第2話
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白雪が幸を客室へと案内している中、菖蒲は困ったような表情をしていた。
「はぁ……幸の家が無くなってしもうたか……」
「あの、菖蒲さん。幸ちゃんはこれからどうなるんでしょうか?」
真司は幸のこれからのことが不安になり、そのことについて菖蒲に尋ねた。菖蒲は湯呑みを持ち、茶柱が立っているお茶をジッと見る。
「うむ……幸は座敷童子なゆえ、長期に渡る滞在もできぬしなぁ」
「……なら……新しいお家……探す?」
「探そー、探そー!」
星の提案に賛同するようにお雪が元気よく手を上げる。それは真司も同意見だった。
「だね。新しい家を探すのが一番いいかと僕も思います」
だが、真司がそう言っても菖蒲だけは眉を寄せ困ったような考えているような複雑な表情をしていた。
真司はそんな菖蒲に首を傾げる。
「菖蒲さん?」
真司が菖蒲の名前を呼ぶと、居間の障子が開いた。
「あ、白雪さん」
「おかえり、白雪」
白雪は幸を客室に案内し居間に戻って来ると、お雪の隣に腰を下ろす。お雪は隣に座る白雪の腰に抱きつき猫のように甘え始めた。
「えへへ~♪」
「あらあら、甘えん坊ね」
白雪とお雪のそんな姿に微笑ましく思い、菖蒲も真司もフッと笑みが溢れる。
「それで、幸のほうはどうじゃ?」
菖蒲が白雪に尋ねると、白雪も眉を寄せ落ち込んだ様子で菖蒲に幸のことを伝えた。
「余程ショックなのでしょうね……。泣き疲れたのもあって今は眠ってしまいました」
「ふむ、そうか」
すると菖蒲が真面目な顔で真司を見ると、幸についての話を続けた。
「幸の家――幸が言っていた〝澄江〟はの、昔、幸と遊んだことがあるのじゃ」
「えっ!? その澄江さんは妖怪が見えていたんですか!?」
真司の驚く姿に菖蒲は首を横に振る。
「いいや。お前さんと違い、澄江にはそういった力は無く一時的なものじゃ」
「じゃぁ、どうして――?」
そう真司が言うと、白雪がお雪の頭を撫でながら菖蒲の代わりに話を続けた。
「子供は七歳までは〝神様の子〟として言われています。魂の半分は神様のお子だから神様に返す……という、神仏への供物として捧げられた時代もあったんです。〝生贄〟と言ったほうがわかりやすいかもしれませんね」
「いけ、にえ……」
不穏な
作物が育たず村の民は『神様の祟りだ』と言い、子供を生贄として神様に差し出す。そういった時代も実際にあっただろう。そして、それらの話については小説等の物語にも記されている。
だからこそ、星みたいに本をよく読む真司には〝生贄〟という言葉に想像がつきゾッとしたのだった。
真司が内心怯えていることに気がついたのか、菖蒲は真司に優しく微笑んだ。
「安心おし。今の時代は、そういった行為をする者はおらんから。寧ろ、今は犯罪になってしまうからの」
「そう、ですね……」
真司が無理やり納得するように頷くと、菖蒲が幸の話に戻した。
「白雪の言うとおり、子供は七歳までは〝神様の子〟として言われておる。ゆえに、私らの姿を自然と見えてしまうこともあるんじゃよ」
そう言うと菖蒲はさらにわかりやすいように真司に例え話をした。
「ほれ、赤ちゃんが何も無ところをジーッと見て笑ったり、何かに向かって嬉しそうに話すのがあるじゃろう?」
「う、うーん……確かに、たまにそういう赤ちゃんがいるような……」
真司はたまたますれ違った赤ちゃんや、たまたま電車などでばったりと会った赤ちゃんのことを思い出す。菖蒲はそんな真司を見て話を続けた。
「そういった赤ちゃんはの、私ら妖怪や幽霊の姿が見えているんじゃよ。お前さんが普段見ている風景のようにな」
真司は自分の目に触れ「僕の見ている風景……」と、小さく呟く。
「しかし、お前さんと違い、まだまだ幼い子供には何が〝悪〟で何が〝善〟かわからぬ。無垢な心を持っているからの。だから私らの姿を見ると面白くて笑ったりするのじゃ」
「へぇー」
真司が興味津々な様子で頷いていると、突然、白雪がクスクスと可笑しそうに笑い始めた。
「因みに赤ちゃんが突然泣き出すのは、私達が赤ちゃんを驚かしてるからというのもあるんですよ」
「そうなんですか!?」
