第3話
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制服に着替える為に、一度家に帰宅し学校に向かう真司。
校門を出る際、雛菊から「また、会いましょう。それと、お握り有難うございます」と、言われ真司は嬉しくなった。
(気に入ってくれてよかった)
「ふぁ~あ」
朝早くに目が覚めたのが、今頃になって眠気が訪れ、真司は大きな欠伸をする。
すると、後ろから真司の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、真司!」
「……おす」
「荻原に神代。おはよう」
「おぅ、おはよう!」
「おはよう」
彼らは、同じクラスの荻原海と神代遥だ。真司が一年の時、転校して来て間もない真司に積極的になって話しかけてくれた真司の友達だ。
「なんや、なんや~? 眠そうやな」
「寝不足か?」
「うーん、そういう訳ではないんだけど……ちょっとね」
朝早くに目が覚め、桜の精霊と花見をしていた――なんて事実はもちろん言えるわけないので、真司は本当の理由は言わず流すように苦笑した。
すると、海が訝し目な目で真司を見た。
「ははぁーん……さては、えっちぃ本でも見てたな?」
ニヤけた顔で真司の顔を覗き込むように言う海。そんな海の頭を遥が小突いた。
「朝から止めろ。……つか、宮前がそんなん読んでたら驚くな。意外性があって」
「いって〜。た、確かに真司は、そういうのに手をつけなさそうやもんなぁ。あー、いて……」
「ま、まぁ……そ、そうだね……」
否定は出来ない、寧ろ事実なので否定はしない真司。かと言って、恋愛ごとに興味が無い訳では無い。
ただ、今まで真司は周りを避けるように行動していたので、そういうのに鈍感なだけなのだ。
勿論、真司は『自分が鈍感だ』ということには全く気づいていない。海は首を傾げながら、改めて真司が何故そんなに眠そうなのかを聞いた。
「で、なんで眠そうなんや?」
どうやらこの会話は避けることが難しいらしい。真司は、話しても大丈夫な範囲だけ海に話した。
「今日、朝早くに起きちゃったから」
「ほぉ~。そんな朝早よう何してたん?」
「散歩してたよ」
「おじいちゃんかーいっ!!」
「あたっ!」
ビシッと腕を叩かれる真司。正確に言えば、海にツッコミを入れられた。
真司は腕を擦りながら「これが大阪のツッコミ……意外と痛い!」と、内心思ったのだった。
「ま、まぁ、そういうこと。あはは……」
「朝の散歩て……中学生やぞ!? ピチピチの中学生!! ほんの二年前までは、俺ら小学生やってんぞ!?」
「……お前、それ自分で言ってて虚しくないか?」
今は中学生でも、海の言う通り、ほんの二年前まではランドセルを背負い小学校に通っていたのだ。
海は小学生の頃から身長があまり伸びていないので、未だに小学生と間違われることもあった。
幼馴染みで海のそういう所も知っているからこそ、遥はそう言ったのだ。
海は、肩を落とし項垂れる。
「た、確かに……。あー……あれや、ほら。まだまだ健全ってことや!! 若いってこと!!」
「いや、お前のその言い方もジジくさい」
「嘘やろ!? がーん……」
海と遥の会話のテンポの良さに、真司は思わず「おぉ~」と呟く。すると、すかさず海に「って、何、感心しとんねん!」と、二度目のツッコミを入れられたのだった。
「いたっ! い、いや……これが大阪のノリっていうのなんだなぁ~って思って、あはは」
笑いながらツッコミを入れられた腕を擦る。やっぱり、何気に痛かったらしい。
真司は大阪と以前住んでいた東京の人達のことを思い出す。
真司がぶつかってしまい慌てて謝っても相手は気にもとめてないのか、携帯を見るばかりで真司のことは気にせず歩いていった。
真司はその場所に立ちつくし改めて周りを見渡すと、道行く人々は同じように下を向き携帯ばかりを見ていたのだった。
真司は、なぜだかそれが〝怖い〟と思ったのだ。
なぜそれに恐怖を抱いたのかわからない。ただなんとなく、知っている場所なのに知らない場所に放り出されたような気持ちになったのだ。
それに対して大阪は携帯を見ながら歩く人はいても、エレベーターに乗れば「お先にどうぞ」と、誰かが言ってくれる。道に迷ってその場で困っていると親切な人が声をかけ心配してくれる。
電車の中では、それぞれに友達や両親と話をしていて少々騒がしさがあった。
勿論、中にはそうでない人もいるが、その小さな優しさや騒がしさが不思議と真司にはホッとして嬉しかった。
「みんな、優しいよね……」
「ん、そうか? まぁ、東京は冷たいって大阪のやつは皆言うからな。逆に東京の人からにしたら、大阪は治安が悪いとか怖いとか聞くな」
「やな~。 と言いつつも、行ったことないから知らんけどな!」
遥と海の言葉に真司は苦笑いをすると「……そう、だね」と呟く。それが『冷たい』と言われると、真司にはよくわからなかった。
