぁ~、なるほど」
真司が頷いていると海が真司に詰め寄り「なぁ、なぁ、行かん?」と言ってくる。真司は苦笑しながら「うん、いいよ」と返事をした。
(本当は、商店街に行きたかったんだけど……たまには、放課後二人と遊ぶのもいいよね)
そして、お昼休みはあっという間に過ぎ午後の授業も終わると真司は鞄を持って教室を出た。
「ねぇ。鞄はどうする?」
「ん? うーん……このままでええんちゃう? いちいち家に帰るのも面倒やしなぁ~」
「家の方向もそれぞれ違うしな」
「そっか。わかった」
真司たちはそんな会話をしながら廊下を歩き下駄箱へと向かう。そして、下駄箱に着くと外靴に履き替え体育館側にある裏門へと回った。
中学校から真司たちが向かう泉ヶ丘駅は、裏門から出て歩いて約十分~十五分程度で辿り着く。なので、部活に入っていない学生は、放課後になると真っ直ぐに家に帰らず最寄り駅で遊んだりしているのだ。
(そういえば、こうやって誰かと遊ぶことなんて小学生以来無かたっけ……)
真司は道すがら昔のことを思い出した。
幼稚園は近所の子供たちと遊んでいた真司だが、小学生になると子供は少しずつ〝個性〟というものが現れ始める。だから異形なモノが見える真司は、小学生になるにつれて段々周りから孤立するようになった。
その頃になると周りの子達は真司のことを『嘘つき』『気持ち悪い』と言い始めたからだ。しかし、それでも一人の男の子だけは真司の傍にいてくれた。
その子は、笑顔で真司にこう言ったのだ。
『そんなの見えるのか!? お前、実は凄いやつなのかもな!』
初めてそう言われた真司は最初こそは驚いたが、やがて嬉しくなり、真司はその子と友達になった。
だが、中学生に上がる前にある事件が起こってしまった。
「――んじ」
「――まえ?」
「おーい、真司?」
真司がその事件のことを思い出す直前に、突然、海と遥に名前を呼ばれハッとなる。
「え、あ! なっ、なに?」
慌てて返事をする真司に海は「だから、今年の夏休みは川に遊びに行こうぜって話」と、言った。
真司は眉を寄せ、申し訳なさそうな顔で海と遥に謝る。
「ごめん……聞いてなかった」
「だと思った」
フッと笑う遥に海はムッとした顔になり真司の頭を小突いた。
「いたっ!」
「人の話は聞いとけー!」
「……お前がそれ言うな」
海が真司を小突くと、海の隣にいた遥が海の頭を小突く。順番に小突かれた真司と海は頭を押さえ可笑しそうに吹き出した。
「ぷふっ!」
「あははっ」
「全く……」
真司達は笑う。そして、そんな中で真司は思った。
(こうやって、また誰かと笑える日が来るなんて思わなかった……。本当にこの街に来てよかった)
それは心から思う気持ちだった。
周りからは嫌われ、友達を傷つけてしまい、二度と誰かを傷つけないように……自分も傷つきたくなくて孤独を選んだ真司。蹲って泣いていた自分がもし目の前にいるのなら、真司はそんな自分にこう伝えたかった。
『君は一人じゃないよ。もう、その力で怯える必要も無いんだよ』と。
それぐらい真司は今の居場所がとても心地よかった。
(それがまた壊れたら、きっと僕は今度こそ立ち直れない……)
真司は顔を上げ空を見る。空を見上げると雀が群れとなって空を悠々と飛んでいた。
(幸ちゃんのためにも、新しい家を頑張って見つけなきゃ)
真司は大切な居場所を壊された幸のことを想い、グッと拳を握ったのだった。
そして、泉ヶ丘駅に着くと海が思い出したように「あ、百均寄っていい?」と言い出したので、真司達はそのまま駅の奥にある百均へと向かった。
泉ヶ丘駅は真司たちが住む泉ヶ丘地区の中心にあるため駅の乗客数も多く、駅周辺には色々なお店が建っていた。
奥に進むと某有名な百貨店や子供達が喜ぶおもちゃ屋さんもある。もちろん、学生達が好きなカフェや昔ながらの喫茶店・服屋・靴屋・雑貨屋・食品街等もある。
東京に比べるとそれらは小さくて少ないのかもしれないが、それでも住んでいる泉ヶ丘地区の人達にとっては不便はこれと言って無かった。
「あーぁ。なーんで、勉強なんてせなあかんねんやろうな」
「え? 勉強に使う物を買うの?」
頭の後ろで腕を組み不貞腐れたような顔で呟く海に真司が尋ねる。すると海が真司を横目で見て「ほら、俺ら二年になったやん?」と言った。
「う、うん……」
「二年になると進路も考えんとあかんし、こいつ、母親にええ加減勉強せぇって怒られてるらしい」
わからなかった真司に遥が代わりに答えてくれると、海がそのことを思い出したのかあからさまに嫌そうな顔をした。
「うぇ~、勉強ほんま嫌やわ」
「あはは……」
「そういや、真司は進路とか考えてるんか?」
海に唐突に聞かれた真司は、数回瞬きをすると首を傾げた。
「行きたい高校とか将来の夢とかさ」
「うーん……行きたい高校は無い、かな。将来の夢も……無い、かなぁ」
苦笑いする真司に遥がクスリと笑う。
「宮前なら高校はどこでも行けそうやし、将来の夢はまだ考えなくてもええんちゃう?」
「そうかな?」
真司が遥に聞くと遥は小さく頷いた。
「そりゃぁ、今からでも考えたことに越したことはないけど。俺はまだいいと思う」
「まぁ、真司も頭いいもんな!」
二人の言葉に少しホッとする真司。真司は高校について話をする二人を見て「将来の夢、か……」と、小さく呟いた。
(夢……考えたこともなかった。僕は大人になったら何になるんだろう? 何を目指せばいいのかな?)
