第4話

 ✿―✿―✿―✿


 翌日。真司は授業中もボーッとしながら幸のことを考えていた。



(少しは元気になったかな? 今日は菖蒲さん達のところに行くし、何かお土産的な物を持って行った方がいいかな?)


「どうしよう……」



 真司が小さな溜め息を吐きながら悩んでいると、授業終了のチャイムが鳴った。

 真司はチャイムの音に少し俯いていた顔を上げ、慌てて黒板に書かれている文字をノートに書き写す。すると、遥が真司のところまで行き「なんや、書いてなかったん?」と、真司に行った。



「う、うん。ちょっと考え事してて……」

「見てみ、あいつなんて勉強せなとか言ってるくせに爆睡やぞ」



 遥は「ほら」と、言いながら海を指さす。海は机に突っ伏し大口を開きながらグースカと眠っていた。

 真司はそんな海を見て苦笑すると書き終えたノートを閉じ、次の授業用のノートと教科書を取り出した。



「あいつ、ほんま高校行けるんか」

「あはは……」



 真司が苦笑すると遥はジッと真司のことを見た。

 真司は遥の視線に気づき「どうしたの?」と、言いながら首を傾げる。



「あ、いや……その……」



 珍しく困ったような表情で自分の首を触る遥。

 なにやら真司に言いたいことがあるらしいが、言おうかどうしようか悩んでいるようだ。だが、真司には遥のそんな気持ちはわかることもなく、ただ首を傾げることしかできなかった。



「神代?」



 真司が遥を呼ぶと遥は「……いや、なんでもない」と言った。真司は何が何だかわからず、ぎこちなく頷く。



「そ、そう……? ならいいけど」

「それよりもさ、まだまだ先のことやけど夏休みどっか行くか?」

「え?」

「ほら、海のやつが川に行きたい言ってたやろ? 宮前は行きたい所無いんか?」



 真司は遥の言葉に「あぁ」と思い出したかのように呟く。



「そう言えばそうだったね。行きたいところかぁ……海も山もあまり行ったことがないし……うーん」



(そもそも行けるのかなぁ……?)



 海と山にも不気味な者達が沢山いる真司は、なるべく近づかないように行かないようにしている。だが、今は菖蒲に貰ったブレスレットもあるため下級の妖怪達は真司には寄ってこない。菖蒲の存在を知っている妖怪なら、怯えて逃げて行く事もたまにあったぐらいだ。

 真司がどうしようかと悩んでいると、遥が真司の肩を叩いた。顔を上げると遥が真司に「大丈夫だ」と言った。

 真司は遥の言っていることがわからず首を傾げる。



「え? 大丈夫ってな――」



『何が』と言おうとしたところで次のチャイムが鳴り、何が大丈夫なのか聞きそびれてしまった真司。



「席に座るわ。この話はまた今度やな」

「あ、うん」



 そう言って遥は小さく手を振り、自分の席へと戻って行ってしまった。真司は遥が言ったことを思い出し、内心首を傾げる。



(大丈夫って、何のことだろう?)



 真司は机に頬杖をついて窓の外を見る。



「最近の神代……何か少し変、だよね?」



 窓の外を見ながらボソリと呟く真司だった。


 その後も真司は遥に話を聞こうとしたが中々聞けず、結局、最後まで聞けず終いで放課後へとなってしまった。

 真司は自分のこの勇気の無さに心の中でガックリと項垂れる。



(はぁ……やっぱり、僕は駄目だなぁ……)



 落ち込みながら商店街に続く橋を渡り、菖蒲のお店へと向かう真司。すると、真司の落ち込みっぷりが目に入ったのか山童が真司を呼び止めた。



「おーい、真司。なんや浮かない顔してるやん。どないした?」

「あ、山童さん。いえ、その……人に聞くって難しいなって思っただけなんです。あはは……」

「ん〜? なんやようわからんけど、真司はあれやな」

「あれ、ですか?」



 山童の〝あれ〟に首を傾げる真司。山童は顎髭を撫でながらニカッと笑った。



「コミュ障というやつやな」

「うっ……!!」



 山童の言葉が矢のように真司の胸に刺さる。



「人間の間ではそう言うんやろ?」

「そ、そうです、ね……」



 山童の言うように、真司は正にコミュニケーションに障害があるのかもしれない。そして真司自身も、それは思うこともあった。

 今まで人との関わりを避けてきたからこそ、大事な時や何かを決める時等は中々決まらず、自分から意見を言う事もできないでいたのだ。真司は自分がコミュ障だと自覚し少し落ち込んでいると、山童が真司の肩を景気よく叩いた。



「あはは! まぁ、そう気落ちせんでええ、ええ! そういうのは治るんやからな!」

「治るんですか?」

「おう! 自分が変わろうと思って努力すれば、いずれは治る!」



 真司は山童の言葉で背中を押されたような気がした。



(変わろうとする努力か……よし!)



