第7話

 海たちと別れ、あやかしの商店街に訪れた真司。

 商店街は今日も色々な妖怪が買い物をしたり、隅で他の妖怪とご近所話しをしていた。

 この賑やかさに、自然と真司の頬が上がる。


(ここは本当に賑やかだなぁ)


 そう思っていると、商店街の入り口の側に建っている八百屋の店主である山童が真司に気づき手を振った。

 隣のお店の店主である木魚達磨も真司に気づいたのか、丸く大きな体を前に傾ける。まるで頷いてるように見えた。


「お! 真司やないかぁ~、おかえり!」

「んだ」

「ただいま帰りました」


 真司が山童たちに返事を返すと、山童と木魚達磨が興味深そうな表情で真司のことをジーッと見ていた。

 真司は二人の妖怪の視線に少し驚くと一歩身を引く。


「あ、あの……?」


 真司が二人に恐る恐る尋ねると山童が「真司、お前、憑かれてんなぁ」と真司に言った。

〝憑いてる〟という言葉に真司は首を傾げる。


「ついている、ですか?」

「んだ。肩見ればわかるべ」

「肩?」


 木魚達磨は、魚の鰭のような手で真司の右肩を指す。真司は指された右肩を見てみると、目を見開きギョッと驚いた。


「うわっ!?」


 真司の右肩――そこには、モフモフとした真っ黒な羽の雀が肩に止まっていたのだ。頭の羽の一部だけが白く、まるでメッシュを入れているみたいに見える。

 真司は肩に鳥が止まっていることに全然気づかないでいた。


「いっ、いつの間に!?」


 山童は腕を組みジーッと真司の肩の上にいる鳥を見る。


「こいつぁ、夜雀よすずめやな」

「夜雀、ですか?」


 聞いたことのない名前に真司は首を傾げる。すると、木魚達磨が夜雀について簡単に説明してくれた。


「夜雀……送り雀とも言うべ。送り狼といづも山の中にいるんだべ」

「送り狼ですか……」


 又もや聞いたことの無い妖怪の名前に真司は少しポカンとなる。

 木魚達磨はそんな真司を見て「送り狼、山の中で転ぶと食い殺されるべ」と言った。


「えっ!? 食べられるんですか!?」


 真司が驚いていると山童が「あー、安心せぇ」と、真司に言う。


「正しい対処すると送り狼ちゅうもんはええ奴になるんや」

「そ、そうなんですか……へぇー」


 内心ホッとする真司。


「まぁ、その辺は菖蒲姐さんに聞いたらええわ。その夜雀はここら辺では見かけたことないから、もしかしたら他から来た妖怪かもなぁ」


 真司は改めて肩に乗っている夜雀を見る。夜雀は真司の肩の上が居心地いいのか、少し身じろぎすると目を閉じた。


(かわいい……)


 妖怪でも雀を近くで見たのは初めてで、さらに自分の肩の上に乗っていることに真司はちょっぴり嬉しかった。

 真司は山童たちの方を向き直ると小さく会釈する。


「それじゃぁ、僕は菖蒲さんのところに向かいますので」

「おう! 白雪姐さんたちにも宜しゅうな!」

「んだ」


 妖怪達が笑みを浮かべると真司は商店街の表通りを歩き始め、途中から裏に周り路地裏を歩く。商店街の表通りを歩くと色々な妖怪が行き交っているが、路地裏を歩くと妖怪の姿はパッタリと消え静かだった。

 しかし、妖怪が客寄せする声や笑い声は裏からでも聞こえてくる。真司は妖怪たちの楽しそうに笑う声に自然と笑みが溢れた。

 裏路地を歩き続けると、やがて他のお店とは違い木の塀に囲まれているお店が見えてきた。

 真司はその塀に囲まれている家の前に来ると戸を開ける。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさーい♪」


 戸を開けた瞬間ドタバタと走る音が聞こえ、お雪が兎のように飛びつき真司の胸に飛び込んでくる。真司はそんなお雪を受け止めニコリと微笑んだ。


「ただいま、お雪ちゃん」

「えへへ♪」


 お雪は春の花のような可愛らしい笑みを浮かべると真司から距離を置く。真司はお雪が飛び込んできた拍子にぶつかったみぞおちを軽く撫でると靴を脱ぎ揃えた。


(少しは慣れてきたけど、やっぱり痛い……)


