第6話

 午後の授業もあっという間に終わり、ホームルームも終わると真司は海たちと帰宅するため廊下に出ようとした。

 すると、それを担任である稔が引き止めた。


「ちょっ、ちょっと待ったー! 宮前ー!」

「せっ、先生……?」


 徐ろに腕を掴まれた真司は振り返り首を傾げる。稔は眉を寄せ、深刻そうな表情で真司と目を合した。


「みっ、宮前……ちょっと、今いいか?」

「は、はい」


 真司がそう返事をすると稔が真司の腕を引っ張り教室の隅に行くと、まだ教室にいる生徒に聞こえないように小声でコソコソと話し出した。

 遥と海はそんな二人の様子をポカンとした表情でドアの前で見ていた。


「宮前。そっ、その……雛菊さん、元気か?」

「雛菊さんですか? 元気ですけど……」

「そ、そうか」


 稔は気まずそうな顔をすると真司から目を逸らし頬を掻く。真司はそんな稔に「どうしたんですか?」と尋ねた。

 稔は口をもごもごとさせながら真司と目を合わす。


「あ、いや……その……す、少し気になって、な」

「先生が雛菊さんのことを――」

「――おーい、真司。まだぁ?」


 言葉の続きを言おうとしたところで、真司は海に名前を呼ばれ振り返る。海は手を頭の後ろで組み唇を尖らせながら、つまらなさそうに何も無い床を蹴っていた。


「ごめん! もう少し待って!」

「りょーか〜い」


 海は壁にもたれて天井を見上げる。遥はそんな海のおでこにチョップした。


「あたっ!! なにすんねんっ!」

「なんとなく」


 二人のやり取りに苦笑いをする真司は先生の方を向き直る。稔は申し訳なさそうに自分の頭を掻き「あー……なんか、すまんな。引き止めて」と、真司に謝った。

 真司は慌てて手を振る。


「いえ! 全然気にしていないので大丈夫です!」

「そ、そうか? ……いや、でも、この話はここでするべきじゃないな。よし、宮前。明日の放課後、例の場所に集合な」


 真司は稔の言う〝例の場所〟を思い出す。

 例の場所というのは殆ど誰も通らない廊下に、生徒が滅多に入らない図書室の隣にある空き教室――稔の憩いの場である秘密基地成らぬ秘密教室のことだ。

 この教室は、元は準備室で誰も使っていなかったが、稔はそこに教員達には内緒でお菓子や自前のカップ、電気ポットなどを持ち込んでいた。

 このことを知っているのは当の本人である稔と真司だけだ。

 真司は例の場所のことがどこかわかると小さく頷いた。


「わかりました」


 真司がそう返事をすると、稔が真司の肩をポンと叩いた。


「ありがとうな。んじゃぁ、気をつけて帰れよ」

「はい」


 そう言うと真司は稔に小さく会釈し海と遥が待っている場所へと小走りする。


「お待たせ」

「帰るか」

「やな~」


 真司たちは教室を出て階段を下り、今度こそ下駄箱へと向かった。


「なぁなぁ、先生なんて?」

「あー……ちょっと、個人的に相談があってその話を少し」

「個人的な相談ねぇ~」


 海がまた頭の後ろで腕を組むと「あ、そ」と興味が無さそうな返事をする。すると、遥がそんな海の頭を小突いた。


「あてっ!」

「自分から聞いておいてその返事はないやろ」

「あわわ! 僕は気にしてないから大丈夫だよ!」


 頭を擦りながら遥のことを睨む海と呆れて溜め息を吐く遥。そんな二人の仲をとりもつように真司は苦笑いしながら言った。


「なんやねん……ちょ~っと聞いてみただけやん……ちぇ」


 すっかり拗ねてしまった海は唇を尖らせる。真司は海たちのやり取りに苦笑すると海たちとは靴を置いている場所が違うため、真司は自分の靴が置いてある下駄箱へと向かった。

 すると、目の前にいる人物に目がいった。

 ちりめんのリボンで髪を結んでいる後ろ姿に、真司はその人物が水鈴だと直ぐにわかった。


(大神さん……)


 真司は声をかけようか悩むが、彼女になんて声をかけたらいいかわからなかった。

 真司は常々思う。「こういう時、普通に声をかけられる人が羨ましいな……」と。

 決して人見知りとかではない真司だが、今まで一人で行動していた為、他人と仲良くなる方法や接し方というのが少しわからなかったのだ。


「…………」


 海と遥の下駄箱は真司とは離れているが、水鈴の下駄箱とは向かい同士らしい。

 真司は少し俯き気味に自分の下駄箱へと向かい靴を履き替える。水鈴は真司には気づいていないのか、上履きを下駄箱の中に入れると学校指定の学生鞄を持ち歩き始めた。

 真司はそんな水鈴を見て慌てて「大神さん!」と、水鈴のことを引き止めた。

 水鈴は髪をなびかせ後ろを振り返る。


「……なに?」

「あ……えっと……」


 思わず水鈴のことを引き止めたはいいが、真司は水鈴から目を逸らし口ごもっていた。


「宮前くん?」

「そ、その……」


 真司は顔を上げ水鈴と目を合わす。泣き黒子のある大きな黒い瞳で水鈴は真司をジッと見ていた。

 真司は手をギュッと握り勇気を振り絞る。


「まっ、また明日!」

「……うん。また、明日」


 真司にそう言うと、水鈴は真司から背を向けふたたび歩き始めた。

 真司は水鈴の背中を見送ると「はぁ」と、小さく溜め息を吐く。海や遥以外に『また明日』と言うとのはどこか新鮮味があり少し緊張したのだ。

 真司は自分から他の人にきちんと挨拶を言えたことにほっと安堵すると、海と遥がひょっこりと顔を出した。


「おーい、真司。はよ行こ〜う」

「なんや? まだ履き替えてなかったんか?」

「あ、うん! 今行く!」


 真司は慌てて靴を履き替えると海と遥の傍に行き、他愛ない雑談をしながら学校を出たのだった。

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