第5話

 お昼休憩に入り、真司は海と遥と一緒に三階の渡り廊下兼渡り橋でお昼ご飯を食べていた。

 考えることは皆同じで、真司達以外にも数名の生徒達がこの暖かい陽射しの下でお弁当を広げ談笑していた。


 真司はお弁当を食べながらボーッとする。麗らかな陽射しが気持ちよく、まるで布団の中に入っているみたいで眠くなってきていた。

 すると海がそんな真司を見て、バレないようにこそーっと真司のお弁当のおかずを取ろうとしていた。


「おい、やめろ」

「あてっ!」


 遥に手の甲を叩かれた海は、大袈裟に叩かれた手に息を吹きかけた。


「ふー、ふー。あ~、痛。そんな叩かんでもええやん……」

「阿呆。無断で人のおかずに手を出す奴が悪いやろ。……宮前?」

「……へ?」


 遥に声を掛けられボケっとした表情で遥を見る真司遥はそんな真司に思わずクスッと笑ってしまった。

 それは海も一緒だった。


「あははっ! 真司、ほんま眠そうやん」

「やな。授業中に寝たばっかやのにな」

「そ、その……いい感じにポカポカするから。つい……」


 恥ずかしそうに頬を掻きながら残りのご飯を食べ、真司はお弁当箱を片付ける。海は真司がおかずを全部食べたことに「あー……」と、残念そうな声を上げたのだった。

 真司はそんな海の様子に少し驚くと遥があしらうように「こいつのことはほっとけ」と、言った。

 お昼ご飯を食べ終われば、真司達も他愛ない談笑が始まる。


「そういやさ、テレビで一発芸大会やってたんやけど見た?!ㅤ面白かった~。「オーマイガー」って言いながら、落下すんのがまたさ~」

「意味わからん……なにが面白いのやら」

「へぇー、そんなのやってたんだ」


『一発芸』と聞いて、真司は大晦日のことを思い出す。百鬼夜行の宴会の中、妖怪達がそれぞれ一発芸を披露していくのだ。

 勇はボール乗りに挑戦し、山童は皿回しに挑戦。他にも腹芸や顔芸など披露する様は皆笑顔で楽しそうにしていた。

 成功すれば大拍手、失敗すれば披露した者全員で大爆笑。真司は妖怪の楽しそうに笑う姿につられ、自然と真司自身も笑っていた。

 あれから、もう一ヶ月以上過ぎているのに真司はその時のことを今でも鮮明に覚えている。


「あははっ」


 それを思い出し、つい笑ってしまった真司は慌てて口元を塞ぐ。遥と海は真司が笑ったことにお互いに顔ヲ見合わせるとキョトンとした表情で真司のことを見ていた。


「なぁ、遥。俺、なんかおかしかったか?」

「お前は、常におかしいから安心しろ」

「ひどっ!!」


 海と遥のやり取りがおかしく、真司はまたクスッと笑う。真司は柵に背中を預け目を閉じる。


(今までは、友達と一緒にご飯を食べたり話しをしたりすることは無かったから最初は戸惑ったけど……)


