第12話
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真司は外靴に履き替えると走るように公園に向かっていた。
一方、その頃の香夜乃はベンチに座ってボーッとしながら真司のことを待っていた。
「今日と良い天気」
ボソリと呟くと、真っ黒な視界からオレンジ色をした人が数人現れた。
「お姉ちゃん、そこでなにしてるん?」
オレンジ色の持ち主――それは、公園で遊んでいた子供達だった。
香夜乃はニコリと微笑みながら「ここでお友達を待っているの」と子供達に言った。
すると、話しかけてきた女の子の子供が徐ろに香夜乃の隣に座りこんだ。
「なぁなぁ、お姉ちゃんは、目が見えない人なん?」
「うん」
香夜乃がそう返事をすると、もう一人の男の子の子供が「俺知ってる! そういうの『しょうがしゃ』言うんやろ?」と香夜乃に言った。
「お姉ちゃん、ほんまに目が見えへんの?」
「見えないけど、見えるものもあるよ」
「どういうこと?」
「秘密♪」
香夜乃の言葉に子供達が「えー!」と残念そうに言う。
すると、男の子が香夜乃の白杖に突然触りだした。
「なぁなぁ、これどうやって使うん?」
奪うように取られた白杖に香夜乃は一瞬躊躇ったが、それでも子供のやることだからと思い注意はしなかった。
香夜乃はその使い方を男の子に教えると、男の子は白杖を香夜乃の言ったとおりにトントンと地面を叩く。その叩く音が少し乱暴だったため、香夜乃は内心ハラハラとしていた。
すると、男の子が突然「うわっ!」と驚いたような声を上げた。
「どうしたの?」
「なんか、飛んできた!」
「えー、どうせ虫やろぉ」
男の子はキョロキョロと辺りを見回すと、香夜乃に白杖を返して「なぁ、違うところで遊ぼうや」と女の子に言った。
「ここでいいやん」
「……ここ、嫌や。なんか気持ち悪い……」
「なにそれー」
不貞腐れたように言う女の子は溜め息を吐きながら立ち上がる。
「ほんま、自分勝手」
「うるさい! そうや、他のやつも誘って荒山公園で鬼ごしようや!」
「先に、うち、家帰ってお茶取りに行く」
「行こ行こ」
何やら子供達の話し合いは終わったらしい、女の子は香夜乃の方を向くと大きく手を振った。
「お姉ちゃん、ばいばーい」
香夜乃も手を小さく振り「ばいばい」と呟く。そして、誰もいなくなると「ふぅ……」と小さな息を吐いた。
「子供って元気だなぁ」
そう呟くと香夜乃は白杖に触れた。
「壊れなくてよかった……いやいや、でも、子供のやることだし。これぐらいって普通……だよね?」
妹や弟もおらず、ましてや自分に子供がいない香夜乃にとっては、子供の力加減というのがよくわからないでいた。
あそこで注意するべきなのか、それとも見逃して微笑ましく見るべきなのか。
「子供って、わからないなぁ。あ、でも、宮前君は中学生もあって大人しくて礼儀正しかったっけ」
香夜乃は真司のことを思い出すと、ふっと笑みをこぼす。
「どんな顔をしてるのかな」
香夜乃が空を見上げ真司の顔を想像すると「グルルルル……」と獣の唸り声が聞こえてきた。
香夜乃はハッとなり周囲を見回す。
だが、目の見えい香夜乃にとってはソレは見えなかった。ソレは人では無いからなのか、唯一、香夜乃が見える〝色〟も捉えることができなかった。
香夜乃の心臓がドキドキと早鐘する。
「グルルル……見つ……た」
「っ!?」
微かに消えた人語に香夜乃が驚く。
ガサ、ガサ、とソレが草を踏みながらゆっくりと香夜乃に近づいてくるのがわかった。
香夜乃はゴクリと喉を鳴らし「送り狼……」と乾いた声で囁いた。
