第4話

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 暖かい日差しの中、窓辺の席に座っている真司は眠気に勝てずウトウトとしていた。



「で、あるからにして、ここは――」



 現国の先生が教科書の本文を読みわかりやすく説明してくれるが、授業が絵本の読み聞かせのように聞こえ真司を微睡みの中へと誘う。

「頑張って起きないと」と、頭の中ではわかっていても眠気には勝てず、遂には机に頬杖をつきながら真司は眠ってしまったのだった。


 真司は夢を見る。


 それは、あの時の〝雛菊の夢〟を見るように誰かの目線で夢を見ていた。



「おい、久しぶりの人間だ!」と、目の前にいる獣が言った。

 鋭い目に灰色の毛は闇夜に紛れ、その姿はぼんやりとしか見えていない。まるで、夜の外を徘徊する霊にも見えた。

すると突然、真司の口が勝手に動いた。



「でっ、でも、あの子まだ子供だよ?」

「んなの関係ねーよ! てめぇ、それでも――か!」



 そう怒鳴られた瞬間、真司は口をつむぎ俯いた。大事な所だけは聞き取れなかったが、真司の心の中では『やらなきゃ』という気持ちと『あの子を傷つけたくない』という気待ちがあった。

だが、それでも結局、その獣に逆らえず真司はその子に向かって一鳴きした。



「チチチ……」



 その子が振り返る。その子は真司と同じ中学生ぐらいの女の子だった。

 前髪には向日葵の形をしたヘアピンが留められている。この子が笑うと、きっと、ヘアピンの向日葵のように明るいものなんだろうと思ったが、今のその子の表情は笑顔とは程遠いものだった。

 彼女の顔は、すっかり怯えている表示だったのだ。

 それでも、真司は鳴き続ける。



「チチチ……」

「っ……!? うっ……っ……こわい……」



 怯えている彼女の目に、ついに涙が溢れ落ちた。

 泣きながら山道を歩く少女。すると、木の根に足を引っ掛けてしまったのか、彼女は「あっ!」と、言いながら前に転けてしまった。

 真司は「あぁ……転けてしまった……。もう、僕にはどうしようも出来ない……」と、思い心が傷んだ。


 ――グルルルル。


 何処からか獣が唸る声が聞こえてくる。獣は山の草を踏み、少しづつ少女に近づいていた。

 少女の顔からサーッと血の気が引くと、小鹿のように震える足で慌てて山道を駆けて行った。



「はぁ、はぁ……!」

「グルルルッ!ガウッガウッ!」

「ひっ!?」



 少女は怯えながらも山道をひたすらに走り続け、それを獣が、まるで獲物を狙うかのように彼女の後を追う。真司は怯え、逃げ続ける少女を姿をただ見ていることしか出来なかった。

 あの獣が怖く、また、いつも一緒だったからこそ逆らうことが出来ないのだ。例えて言うのなら、それは家族や〝兄〟という存在に近かった。



「チチチ……」



 逃げる兎を追うように楽しんでいる獣と逃げ続ける少女。

 木をすり抜けるように避け、草をかき分けながら少女は逃げるが、山を熟知し足の早い獣には意味が無かった。



「あっ!!」



 少女がまた転ける。だが、今度はそこが酷い下り坂だったのか、少女は転がるように下へ下へと落ちていった。

「ガウッ、ガウッ! ワォォォォン!!」と、まるで笑うように獣が吠える。それを木の上から見ていた真司の心は、とても不快に思っていた。

 そして遂に真司は我慢が出来ず、落ちた拍子で怪我をしその場で蹲っている少女に向かって飛び立ったのだった。


 その瞬間、授業終了のチャイムが鳴り、真司は目を覚ました。



「えー、今日はここまで。今日やったところは、明日もう一度するから復習するように」



 先生がそう言い教室を出ると、生徒達は教科書を閉じ、友達と話したり次の授業の用意などをしていた。そんな中、真司はポカンと口を開け周りを見渡していた。



「ゆ、夢……?」



 真司は先程見た夢を思い出す。暗い山の中にいる喋る獣と少女のことを。

 それは、とても現実味のある夢だった。

 真司はあれが本当に夢なのかわからず内心困惑していると、ポンと誰かが真司の肩を叩いた。



「真司、今日のお昼は外で食べよーや!……って、どうしたん?ぼーっとして?」



 海に声を掛けられ、真司はハッとなり慌てて返事をする。



「あ、ううん! 何でもない!」

「そうか?」



 海が首を傾げながら言う中、遥も真司の席にやって来てフッと笑うと「宮前、寝てたな」と、言った。

 遥の席は海も真司も二人のことがよく見える後ろの方の位置にあるので、遥は真司が授業中に居眠りしていたことを知っていたのだ。

 遥に寝ていたことを知られ、真司は思わず「うっ……」と、小さく呻いた。



「そっ、その……暖かくて、つい」

「やから、ぼーっとしてたんか」



 後頭部の後ろで手を組みニヤリと笑みを浮かべる海と珍しく「ははっ」と、口に出して笑う遥。

 真司は、気まずそうに頬を掻くと苦笑いをした。



「それに変な夢も見たんだよね」

「夢まで見とったんか!?」

「で、その夢ってなんや?」



 海と遥が真司が見た夢について聞いてくるが、真司はその奇怪な夢をこの二人に話してもいいのだろうかと、内心思っていた。



(これは夢だし、話しても大丈夫だよね?)



「えっと、あんまり覚えてないんだけど……喋る獣……狼なのかな? それがいたような……。後、同い年ぐらいの女の子も。それで、その狼が女の子を追い掛けてる夢」

「へぇ~。なんか怖い夢やなぁ」



『怖い夢』そう言われるとそうなのだが、真司は雛菊の件もあり、これは本当にただの夢なのだろうかと訝しく思っていた。

 もしこれが、ただの夢じゃなければ? 雛菊みたいに誰かの記憶を見ていたら?

 真司はそう思った瞬間、自分が見た最後の夢を思い出す。それは、少女が狼から逃げる途中で転がりながら落ちる姿だった。

 もしこれが現実に起こっていたなのならば、今、その少女はどうなったのか……それを考えると真司はゾッとした。

 なぜ、こんな夢を見たかはわからない。けれど、真司は自分の中にある〝勘〟がこう告げていた。


 ――何かある、と。



「で、宮前は昼はどうするんや?」

「え?」



 遥の問いかけに首を傾げていると、真司は海が言っていたことを思い出した。



「あ、お昼か。確か、外で食べるとかだったよね? 外かぁ……うん、いいよ。今日も暖かいもんね」

「よし、決まりやな! 食べてる途中で、また寝たらあかんで~」

「ま、寝たら寝たでええかもしれんけどな」



 海と遥の言葉に真司は苦笑すると、真司は心の中で今日の夢のことを念のために菖蒲にも言っておこうと思った。

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