雲のようにフワフワした物を手で掴もうとしても、それは決して掴めず逃げてしまう――真司は『将来の夢』についてそんな考えを持っていた。
それはとても不確かなもので、あやふやなもの。明確に答えを出すことができず、それを想像することもできなかった。
しかし、いずれは『夢』について考えなければならない。なぜだかわからないが、真司は少しだけそれを考えるのが怖かった。
「ちょっと、そこの坊や達」
突然誰かに呼び止められ、歩いていた足を止めて振り返る真司達。
百均の隣では仮設で建てられた小さな占い屋があり、その占い屋の前でロングスカートを着た二十代ぐらいの女性が真司達に向かって微笑みながら手招きしていた。
「ねぇ、そこの坊や達。占いに興味ない?」
セミロングの髪が外から吹き抜けてくる風で顔にかかり、女性は髪を耳にかけるとまたニコリと微笑んだ。
「私、占い師なの。どう? 占ってみない?」
「え〜、えへへ……そっ、そう言うなら少し――」
「――興味無い」
海が年上のお姉さんの言うことに照れていると、遥がそんな海の口を無理矢理手で塞いだ。
「むぐっ!?」
「おい、宮前。この阿呆と先に店の中に入ってろ」
「え? あ、うん……」
遥が海と真司の背中を押すと海が「なんやねんあいつぅ」と、不貞腐れた顔で真司と一緒に渋々お店の中へと入って行った。
占い屋のお姉さんは目の前にいる遥にすっかり警戒され肩を落とす。
「私、そんなに怪しいかなぁ……」
「占いなんてただのぼったくりやろ。相手の悩みを聞いて、それらしいこと言って客を自然と納得させる……そんなん信じられるか。やから、そういう引き止める行為は止めてください」
遥の言葉に女性は眉を下げ「ショックだなぁ……」と、小さく呟いた。
すると、俯いていた顔をヒョイっと上げ遥に微笑んだ。まるで先程のショックな事は何も無かったかのような笑みだった。
女性は人さし指を立て遥にウインクする。
「そんなことを言っちゃうイケメンな坊やには、特別に無料でお姉さんが占ってあげる♪」
「いいです」
「まぁまぁ。私は普通の占い師じゃないよ〜。本物の占い師なんだよ〜」
「遠慮します」
遥は突っ撥ねるように女性に背を向け百均のお店の中へと向かう。女性はそんな遥の様子にキョトンとすると苦笑いを浮かべた。
「やれやれ」と、呟くと女性は背を向けている遥に〝ある事〟を言った。
「お友達に隠し事はいいけど、本当のことを言わないと今の関係が崩れちゃうかもしれないわよ」
「――っ!?」
遥は女性の言葉に驚き足を止め振り返る。女性は遥の驚く姿に「ふふっ」と、小さく笑った。
「まぁ、お友達の方もソレを隠しているから、お互いさまなんだろうけど。おっと、ついつい言い過ぎちゃった」
「…………」
遥が立ち尽くしていると女性はそんな遥に向かって「無料はここまで。じゃぁね、イケメンな坊や♪」と、言って自分のお店の中へと入って行った。
「おーい、遥、はよ来いよ~」
「わわっ! 荻原、声が大きよ!」
中々来ない遥を呼ぶ海と、遥の名前を大きな声で呼ぶ海を慌てて窘める真司。
遥は睨むように女性のお店を見る。すると「はぁ……」と、溜め息を吐いた。
「本物の占い師……チッ……」
そう小さく呟くと、遥は頭を無造作に掻きながら真司達が待っているお店へと向かったのだった。
そして、その時間もあっという間に過ぎ、駅で遊んでいた真司達は空も薄暗くなり始めてきたのでそれぞれ帰宅することにした。
商店街に顔は出さず、海達と一緒に駅から真っ直ぐ家へと帰る真司。
「それじゃ、また明日なー」
「じゃぁな、宮前」
「うん、また明日」
十字路になる道で海と遥達と分かれ、手を小さく振る真司。二人の背中が見えなくなると真司も自分の家の方向に歩き出し、その道すがら真司は幸のことを考えた。
(幸ちゃん、今日は大丈夫かな? 元気出てるかな?)