 真司はお雪をチラリと見る。山童達だけではなく、お雪までもが真司のことをジーッと見ていた。


「お、お雪ちゃん?」

「ジーー」


 真司はお雪の目線の先を追うと、お雪が見ているのは真司ではなく肩の上にいる夜雀を見ていた。

 真司はお雪が見ているものがなんなのかわかると「あ、なるほど」と、小さく呟いた。


「雀! 真っ黒!」

「夜雀って言うんだって。あ、でも、同じ妖怪のお雪ちゃんならこの鳥のこともわかるよね」

「うん♪」


 お雪が元気よく返事をすると、トコトコと歩く音が聞こえてきた。

 真司とお雪は足音がする方を同時に向くと、廊下から星が現れた。

 お雪は星の手を握り「星ちゃん、見てみてー♪ 雀だよ!」と、星に言う。星は首を傾げ真司を見る。


「……おかえり、なさい」

「ただいま」


 星の金色の髪の頭を撫でる真司。星は気持ちよさそうな顔をするとお雪が指している方を見た。


「……夜雀、だね」

「モフモフだね~♪」

「夜雀……寝てる?」


 星が首を傾げながら夜雀を見る。真司も釣られるように肩の上にいる夜雀を見ると、夜雀はまだ眠っていた。


(お雪ちゃんが飛び込んできて起きたと思ったけど、寝てるみたい)


「疲れてるのかな~?」

「どうだろう?」


 真司は首を傾げる。すると、星が真司の服をクイッと引っ張った。


「菖蒲様に聞けば、わかる……かも」

「そうだね」


(それに、夢のことも話さないといけないし)


 真司は頷くと星の頭をまた撫で、真司たちは菖蒲のいる居間へと向かった。

 板張りの細い廊下を歩く真司たち。真司は廊下から庭を見ると、庭に植えられている桜の花弁も所々散っていた。

 真司は庭の桜を見て雛菊と稔のことを思い出す。


(雛菊さんと先生のこともなんとかしてあげたいな……)


 桜の妖怪である雛菊は稔のことを愛おしく思っているが、稔との距離を縮める勇気を中々出ないでいた。

 今日の稔の様子を見るからに、稔も少なからず雛菊のことを気になっていると真司は思った。

 じゃないと稔の口から『す、少し気になって、な……』という言葉は出てこないからだ。


(もし、先生も雛菊さんのことを好きだったなら――)


「背中を押してあげたい」


 真司は自分の掌をジッと見る。菖蒲たちが真司の背中を押すように、真司もまた、誰かの背中を押してあげたいと思っていた。

 それが自分にできるかは自信が無い。けれど、それでもやるだけのことはやりたいと真司は思ったのだ。


「よし、頑張ろう」


 真司はグッと掌を握る。そんな真司を見ていたお雪と星は目を合わせると、お互いに子リスのように首を傾げたのだった。

 そして、真司たちが居間に着くと居間にはいつも通りテーブルで温かいお茶を飲んでいる菖蒲と白雪が座っていた。

 菖蒲と白雪は同時に湯呑みを置くと優しい笑みを浮かべた。


「おかえり、真司」

「おかえりなさい、真司さん」

「はい、ただいま帰りました」


 二人の優しい微笑みに不思議と心が温かくなる。すると、菖蒲も白雪も真司の肩に止まっている夜雀に気づき、二人揃って「あら?」「おや?」と声を出した。


「真司。お前さん、その肩に憑いてるモノは夜雀かえ?」

「あらあら、ふふっ」


 真司は居間の隅に鞄を置き菖蒲の隣に腰を下ろす。本当は学ランの上着をハンガーに掛けたかったが、肩の上には夜雀がいるため、それは出来なかった。

 お雪は白雪の傍まで行くと、そのまま白雪の膝の上に乗りテーブルに置いてある洋菓子のバラエティーパックに手を伸ばす。白雪はそんなお雪の頭を優しく撫でると袋の中に入っているお菓子を一つ取り、お雪にそれを手渡した。