真司が驚いていると菖蒲が苦笑いしながら「んー……まぁ、中には、赤ちゃんにいないないバーをし、笑ってほしくてやっている者もおるんやけどねぇ」と、真司に言った。
真司はそれを想像し思わず苦笑する。菖蒲や白雪達みたいに一見人間の姿をしている妖怪なら子供も泣かないだろうが、異形なモノたちがやれば誰もが驚くだろうし吃驚するだろう。赤ちゃんがそれに驚いて泣いてしまうのも無理はない。
そんなことを思いながら真司が苦笑していると、話を戻すように菖蒲が態とらしく咳をした。
「コホンッ……ともあれじゃ、たまたま見えていた澄江と幸は、何度か家で遊んだことがあるらしい。これは私も幸から聞いた話しでの、それ以降の詳しいことはわからんが……」
「そうだったんですか」
「澄江が幼子の頃から知り、一緒に遊び、共に過ごした家……それが壊されたとなれば……」
「――悲しいですね」
菖蒲は真司の言葉に深く頷いた。
「時代は時と共に進んでいく。……これは私らにはどうもできんのじゃ」
真司は考える。今と菖蒲が見てきた昔のことを。
おそらく、昔はこの街も人も緑も多かっただろう。しかし、時代が経つにつれ住む人々も建物も増え、子供たちが遊んでいた場所は取り壊され有料の駐車場に変わったり、はたまはマンションやアパートが新しく建ったりしている。
その場所を遊び場にしていた子供は、遊び場が無くなったことに愕然とするかもしれない。大人にもそれぞれの事情があるから仕方がないとわかっていても、子供にはそれを止める力を持たない。ただ建て壊されるところを見るしかできないのだ。
もしかしたら、幸もただただ壊されるところを涙を溜めながら見ることしかできなかったのかもしれない。真司は、やはりそんな幸をどうにかしたいと思い、もう一度菖蒲に幸の新しい家のことを話した。
「やっぱり、幸ちゃんの新しいお家を探しましょう」
「じゃが、座敷童子はちと特殊での。中々、新居を見つけることができぬかもしれん」
「どういうことですが?」
真司が菖蒲に尋ねると白雪も困ったような表情になる。
「実は、座敷童子は〝一つの家〟に住み着きます。なので、マンションや団地・アパートといった一つの建物に人が大勢住んでいる集合住宅には住むことはできなかったと思います」
「この堺もだいぶ変わったからのぉ」
菖蒲と白雪が同時にどうしたものかと「はぁ……」と、溜め息吐く。真司は頭の中によぎった微かな疑問を菖蒲たちに聞いた。
「あの……もし、マンションとかに住んだらどうなるんですか?」
「座敷童子の与える幸福がマンション全体に広がるかもしれぬ。そして、家を出たときはその建物に住んでいる全員が何かしらの不幸になる」
「最悪、建物自体が取り壊され、そこに住んでいた住人は全員家を無くす……ということも有り得るかと」
菖蒲と白雪の言葉に真司は目を見開き驚く。
「え!? 住人全員ですか!?」
「マンションや団地には確かに家がいくつもある。しかし、それはあくまで一つの家の〝部屋〟に過ぎん。〝家〟ということは、その建物全体のことを言っているからの」
「な、なるほど……」
なんとなく理解できた真司は頷く。
団地もそうだが集合住宅には必ず『○○号室』とドアやポストに書かれている。〝室〟と書かれているということは、菖蒲の言うとおり、それは〝家〟ではなく家の中にある部屋の一つに過ぎない。
家について深く考えたこともなかった真司は、菖蒲と白雪の言葉に興味深そうに「そっか……そうだよね」と、小さく呟いた。
そんな真司を見て菖蒲は話を続ける。
「やから、今のご時世、座敷童子の家を探すのは少々困難かもしれんのじゃ。それぞれの座敷童子にも『家の好み』もあるからの」
「好みですか?」
真司が菖蒲に聞くと、黙々と本を読んでいた星が顔を上げ話に加わった。
「座敷童子……人や家……『好き』と思うところに住む……」
「なるほど」
「まぁ、幸にマンションに住めるかどうかは追々聞いてみて、こちらで幾つか新居を用意してみるのもよかろう」
菖蒲の言葉に真司は気持ちが明るくなり「はい!」と微笑みながら返事をする。幸の新しい家を探すということに、よほど嬉しいのだろう。
菖蒲たちは自然と笑顔になった真司の顔を見てクスリと笑ったのだった。
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