ー序ー
いつものように商店街から帰宅し眠りにつく真司。
珍しく疲れているのか、その日の真司の眠りはとても深かった。
なにも考えずにスーッと深い眠りに入ると、ふと違和感を覚え目を開けると真司は見知らぬ場所に立っていた。真司がぼーっとした様子で足元に咲いている花を見下ろす。
(花……? ここは、どこだろう……)
「ついにここまで来てしまったようだね」
真司は顔を上げ振り返る。そこには縁側で座っている二十代ぐらいの大人の男性が座っていた。
男性は興味深そうに真司のことを見ている。
「ふむ……中々独特な物を着ているねぇ」
「…………」
服装のことを指摘された真司は自分の今の格好を見た。
(独特って……普通の寝間着だよね?)
そう思い真司は顔を上げ、今度は男性の格好を見る。男性は優しそうな目をしていて長い黒髪を首元で一つに結び、教科書で見たことのあるような昔の服を着ていたのだ。
男性はニコリと微笑むと自分の隣をポンポンと叩く。
「ほら、こっちおいで」
「あ、はい」
真司は足元に咲く花を踏まないように避け歩く。そして、男性の隣にそっと腰を下ろすと、男性はまた興味深そうな顔で真司をジーッと見ていた。
同じく真司も男性に興味があるのか、それとも不思議と親しみがあるせいなのかジッと男性のことを見る。
「君、名前は?」
「宮前真司です。あの……あなたは?」
「私は
笑みをこぼす時成に真司は『安倍』という苗字と男性が着ている服装を見て、漸く寝ぼけている頭が覚醒し始めた。それでも、どこかハッキリとしない虚ろな感じはあった。
「まさか……陰陽師、とかですか?」
そう。男性が着ている服装は平安時代にある狩衣だったのだ。
そして、この服に『安倍』と言えば、あの有名な『安倍晴明』が浮かぶ。だが、苗字が同じだけあって名前は違う。真司が「同じ苗字なだけで思い違いだったかも」と、思っていると時成は微笑みながら「そうだよ」と言った。
まさかの返答に真司はポカンと口を開ける。
(ほっ、本当に陰陽師……え、本物!?)
「あっ、あの安倍晴明さんですか!? ……あ、でも〝晴明〟じゃなく時成さんでしたっけ」
真司が時成にそう言うと時成は「晴明?」と呟きながら首を傾げた。
「それは私の師匠の名前だね。私はその人の弟子だよ」
「えっ、弟子!?」
教科書にも載っていない事実に真司は目を見開きながら驚いていると、時成はクスリと笑った。
「ここに来たから、てっきり君は私のことを既に知っているのだと思ったけど……その反応を見るとまだ知らないみたいだね」
「あ、えっと……」
真司はなんて答えたらいいのかわからず時成から目を逸らす。
「その……そもそも、ここがどこかだかもわからないんですけど……。だからなんて言ったらいいのか……」
気まずそうに頬を掻く真司。すると、時成が腕を組みながら顎に手を当てて「そうか……」と小さく呟いた。
暫し考えるように黙り込む時成。真司が何も言わない時成に声を掛けようとした時、時成は真司の方を向き「ここは夢の中だと思ってくれ」と真司に言った。
「夢、ですか?」
真司が時成を見て首を傾げる。
「そう、君と私の夢の中だよ。現に君の体は別の所にあるからね」
「ここが……夢……?」
上を見上げれば青い澄み切った空が見え、下を見れば美しい花々が咲いている。夢の中の世界と言われれば何となく納得してしまいそうな感覚だが、真司は自分が見ているこの風景が『夢』とはあまり思えなかった。
そんな真司の思っていることがわかったのか、時成はフッと笑みをこぼすと「空を見てごらん」と真司に言った。
真司は言われた通りに空を見上げると、時成が指をスーッと横に動かした。
すると、青かった空が段々オレンジ色に変わり、オレンジ色の空は暗くなり太陽の代わりに真ん丸なお月様が現れた。
真司は有り得ない空の変化にあんぐりと口が開く。
「う、そ……」
真司の驚く姿に時成は可笑しそうにクスクスと笑い始めた。
「どうかな? これが夢だと理解してくれたかい?」
「は、はい……」
ぎこちなく頷く真司は時成を見て「でも、僕と安倍さんの夢ってどういうことですか?」と時成に尋ねた。時成はまたもや考えるように顎に手を当て「ふむ……そうだなぁ」と呟く。
「私は〝君〟で、君は〝私〟だからかな」
「…………??」
時成の言っていることがよくわからず真司は首を傾げる。そんな真司を見て、時成はふっと微笑んだ。
「そう深く考えなくていいよ。これはただの〝夢〟……今は、それだけでいい」
「は、はい……わかりました」
これ以上は聞かない方がいいのか、無理矢理その話を終える雰囲気に真司はぎこち無く返事をする。すると時成が「それと、私のことは気楽に〝時成〟と呼んで欲しいな」と、真司に言った。
「と、時成……さん?」
「うん、安倍よりそっちの方が断然良いね。ところで真司君」
「はい」
名前を呼ばれ返事をする真司に時成は「君は、妖怪や人間達をどこまで信じられる?」と真司に質問した。
突然の質問に真司はキョトンとした顔をするが、時成のその真剣な顔を見ると『これは真面目なことなんだな』と思った。
真司は少し俯き気味で時成の質問の答えになんて言ったらいいのかを考える。が、その答えは考える間も無かった。答えは、既に出ていたからだ。
真司は顔を上げて時成と目を合わす。
「僕は……多分、どこまでも信じます」
真司の答えに時成は前を向き目を閉じ「どこまでも、か」と呟いた。
「それは信じていた妖怪や人に裏切られるかもしれないと知っていてかい?」
「裏切られる……」
「そうだよ。どんなに仲が良くても、お互いに助け合っても、それが人同士であっても〝裏切り〟というのは訪れる。君は、そうなった時に向き合うことができるかい?」
「はい」
真司のその力強い返事に時成はふっと笑みを浮かべた。
「そうか……それを聞けてよかったよ、真司君。陰陽師をやっているから人ならざるものは見えるが、私も君と同じことを言うよ。……どこまでも信じるって」
「時成さん……」
どこまでも優しそうな時成の微笑み。そして、真司は時成にある事を言おうとした時、ふいに強い眠気がやってきた。
「あ、あれ……夢の中なのに……眠、い……?」
あまりの眠さに真司の体がグラリと傾き時成の肩にもたれ掛かる。時成はそんな真司を見て、またフッと笑みをこぼした。
「もう今日は帰りなさい。それと、ここでの事は誰にも話してはいけないよ。……また会おう、真司君」
その言葉を最後に真司の意識はプツリと消えてしまったのだった。
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