「お菓子♪ お菓子♪」

「僕も……食べる……」


 真司の隣に座る星もお菓子を一つ手に取り食べる。美味しそうに食べるお雪と星の姿を微笑ましそうに眺めている菖蒲達か。

 お雪と星を見ていた菖蒲は真司の方を向き直る。


「真司。その夜雀はいつから憑いておるのじゃ?」


 菖蒲の質問に真司は困ったような表情になった。


「それがその……気づいたのは今日なんです」

「ふむ、そうか。それにしては、この夜雀は少し弱っておるの」

「え、そうなんですか!?」


 菖蒲は「うむ」と、小さく呟き頷く。


「もしかしたら、本来憑いてる者が違うのかもしれんな」

「それってどういうことですか?」


 菖蒲は真司の肩に乗っている夜雀をそっと肩から離すとテーブルの上に置く。それでも夜雀は眠ったままだった。

 菖蒲はそんな夜雀を見ながら口を開き真司に説明する。


「誰かに憑いてる妖怪は、一妖怪に一人だけなのじゃ。一人の守護霊が一人の人間を護るように、妖怪もまた、人に憑く場合は一人しか出来ぬ。力の強いモノなら複数の者に憑くことは可能かもしれぬが、複数人の相手に憑くと、こちらの体力も消耗していくのじゃ」

「体力の消耗、ですか。それって、憑かれてる人間側の方に起こる現象かと思ってました」


 真司の言葉に菖蒲はコクリと頷く。


「無論、妖怪側が相手の生命力を奪おうと思えば奪うことはできる。中には恨みで人間に憑き、相手の生命力を奪う妖怪やなんらかのことで負傷したことにより体力を戻すのに人間に憑き、生命力を少しずつ奪うというのもいるじゃろう」

「へぇ。憑く理由って色々あるんですね」

「まぁ、あれじゃ。人間でもよく言うじゃろ? 一つの体で同時にやりたい事はできない……みたいな? あれと同じじゃ。妖怪と言っても、そこまで万能では無いからの」


 菖蒲は湯呑みを持ち、お茶をズズーっと飲む。

 そんか菖蒲の言葉に真司は「妖怪でも、やっぱり出来ないことってあるんだな」と、密かに思った。

 すると向かいに座っている白雪が真司の顔をジッと見てフワリと微笑んだ。


「真司さんの顔色は良いみたいですし、この夜雀の様子を見ると、真司さんの生命力は吸い取られていないみたいですね」

「そう、ですね。いつ頃から憑かれてるのかわかりませんが……考えてみると、今日も昨日も変わらず元気です。そう言えば、雛菊さんの時は凄く体が重くてだるかったです」


 真司は雛菊に憑かれた時のことを思い出す。あの時は真司の顔色も悪く、石を背負っているように体が重かったのだ。

 菖蒲は、また「うむ」と小さく呟くと、その事についての説明もしてくれた。


「雛菊の場合は、雛菊の中にさらに霊もいたからのぉ。つまりじゃ、真司は二人分の重さを背負っておったということじゃな」

「なるほど。だからあんなに重かったんですね」

「しかし、なんの理由で真司に憑いたんやろうねぇ。まぁ、ともあれ、この商店街の中に居ればその内元気になり目も覚ますじゃろうて。ここは妖怪の町で妖怪特有の気が充満してるからね」


 真司はこの夜雀が元気になると知りほっと安堵の息を吐くと、白雪は膝の上にいるお雪を下ろし居間を出てどこかに行ってしまった。

 真司は白雪の背中を見送ると菖蒲に向き直り、今度は自分が見た〝夢〟について菖蒲に話した。


「菖蒲さん、あの……僕、変な夢を見たんです」

「はて? 夢かえ?」


 真司は黙ったまま小さく頷いた。


「当事者から見た夢、だと思います。体や口が勝手に動いたりしてたので」

「ほう」


 菖蒲は興味深そうに頷くと、白雪が小さなタオルを持って居間に戻ってきた。

 白雪はタオルをテーブルに置き、夜雀をそっと掌に乗せタオルの上に乗せる。どうやら夜雀の気を遣ってタオルを持ってきたらしい。

 真司はスヤスヤと眠っている夜雀を見て微笑むと、菖蒲の方を向き話を続けた。


「山の中、だったと思います。狼みたいな動物が僕と同じ歳の女の子を追いかけていて……僕は最初、その狼に止めようと言ったんです。でも、狼は結局止めることはなくて……」