その空間で育ち、近所の人達は真司のことを避け陰口を言うが、異質な自分がおかしいく、周りに溶け込めない自分が悪い……だから、周囲の人々の行動は『当たり前』で『普通』と思っていたからだ。
だがそう言われると、周囲の人々の行動は確かに冷たいものだったのかもしれない。
どちらにしても、東京での生活や人々は真司には合わなかった。
「……中には、優しい人もいるんだけどね」
そう。それでも優しい人はもちろんいるということを真司は知っている。真司は頭の片隅でとある男の子の姿を思い出す。
『へぇ! お前にはそう見えるんだな! すっげー! かっこいい!』
その男の子は真司にそう言った。
だから真司は、中には優しい人もいるということや、こんな自分でも手を差し伸べて引っ張ってくれるということを知っている。真司が少しその男の子について思い出していると、遥が肩を叩いた。
「まぁ、宮前も今はこっちにいるんやし。その内このノリにもなれるわ」
「あはは……もう、だいぶ慣れてきたけどんだけどね」
何せ、妖怪の町であるあやかしの商店街が正にそんなノリだからだ。
今まで出会って来た妖怪達は楽しそうで、いつも元気で、明るくて、商店街は活気が良く毎日がお祭りみたい。だからその場にいると、自然と真司も笑顔になっていた。
あそこはそういった誰かを明るい気分にしてくれる不思議な場所だった。と言っても、初めて商店街に訪れる人間は、その異形な者達の姿に驚くだろう。
真司も、初めて訪れた時は言葉を失い気絶したぐらいだ。
そんな商店街で何か悩みがある妖怪たちは、最も力の強い妖怪でもあり神様の一人でもある菖蒲に相談しに行く。菖蒲のお店は付喪神が憑いてる骨董屋なのだが、それは表向きで、その殆どは妖怪たちの悩み相談室やなんでも屋みたいになっている。真司はそこでお手伝いとして雇われていた。
勿論、まだ見知らぬ妖怪や体が大きく顔が怖い妖怪にはまだまだ慣れないが、それでも良く話す妖怪やその妖怪の人柄や性格といった内面を知ると、少しづつだが慣れていた。
真司は商店街の妖怪達のことを思い出す。
人の世界『
真司はクスリと笑う。
「うん。やっぱり、ここって良い所だよね」
「なんや急に?」
海が真司を見ながら首を傾げる。真司はそんな海に笑顔を向けると「この街が好きだなって思ったんだ」と、海に言った。
すると、海の隣にいる遥も笑みを溢した。
「俺もこの街は好きやな」
「あー、俺も何だかんだで好きかも。でもさぁ、やっぱ東京に比べると店とかも少ないし不便に思わん?」
海に聞かれた真司は首を傾げながら、空を見上げ考える。
「確かに、あっちは歩いて行ける距離に色んなお店があるけど……でも、その分、人もすごく多くて歩きずらいよ? 駅前とかは油断すると人と直ぐにぶつかっちゃうし。それに、場所に寄るけどビルも多くて、こうやって空も見ることもあまりなかったし」
真司は晴れ渡る空を見上げながら言った。
海も遥も真司が空を見上げるので、自分達も何気なく空を見上げる。
「まぁ、ここは緑も多いからな。近所の人が植えた花とかも結構あるし。柿の木とかビワの木とか普通にあるしな」
「しかも、ほぼ爺婆で静か! あー、でも、昼間はガキンチョで煩いな! 蝉もめちゃくちゃ煩いし、田舎やな!」
そう。真司が住んでいるところは、小中学校・保育園・公園が近くにあるので、放課後の夕方や休日の日には子供達の声で周辺は賑やかになる。
「僕は、賑やかで好きだけど」
そう言いながらニコリと笑うと、海と遥はお互い顔を見合わせた。
遥は口元に笑みを浮かべ、海は笑いながら、突然タックルしてくる。
「俺は、真っ直ぐすぎるそんなお前が好きやで!」
「あぁ。宮前みたいな考えを持つやつってあんまりおらんしな」
真司は「え?! なっ、なに急に?!」と、言いながら驚く。海はニヤニヤした顔で笑い、遥はふっと笑った。
そうこう話しをしていると、あっという間に校門に着き、丁度反対の道から大神水鈴が歩いて来ていた。
水鈴は真司と目が合うと軽く会釈をすると真司よりも先に門をくぐった。
海は水鈴の後ろ姿をうっとりとした目で追う。
「はぁ〜、今日も可愛いなぁ~。……でも、ちょっと、怖いけど」
「人を寄せ付けない感じとかな」
海と遥がそう言うと真司は「う、うん……」と、言いながら小さく頷いた。
しかし、真司の本心は「大神さんとも仲良くなれたらいいのに……」と、思っていた。
(なんていうか……放っておけない、みたいな)
放っておけない理由は、恐らく自分と似ているからだろう。
今の真司には、菖蒲や白雪達といった優しく迎えてくれる妖怪と海や遥といった友達もいる。だが、それより前は、真司も水鈴と同じく誰も寄せ付けずいつも一人でいた。
真司がこうやって、また誰かと些細な日常を送れるようになったのも、この堺市に来てからだった。
(近い内に少しでもいいから話が出来たらいいな……)
そう思っていると、再び眠気がやってきて「ふぁ~」と、大きな口を開けて欠伸をする真司だった。
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