第17話

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 次の日、真司は学校に行くと教室へ入る前に稔が居るであろう準備室へと向かった。

 準備室の前に着くとドアの前で中の様子を窺う真司。すると、案の定稔が中に居た。

 いつもなら朝食を食べている稔だが、稔は窓辺に頬杖を着いて雛菊がいる桜を見下ろしていた。

 真司はドアに手を掛け中に入る。



「先生、おはようございます」

「ん? おー、宮前か。おはよう」



 稔は真司に挨拶を返すとチョイチョイと真司を手招きする。真司は鞄を机の上に置いて稔が立っている窓辺へと向かうと、稔は桜を見ながら「雛菊さん、今もいるか?」と真司に尋ねた。

 真司は稔の横に行くと桜を見下ろす。



「はい、います。雛菊さんもこちらを見上げて手を振っていますよ」

「そっか」



 それだけ言うと稔は顔をふにゃけさせニヤリと笑った。



「なんつーかさぁ、今は見えないけど、こうやって好きな人にいつまでも傍に居てくれるのって幸せだなぁ」



 そう言うと稔は雛菊に向かって手を振り返した。

 稔には見えないだろうが、雛菊も嬉しそうな顔でフワリと微笑んでいる。稔は一旦窓辺から離れ椅子に腰かけると、真司も雛菊に小さく会釈し稔の向いにある椅子に座った。

 稔は机にある果汁グミをパクリと口に入れ真司と話す。



「にしても、あの花見に居た人達が人間じゃないとはなぁ〜。いや、まぁ……なんか人間離れしてる美女達だとは思ったけど……。ほら、良く言うだろ? 妖怪はその美しさで人間を欺き、拐かすとか」



 稔は窓の外をふと見ては「女の妖怪って、全員あんなに美女なんかな……」と真面目な顔で呟いた。

 真司はそれに苦笑いをこぼす。


 昨日、稔と雛菊の二人の恋が実った後、雛菊は菖蒲と真司のことを改めて自分から話した。

 真司な菖蒲のことまで言って無かったため、雛菊から菖蒲も自分と同じ妖怪であるという話を聞いた瞬間、稔は雛菊の話に着いていけず思わず倒れそうになったのだ。

 菖蒲が目の前で魔法のように指先から小さな火をおこした時は、稔はかなり驚いた顔をしていた。

 そして、真司が言ったこと……雛菊が言ったこと……この世界に昔話のような生き物が存在することに稔は信じるようになったのだった。

 その後は、稔の質問のオンパレードである。妖怪はいつ頃いるのか、何故見えないのか、どこにいるか等々。雛菊は稔の質問の多さに困惑し、菖蒲は菖蒲でそんな二人の様子が可笑しくクスクスと笑っていた。

 そして、菖蒲は花見で稔が出会った白雪達のことも話した。

 もちろん、話していない部分も中にはある。例えば、菖蒲が神ということと、妖怪だけの町――あやかし商店街のことだ。

 これらのことは、菖蒲曰く「知らない方が時には良いこともある」と言うことらしい。

 だが、真司は菖蒲がなぜそんな事を言ったのか何となくわかっていた。

 それらのことまで詳しく言ってしまうと、他の妖怪達や商店街にいる人達……もしかしたら、稔にまで危険に晒してしまう可能性もあるからだ。

 人間だと、興味本位で妖怪を探す者や捕まえようとする物など現れるかもしれない。神が本当にいると知ると、神を独占しようとする者や願いを叶えてもらうために人も押し寄せてくるかもしれない。

 そう言ったことが起こらないため……また、お互いの為にも菖蒲は自分達の詳細を稔には言わなかったのだろう。



(今と昔では、考え方も妖怪の生き方も変わったんだもんね……)