 真司は目を瞑りながら思う。「本当に、楽しいな」と。

 それは、あやかし商店街で菖蒲達と過ごしている時も思ったことだ。それぐらい真司の中では、この何気ない日常、何気ない時間は大切な物へと変わって行ったのだ。

 暖かな陽射しが全身を包み込み目を閉じている真司は、また、うつらうつらとし始めていた。

 やがて、隣に座っている遥の肩に自然ともたれかかってしまい、真司は心地よい微睡みの中へと意識が消えて行ったのだった。

 微睡みの中に沈む瞬間、一瞬驚く遥となにかを話している海の声、そしてあの鳥の鳴き声が聞こえたような気がしたが、頭はもうそれすらも考えることが出来なくなっていた。


「チチチ……」



 ……………………

 …………

 ……



 真司はまた夢を見る。それは、前の夢の続きから日が過ぎている夢だった。


「くそっ!ㅤくそっ!ㅤお前のせいで取り逃したじゃねーか!!」

「…………」


 何も言い返せないでいた真司は、木の幹に八つ当たりしている獣から目を逸らす。目の前にいる獣は、そんな真司に苛立ちを感じ更に怒鳴りつけた。


「おい、聞いてんのか!!」

「う、うん……でも、僕にはやっぱりあの子を――」

「馬鹿野郎!!」

「っ……!」


 言い淀んでいた言葉を勇気を出して獣に言うが、それは怒鳴るように遮られてしまった。

 当事者として夢を見ている真司は、獣の吠えるような怒鳴り声にビクッと怯える。


「何度言わせりゃわかる!ㅤ俺らは――で、あいつは人間だ!ㅤ人間に肩入れなんてすんじゃねぇっ!!」

「…………」


 本当のことを言われ、真司はまた俯く。

 真司は『僕がやった行動は間違っているの?』と、自分の本当の役割りと人間に手を貸したことについて葛藤していた。

 どれが正しいのかわからない。

 どれな駄目なのかわからない。

 けれど、真司は獣に怒られても自分のやったことは間違いと思いたくないと思ったのだ。

 真司はその夜、少女のことが気になり自分の心の中で決意する。それは『あの少女のことを守ろう』という決意だった。


「チチチ……チチチ……」


 真司は羽を広げ、苛立ちを抱えたままどこかに行った獣に何も告げず空へと飛び立つ。向かう場所は、少女のいる場所だ。

 少女の居場所は真司にはわかる。獣がいない時は、こっそりとあの少女の様子を見に行っていたからだ。


 ――彼女のことは、僕が守らないと。


 きっと、獣はまだ諦めていない。本来なら次の獲物が来るまで待つが、今、彼は激情している。何よりも、彼は大きく変わってしまった。

 真司が助けたのもあって、彼はしつこく少女に付き纏うだろう。そう真司は思った。

 獣の言う通り、頭のなかでは人間に肩入れするべきではないとわかっている。それでも、真司は少女のこと気がかりになっていた。


「じ……んじ、真司!」


(誰かが……読んでいる……)


「宮前、起きろ」

「……ん……うーん……?」


 目を擦りながらゆっくりと起き上がる真司。

 横を見るとすぐ側には遥の顔があり、真司は思わず仰け反り驚いた。


「うわっ!? かっ、神代!?」

「おはよう。つか、寝すぎ」


 遥は筋肉をほぐすように首や肩を回す。


「真司、遥にもたれかかって寝てたんやで」

「え、そうなの!? 起こしてくれてもよかったのに……」

「気持ちよさそうに寝てたし、変に動くと起こしそうやから」


 平然とそれを言う遥に真司は「やっぱり、神代はイケメンだ……」と、内心感心していた。

 これが異性ならば一発で恋心を持って行かれるだろう。

 真司は、これが自分だったらどうするだろうと考える。電車の中だった場合、知らない人が肩にもたれかかってきたら驚きのあまり少し身を引くか起こさない程度にそっとその場から離れるだろうが、これが海や遥なら、どうしたらいいかわからず肩に力が入りカチコチと固まるかもしれない。

 どちらにしても、遥みたいに平然とできないと真司は思った。

 すると、お昼休みの終了の鐘が鳴った。


「え、もう終わり!?」


 驚く真司に海が笑う。


「あはは! そりゃぁ、真司はずっと寝てたからな~」

「そんなに長く寝てる感じしなかったんだけどなぁ」


 真司は、ふと夢のことを思い出した。


(また夢を見たっけ……そういえば、さっきの夢もその前の夢も聞き取れない部分があったような……)


 どちらの夢もハッキリとは覚えておらず、真司は夢のことを思い出そうと「うーん……」と、唸りながら考える。


「おーい、真司何してん? 早く教室向かおうや」

「やな」


 海と遥に言われパッと顔を上げると「あ、うん! ごめん! ちょっと待って!」と、言いながら真司は慌ててお弁当箱を持って三人で教室に向かったのだった。

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