「山童さん、ありがとうございます。僕、頑張ります!」

「おう、頑張れ頑張れ!」



 真司は山童に頭を下げるとまた歩きだし、今度こそ菖蒲の店へと向かったのだった。



(そんだよね。こうやって聞けなかったことや言えなかったことを引きずるのも駄目だよね)



 そして、菖蒲の家へと辿り着き裏口玄関を開ける真司。いつもならここで「おかえりなさーい♪」と、言いながらお雪が突進してくるのだが今日はそれが無かった。

 真司は首を傾げながら戸を閉めると靴を脱ぎ揃える。



「お雪ちゃん居ないのかな?」



 そう呟きながら板張りの床を歩き居間へと向かうと、菖蒲達と幸はテーブルを囲んで幸の住む次の家を探している最中だった。

 テーブルの上には真司が見ていたのと同じような住居雑誌に菖蒲達が撮っただろう写真が何枚か置いてある。すると、菖蒲が真司に気づきニコリと微笑んだ。



「おや、真司。おかえりんしゃい」

「あ、真司お兄ちゃん! おかえりなさーい♪」



 お雪はテーブルからパッと顔を上げると立ち上がり、そのまま真司に飛びついた。



「ただいま」



 真司はお雪を受け止め笑みをこぼすと、星もゆっくりと立ち上がり真司に向かって「……おかえりなさい」と、小さく呟いた。



「ただいま、星君」



 真司は星の頭を撫でながら言うと、星はハニカミながら小さく頷いた。



「あらあら、ふふっ」



 頬に手を当て微笑ましそうに笑みを浮かべている白雪。星とお雪は真司から離れると、またテーブルに戻り「真司お兄ちゃんも見て見て!」と、テーブルにある雑誌を指さした。

 真司は学ランをハンガーに掛け、襖の端の縁に掛けると覗き込むようにしてテーブルを見る。



「いっぱいありますね」



 真司がそう言うと菖蒲が「うむ」と呟きながら頷いた。



「私と白雪達で幸の家の候補を上げてみたのじゃが……どうも、外観だけではのぉ」

「座敷童子の住みやすさは家はもちろん、住む人もいますからね」

「幸ちゃんは、どの家がいいの?」



 真司が幸に尋ねると幸は一枚の写真を手に取った。それは白雪が撮った写真でクリーム色の大きな家だった。



「このお家、すごく大きです!」

「これはお医者様の家ですね。一度、行ってみますか?」



 白雪が幸にそう尋ねると、幸は首を傾げながら「近いんですか?」と白雪に言った。

 白雪はニコリと微笑む。



「ここから歩くと20分ぐらいですね」

「す、少し遠いですね……」



 真司が苦笑いを浮かべながらそう言うと幸は「大丈夫です!」と、元気よく言った。



「澄江の家からここまで来るのに5時間は掛かりましたから!」

「え!? 5時間!?」



 真司は幸の言葉にギョッと驚く。

 すると、菖蒲がお茶を飲みながら「澄江の家は、確か泉佐野にあったからの」と言う。すると、幸が嬉しそうな顔でコクリと頷いた。



「はい! 近くに海もあるので、窓を開けると潮の匂いがするんですよ♪ 澄江は、時間があるといつも夫の敏和としかずと海まで散歩しに行っていました」



 幸は懐かしそうにその時のことを思い出し、真司に自分が見てきたものを話し出す。



「帰ってくると、澄江と敏和の服からは家から嗅ぐ匂いよりも強く海の匂いがして、ずっと家の中にいる私は、まるで私も海まで行ったんじゃないかって思えたんです。それに、澄江は綺麗な貝殻を見つけると、いつも拾ってくるんですよ」



 可笑しそうにクスクスと笑う幸。



「溜まった貝は、敏和がアレンジしてインテリアにしたり花壇の装飾品にしたりするんです。澄江はそういう所は少し不器用なので、敏和は苦笑しながらいつも作業していました。敏和も中々捨てられない人間みたいで」

「そうなんだ」



 真司は幸の言う澄江と敏和のことを頭の中で想像する。それは、とても仲睦まじい夫婦だったのだろう。

 菖蒲も真司と同じことを思ったのか、湯呑みをテーブルに置くと「ふふっ」と、小さく笑った。

 楽しかった日々を思い出してしまった幸は気持ちを切り替えるように頭を左右に振る。



「さぁ! 私の新しいお家を早速見に行きましょう!」

「そうやね」

「うん」



 真司と菖蒲は頷き合い立ち上がる。幸は「私、玄関で待っていますね!」と言って、慌ただしく居間から出て行った。



「真司、少々羽織りと鞄を持って来るからお前さんも玄関で待っていておくれ」

「わかりました」

「白雪達は店のことを頼んだえ」



 菖蒲がそう言うとお雪が元気よく手を上げ「はーい♪」と、白雪の代わりに返事をする。白雪は「ふふっ」と小さく笑い、星は黙ったままコクリと頷いた。

 菖蒲はテーブルにある写真を集めると白雪達に笑みを浮かべ、そのまま居間を出たのだった。


 そして、先に玄関へと着いた真司は幸の小さな背中が見えたので声をかけようとした。が、それは出来なかった。

 なんだか幸の小さな背中が悲しそうに見えたからだ。

 よく見ると幸の肩が微かに振るえているのもわかった。

 おそらく泣いているのだろう。



(幸ちゃん……)



 真司がそんな幸を見ていると真司の気配に感じたのか、幸は慌てて涙を腕で拭いパッと顔を上げ振り向いた。

 まるで泣いていないかのように「真司さん。あれ? 菖蒲様は?」と、平然と尋ねる幸。



「あ、うん……鞄と羽織る物を取りに行くからって」

「そうなんですか」



 幸との会話が終わり、お互いに沈黙が訪れる。真司は幸が泣いている姿を見たせいなのか、気まずそうに頬を掻いた。

 すると「ギシ、ギシ……」と、床の音を鳴らしながら菖蒲がやって来た。



「お待たせ。ほな、行こうか」

「は、はい」

「はい!」



 真司と幸が返事をすると、菖蒲達はあやかし商店街へと出て人間の世界である現世へと向かったのだった。

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