香夜乃は震える手で白杖を持って立ち上がると、早足でその場から立ち去ろうとした。が、送り狼はそれを許さなかった。
「ガウッ!!」
香夜乃が逃げる方向に先回りし吠える送り狼。
「っ!!」
香夜乃は、送り狼から逃げるようにまた違う方向を向き白杖を小さく叩きながら早足で歩くが、これもまた送り狼に先回りされ、送り狼は「ガウッ!」と鳴いた。
まるでいたぶるように遊ぶ送り狼。香夜乃にその姿は見えなくても、送り狼の表情は香夜乃の怯える顔に鋭い牙を見せニヤリと笑っていた。
「あ……あぁ……」
真司から聞かされた時は不安はあったものの、どこかでこうなることを受け入れていたところも微かにあった。
だが、こうやっていざ送り狼を目の前にすると昔の思い出が鮮明に甦り香夜乃は恐怖で心も体も支配されていた。
香夜乃の足腰に力が入らず、香夜乃はその場にペタンと座り込んだ。
「た……たす、けて……」
「チチチッ!!」
香夜乃はハッとした様子で顔を上げる。
「この鳴き声……あの時の……」
「チチチッ! チチチッ!」
「グルァ! ガウッ!」
「チチチッ!」
送り狼と夜雀が何かを話し合うように鳴き続けていると、送り狼が「人間に肩入れするんじゃねぇ!!」と人語で話し出した。
その言葉に香夜乃が口を開けビックリとする。どこにいるのかもわからないが、送り狼は夜雀に対して人語で話し続けていた。
「お前も妖怪だろうがっ!! 何度言わせやがる! 俺はお前のようにならねぇ! 俺はコイツを食い殺して、他の人間も殺す! 殺してやる! どけっ!!」
「チチッ!?」
バシッと何かを叩く音が聞こえると同時に夜雀が苦しそうに鳴き、香夜乃は送り狼が夜雀を殴ったとわかった。
香夜乃は見えないけれど、夜雀が落ちた音を頼りに地面を手探りに夜雀を探す。
「夜雀!!」
自分が夜雀に触れられるのかわからない。真司が言うには、夜雀が今まで守ってくれていたと言っていたが、香夜乃にはそれが全然わからなかった。
真司に言われるまで夜雀がずっと自分の傍にいたことを知らなかったのだ。
「いや……夜雀……夜雀……どこっ!?」
ポロポロと涙を流しながら夜雀を手で探す香夜乃。
すると、夜雀の苦しそうな鳴き声がまた聞こえてきた。
「チ、チチ……」
『逃、げて……』
そう頭の中に聞こえてきた。
その瞬間、香夜乃の手にモフッとした小さな物が掌から伝わった。
「夜、雀……?」
「チ、チチ……チチチ……」
『逃、げて……香夜乃……』
頭の中に夜雀の言葉が響いてくる。それと同時に送り狼はジリジリと香夜乃に近づいていた。
香夜乃は夜雀をそっと抱き上げて首を振る。
「君を置いて逃げれるわけないじゃない……!」
「殺してやる……お前をいたぶって殺してやる!」
「っ!!」
遂に香夜乃に送り狼が飛びかかる。香夜乃は夜雀を守るように胸の前で抱えるとギュッと目を閉じた。
『もうダメだ』
そう思ったとき「危ないっ!!」と、声が聞こえてきた。
――バチッ!
そう小さく音が鳴ると誰かが香夜乃に覆いかぶさった。香夜乃はそのまま倒れ込み顔を上げると、そこには見覚えのある〝色〟のした人がそこにいた。
「宮前、君……?」
そう。送り狼から守るように覆いかぶさってきたのは珍しい白の色を持つ真司だった。
「ギャウッ!!」
送り狼が短い悲鳴を上げる。香夜乃には何が起こったのかわからないが、真司が助けてくれたことだけはわかった。
そして、香夜乃は真司のあたたかなぬくもりにホッと安堵の息を吐いたのだった。
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