そんなことを思いながら何気なく近くに建っている家々を眺める。空が薄暗くなっているのもあって、それぞれの家には明るい電気がついていた。
中には子供の笑い声が外からでも聞こえてくる家もある。
「……座敷童子、かぁ」
ポツリと小さく呟くと、真司は幸が見てきただろう光景を想像した。
長くその家に居たのなら、家の住人が変わることもあっただろう。その家で子供が産まれたのなら、子供の成長を……その子供の一生を見続けていただろう。
長い長い時間を一つの家と過ごし、家と同じく住人を見守ってきた幸。真司は『それは、いったいどんな気持ちなんだろうか?』と、少し考えた。
「嬉しい? 暖かい? うーん……」
腕を組みながら考えていると、あっという間に自分の家へと着いた真司。真司は門扉を開け、玄関のドアを開ける。
「ただいま」
真司がそう言うと、仕事から帰ってきた真司の母親の春菜がリビングのドアを開けひょっこりと顔を出し「おかえりなさい」と、真司に言った。
春菜はカピバラのキャラクターが刺繍されているクリーム色のエプロンで手を拭くと、靴を脱いでいる真司に向かって微笑んだ。
「今日もお友達と一緒?」
「あ、うん」
「そう」
春菜はそれだけの返事をすると小さく笑った。
真司はそんな春菜の様子に首を傾げる。
「ここに来て本当に正解だったわねぇ。真司、あなた、あっちに居た頃よりも沢山笑うようになったわ」
「え……?」
「まるで小さい頃に戻った時みたいに明るくて、笑うようになって……お母さん、ほっとしたわ」
春菜の言葉に真司はなんとなく気まずくなり目線を下に逸らした。
「えっと……」
真司はなんて答えたらいいのか、こういう時にどんな言葉を言えばいいのかわからず少し困惑していた。
『ありがとう』と言えばいいのか、それとも『迷惑をかけてごめんなさい』と言えばいいのか、他の言葉を言えばいいのかわからなかったからだ。
そんな真司のことを察した春菜は真司の傍に歩み寄り、ギュッと真司を優しく抱き締めた。真司は、春菜の突然の行動に目を見張るように驚く。
「かっ、母さん!?」
「本当によかった……曾おじいちゃんも、きっと安心するわ」
「曾おじいちゃん……」
真司は春菜が口にした『曾おじいちゃん』のことを思い出す。が、結局、最後までその曾おじいちゃんのことを思い出せなかった。
曾祖父は真司が赤ん坊の頃までは存命だったらしいが、幼稚園に上がる頃に亡くなったらしい。春菜の父親――真司にとっての祖父と同じく、曾祖父は真司のことをとても可愛がってくれたようだが、真司にはその時の記憶が無かった。
(まぁ、赤ん坊の頃だし仕方がないんだけど……)
春菜は真司を離すと優しく微笑む。
「さぁ、話はここまでにしましょう♪ 真司、着替えてらっしゃい。お父さんは今日は遅くなるみたいだから、先にお風呂でも入ったらどう? 今は春だけど外はまだ寒いでしょう?」
「うん、わかった」
真司は春菜にそう返事をすると二階に続く階段へと上り自分の部屋へと入った。
さすがに部屋の中までは微かな太陽の光は入らず、真司は壁にある部屋の電気のボタンを押した。
「……ふぅ」
小さく息を吐くと真司は鞄を置き、そのままベッドへと倒れ混むように寝転がった。
眼鏡を取りボーッとした表情で何も無い壁を見つめる真司は、ふと駅で出会った占い師のことを思い出した。
「そう言えば、あの人と神代なんの話をしていたんだろう……?」
お店の中から窺うように海と一緒に遥の様子を眺めていた真司。
遥との距離があったので二人の会話は聞こえなかったが、自分達の方へと向かう時の遥の表情は珍しく眉を寄せ訝しい感じの顔をしていたのだ。
「ん~……なにか言われたからあんな顔になっていたんだろうけど」
何を話したか気になる真司だが、敢えてそれを遥に尋ねようとは思わなかった。人にはそれぞれ言いにくいことや言えないこと、秘密等を持っているからだ。
現に真司もまた、遥や海達に妖怪が見えることは言えていない。
「気になるけど……気にしないようにしよう」
そう独り言を呟くとベッドから起き上がり部屋着に着替え、真司はリビングへと向かったのだった。
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