第16話
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真司と菖蒲が話している中、雛菊は稔と向かい合いながら海の前で立っていた。
「…………」
「…………」
お互いに何て声を掛けたらいいのかわからず、自然と二人の間に沈黙が訪れる。そんな中、雛菊は俯き何度も口を開けては何かを稔に言おうとするが、それは中々出て来ず直ぐに閉じてしまっていた。
そして、二人から流れる沈黙をついに稔が打ち壊した。
「雛菊さん、すみませんでした」
「……え?」
稔が突然謝ってきたことに雛菊が顔を上げる。
稔は眉を寄せ申し訳なさそうな表情をしながら話を続けていた。
「どんな事情があるにせよ、俺は……雛菊さんを泣かしてしまった……。少しでも楽しんでもらおうと努力したつもりですけど、俺は……何もわかってなかった」
「そんな……そんなことありません! 私、すごく楽しかったです! 泣いたのには……理由が、あったんです……」
雛菊は胸の前で手を組むと今にも泣きそうな表情で「私のお話を……聞いてくださいますか……?」と稔に言った。
稔は黙ったまま小さく頷くと、雛菊は深呼吸をし始めた。よく見ると胸の前で組んでいる手が微かに震えているのが見てわかった。
雛菊なゆっくりと目を開け、口を開く。けれど、やはり言葉は中々出て来ず直ぐに閉じてしまった。
キュッと目を閉じ俯く雛菊。すると、稔が優しく雛菊に話しかけた。
「雛菊さん。俺は、雛菊さんの言ったことをきちんと受け止めます。だから、大丈夫です」
「稔、さん……」
ゆっくりと顔を上げる雛菊は、ギュッと組んでいる手を握り意を決して稔に話した。
「わっ、私……私、あなたの事をお慕い申しておりますっ!!」
面と向かって告白された事に稔は目を見開くように驚き、なんて言ったらいいかわからずに自分の口元を手で隠した。
しかし、雛菊の話はまだ終わっていなかった。想いを伝えた雛菊は、今度は悲しそうな目で稔と目を合したのだ。
「けれど……私は、人間ではないのです……」
「…………」
何も言わない稔に雛菊は顔を逸らしながら話を続ける。稔がどんな表情をしているのか怖かったから。
「信じてもらうことは難しいと思います……信じたとしても、きっと怯えさせてしまうでしょう。私は……本当の私は……桜の木に住む妖怪……人間で言う〝化け物〟なのです」
そう言うと雛菊は周りに誰か居ないことを確認し、菖蒲と多治速比売命から貰った人間の姿になれるネックレスを首から外した。
その瞬間、稔の視界から雛菊の姿がパッと掻き消えたのだった。あまりの衝撃的な出来事に稔は大きく口を開け唖然となりながら立ち尽くす。
「……消え、た」
稔は周囲を見て雛菊の姿を探すが、雛菊の姿はどこにも見当たらなかった。
「マジ、か……」
稔は頭の片隅で真司が話していたことを思い出す。真司が『人ではないモノが見える』と言った時、稔はいち教師として否定はしなかった。
けれど、稔にはソレが見えない以上は信じるということもあまり出来ないでいた。
だが、今は違う。
今、この瞬間、確かに雛菊は目の前に立っていたのに突然姿を消してしまったのだ。この不可解な現象に稔の頭は混乱していた。
稔は頭を掻きながら「本当に……雛菊さんは、妖怪……」と小さく呟いた。すると、雛菊が今一度稔の前に姿を現した。
稔は突然姿を現した雛菊に「うわっ!?」と声を上げ驚く。
「見て頂けたように、私は人間ではありません……。古くからの知り合い……いえ、友人達に私はこのネックレスを貰いました」
そう言うと雛菊は首に掛けているネックレスを少しだけ持ち上げた。
「これを身につけた者は人間になれる物です。私はこのネックレスの力のおかげで言葉も視線も……あなたと交わすことが無かったものが出来るようになりました……」
雛菊はネックレスから手を離すと目を閉じた。
「私は……人ではなありません。それでも、遠くからあなたの事を想うだけではなく、あなたと目が合い会話をして笑い合いたいと思ったのです。でも、私の欲は段々と増して行きました。……恋仲な人達を見ると、私もあなたと愛を交わしたいと思い始めたのです」
そう言うと雛菊は眉を寄せ悲しい顔を浮かべ「けど……」と呟いた。
「けど、私は怖かったのです。自分のことを……この気持ちをあなたにお伝えすることが……。あなたが私を受け入れてくれたとしても、その先のことも私は全てを受け止められるのかも」
雛菊の悲しげな目から涙が零れ落ちる。
「生きる時間も、見ているものも違う……けれど、あなたと一緒にいたい。過ごしたい。不安と私の中の欲が混ざって、私は……」
「雛菊さん」
稔は雛菊の言葉を遮るように雛菊の名前言うと、ポケットからハンカチを取り出し雛菊の涙を拭う。
「あなたの想いはわかりました。だから、もう言わなくて大丈夫です」
「稔さん……」
稔は苦笑いをこぼすと雛菊の涙を拭いながら話を続けた。
「雛菊さんのことは大体ですけど宮前から聞きました」
「え……宮前、さんが……?」
突然、真司の名前が出てきたことに驚く雛菊。
おかげで雛菊の涙は引っ込んだが、雛菊は真司から話を聞いたということに少しばかり動揺していた。
稔に黙って真司達に来て欲しいということを稔にバレてしまったからだ。
「あっ、あああの、宮前さん達のことは――」
あわあわと慌てている雛菊の様子に稔は吹き出し笑う。
「あははっ、そんなに慌てないで下さい。宮前が雛菊さんのことを思って着いてきたことも聞きましたから」
「す、すみません……私、一人じゃ不安で……」
「仕方がないですよ。でも、雛菊さんがあんなに驚いたり喜んだりしている理由がわかりました。全部が初めてだったんですね」
「はい……」
しょんぼりと落ち込んでいる雛菊に稔はフッと笑みを浮かべる。
「雛菊さん。自分のことを話してくれてありがとうございます」
「稔、さん……」
顔を上げ稔と目を合わす雛菊に稔は微笑みながら話を続けた。
「こうやって話してくれたこと……気持ちを伝えてくれたことに嬉しかったです。だから、俺にも言わせて下さい」
稔はスっと真剣な表情になり、雛菊は稔の言葉をただずっと待っていた。
稔は雛菊と初めて出会った時、雛菊が稔にしたように右手を雛菊の前に差し出しながら話を続けた。
「俺は人間で宮前のように妖怪とかを見ることもできません。雛菊さんと生きる時間も違うかもしれません。それでも、俺はあなたと時を過ごしたい。雛菊さん……こんな俺とこれから先もずっと傍にいてください」
「……………」
雛菊は稔の言葉に目大きく開き驚くと、またポロリと涙を流した。そして、雛菊は稔の差し出された手を両手でギュッと握ると「はい」と泣きながら返事をしたのだった。
泣き続ける雛菊を稔はそのまま抱き寄せる。雛菊は、稔の背中に腕を回し涙をこぼす。
けれど、それは悲しくて泣いているのではなく嬉しくて泣いているのだった。
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