 そんなことを思っていると、稔はふと「そう言えば、宮前はどうするんだ?」と真司に尋ねた。

 なんの事かわからず真司は首を傾げる。



「えっと……?」

「菖蒲さんの事だよ。俺は、妖怪だろうがなんだろうが雛菊さんとはこれからもやって行くつもりだ。それだけの覚悟も決めてある。けど、お前はどうなんだ?」

「どうと言われましても……」



 真司は稔に尋ねられ目を伏せる。



「僕には……先生みたいに覚悟もありません……。だから、今はこのままでいいかなって……」

「……そうか」



 稔は気まずそうに頭を掻き話を続ける。



「菖蒲さんも妖怪だから、こう……未成年者との関係とかは、なぁ。人間の法律は妖怪には関係無いと思ったけど……まぁ、宮前がそう思うならそれでもいいんじゃないか?」

「はい……」

「でもな、宮前。後悔だけはするなよ」



 真司は稔のその言葉に顔を上げた。すると、稔は頭から手を離し真面目な顔で話す。



「俺は、いずれ雛菊さんを一人にさせてしまう。悲しませてしまう。そう思うと雛菊さんみたいに俺もさ……やっぱり、付き合わない方がいいんじゃないかって思うだよ。余計に悲しませてしまうなら……傷つけてしまうなら、会わない方が良かったんじゃないかって」

「…………」

「でもな、もし俺がその選択を選んだとする。そしたら、俺は後悔するんじゃないかって思う。『雛菊さんのことを愛している』って本人に伝えずに死ぬのだけは嫌だなとか」



 そう言うと稔は真司の左肩にポンと手を置いた。



「もし、自分が何かを選ぶ時に「本当ににこれでいいのかな」って思ったら、先ずはそれを選んで後悔するかしないかを考えろよ。「やっぱり、止めとけばよかった」って思った後にはもう遅いからな」

「先生……」



 稔は真司の肩からパッと手を離すと苦笑いを浮かべ「まっ、どれを選んでも後悔する時はするんだけどなぁ」と言ったのだった。

 自分の菖蒲に対しての新たな感情が芽生えた真司。

 今は、なにも告げずにこのままで良いと思っていたが、真司は稔に言われてその先のことを考えた。



(今はこれでいい……でも、僕が大人になった後は? この先は? 僕は、今の関係を続けて後悔しないだろうか……?)



 真司は稔の背中にある窓の風景をジーッと見て考える。



「後悔……」



 ボソリと呟いた真司の言葉に稔はフッと微笑んだ。



「まぁ、今は深く考えなくていいと思うぞ。宮前が今はそれでもいいって言うならそうしたらいい。まだ中学生なんだし、色恋については移り変わりも早いからな」



 そう稔は言うが、おそらく真司は稔と同じくこれからもこの先も菖蒲を好きでい続けると思った。

 なぜそう思ったのかはわからない。でも、何となく心の片隅で『菖蒲のことをずっと好きでい続ける』と思ったのだった。

 妖怪と人間の恋――それは、本当に幸せなものなのかわからない。

 それは妖怪側も人間側も思うことだろう。種族が異なる者同士の恋は、若しかしたら茨の道かもしれない。

 けれど、雛菊と稔はそれを承知で……それを二人で乗り越えようとしているのだ。

 真司は稔と雛菊の二人ならきっと乗り越えられると思っているが、それが自分の場合で置き換えてみると真司には不安しか無かった。



(まだ菖蒲さんにはなにも言えてないけど……僕が先生の立場だったら……)



 考えを振り払うように頭を左右に振る真司。



(考えるのは止めよう。今は……今は、このままでいい……)



 春の風が抱えていた不安を吹き消すように優しく教室に入ってくる。

 昨日一日で色々なことが自分の中で変化した真司。

 これから先、菖蒲との関係についてどうしたいのかまた変わるかもしれないが、真司はそれよりも今の時間を大切にしていこうと改めて心に誓ったのだった。


(終)



 次幕→第十幕~座敷わらしの新居探し~


【あらすじ】

 すっかり桜も散り緑葉が芽吹き始めた頃、商店街に小さな女の子がやって来た。

 それは、家に幸福と災難を招く居場所を無くした座敷わらしだった。

 家が無くなり、真司達は座敷わらしの為に新しい家を探すのだが……。


 第十幕も宜しくお願い致します。

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