 真司は見た夢を思い出すように菖蒲に話す。

 それは決して鮮明なものではない。夢だからか所々の記憶が抜け落ち、何を言ったのかも覚えていなかったからだ。

 それでも真司は夢の記憶を絞り出すように思い出した。


「僕は、ただ見てることしかできなくて……狼に追われている女の子は怯えながら山を走ってました。狼から逃げるように……」

「それで、他にはなにか思い出せそうなことはあるかえ?」


 真司は思い出すように眠っている夜雀をジッと見る。


「……そうだ。その後、女の子は崖に落ちたんだ……」

「まぁ!」


〝崖に落ちた〟という言葉に白雪が驚く。そして、心配そうな顔で「その子は大丈夫なんですか?」と、真司に聞いた。

 隣でずっと話を聞いていた星も、女の子の様子が気になったのか白雪と同じく心配そうな顔で真司を見ている。真司はその後のことを思いますように、また眠っている夜雀を何気なく見た。

 だが、それ以降のことは真司でも思い出せないでいた。


「……わかりません。でも、あの女の子のことを守らなきゃという気持ちがありました」

「ふむ……そうか」


 菖蒲は湯呑みを持ち上げ、少し温くなっているお茶を飲む。白雪はそんな菖蒲に「その女の子のことが心配ですね……」と、言った。

 菖蒲は湯呑みをテーブルに置くと夜雀を見る。


「もしかしたら、その夢は夜雀の夢――もとい過去じゃろう」

「夜雀の、過去……」


(それって雛菊さんの時みたいに見えてしまったってことなのかな)


 真司は目を伏せると自分の視える力が強くなっていることに不安になった。

 けれど、もしこれが見えなくなってしまったのなら、それはそれで不安になるだろう。何せ、菖蒲達の姿は見えず声も聞こえなくなってしまうのだから。


(普通の人達みたいに過ごしてみたいけど……でも、きっと不安になるだろうな……)


 真司は自分のことを忘れるように頭を小さく横に振ると夜雀の過去について話を戻す。


「この夜雀は何を伝えたいんだろう……?」

「ふむ。それは夜雀が起きてから聞くしかなかろう」

「そう、ですね」


 真司がそう言うと菖蒲はスっと立ち上がった。

 真司は立ち上がった菖蒲を見上げ「どこかに行くんですか?」と尋ねた。


「うむ。夜雀は人の言葉を話せんからの。通訳者として別の者を呼ぶために、ちと電話をしにね」

「通訳者ですか」


(菖蒲さんは何でもできると思ってたから、てっきり夜雀の言葉も聞くことができると思ってた)


 真司の思ったことがわかったのか、菖蒲は真司を見下ろしクスリと笑う。


「ふふっ。私が夜雀の声を聞き取れるかと思ったかえ?」

「うっ……!」


 思ったことを当てられて真司はギクリとなる。

 菖蒲はそんな真司の様子に、またクスクスと笑った。


「私にもできないことはあるんやえ。じゃが……」


 菖蒲は徐ろに真司の頭に手を置き優しく撫でる。


「お前さんが願うなら、私は私にできる限りのことに力を貸すえ」

「菖蒲さん……」


 菖蒲は、フッと笑みをこぼすと真司の頭から手を離し「さて、電話して来ようかね」と言いながら居間を出た。

 真司は菖蒲の背中を見送りながら撫でられた頭に触れる。


(僕も菖蒲さんが願うなら、菖蒲さんのために精一杯頑張りたい……ううん、頑張るんだ)


 それはどんな願いかわからない。それが来るのかもわからない。

 だが、真司は思ったのだ。

『その時』がもし来ることがあるのなら、菖蒲の力になりたいと。

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