✿第七ノ伍幕~花見~

第1話

 桜貝が無事に合わさり、もう一人の雛菊も桜の精の雛菊も消えた後、真司と菖蒲は稔にことの説明を……しなかった。

 真司自身は、不審な行動を取ってしまった以上は稔に本当のことを話そうとしたが、それを話そうとした瞬間、菖蒲に遮られてしまい菖蒲が真実とは反対の嘘をついたのだった。

 だが、これでよかったのかもしれないと真司は思った。本当のことを言っても、普通の人は誰も信じないからだ。

 いつものように気味悪がられるかもしれない。そう思うと、いつも通り誰にも言わない方が自分の心も安全だと真司は思ったのだ。

 結果、その嘘に稔は信じ今は稔と一緒に桜の木の下でなぜだか白雪達とピクニック基、花見に来ていた。


「いや~、わざわざ誘って下さりありがとうございます!」

「構わんよ」


 妖怪と真司以外の人間がこうやって一緒に外でご飯を食べていることに、少し違和感はあるがどこか嬉しい気持ちになる真司。

 普通の人間には化かそうとしないかぎり、妖怪の姿を捉えることはもちろん出来ない。白雪達は稔にも姿や声が届くように『化かす』という力を使って稔に会っていた。

 そのため、お雪と星は稔ともこうやって普通に話しができていた。


「おじさん、どうしてそんなに頭がボサボサなのー?」

「あはは、これなぁ~。めんどくさいからってのもあるけど、実は殆どは直らない寝癖なんだよなぁ~」

「そうなんだー!」

「寝癖……爆発……ふふっ」


 にへらと笑い頭を掻きながら言う稔にお雪は驚き、星は珍しく口に出してクスッと笑う。真司はお雪達が稔と話している様子を見て微笑みむと、今度は桜の幹でまだ隠れている雛菊に声をかけた。


「雛菊さんも先生と話をしたらどうですか?」

「へっ?! あ、あの……!」

「顔が真っ赤じゃな」

「……っ!!」


 菖蒲に言われ雛菊は更に顔が赤くなる。両手で頬を挟むように触ると今度はモジモジとし始めた。


「で、ですが……その……恥ずかしくて……こういう服も着たことがないですし……」

「全く、これじゃ弟橘の命も私があげたも無駄になるではないか。折角、お前さんをあの男に紹介させたのじゃ……ドンと行きんしゃい!」

「きゃっ!」


 菖蒲に背中を押された雛菊は、稔の前に飛び出すように倒れ込む。すると稔も雛菊に気づき、倒れ込んでしまっている雛菊に声をかけた。


「大丈夫ですか? えっと……雛菊さん、でしたっけ?」

「あ……は、はい!」


 そう。今の雛菊の姿は稔にも見え声もちゃんと届いていたのだ。


 化ける力を持たない雛菊には稔と話すこともできないのだが、できるようになったのは菖蒲のおかげである。菖蒲が特別なネックレスを雛菊にプレゼントしたからだ。

 そのネックレスというのが桜の形をした小さなネックレスだった。

 このネックレスには菖蒲と弟橘媛の力が込められており、このネックレスを身につけている時は、力の弱い花の精霊も人間になれるという代物だった。

 雛菊は最初は困惑し、それを受け取ることを断っていた。

 だが、頑固な雛菊に多治速比売命が一つの命を下したのだ。


『桜の精――雛菊。お主に命ずる。お主は桜の精霊としての役割と共に、お主はお主のように自由に生きよ。よいな?』


 その命で受け取ることを渋っていた雛菊も、よくやく決意が決まったのか、菖蒲からネックレスを受け取り商店街の洋服屋で雛菊に合う服を仕立ててもらったのだった。


 真司はものの数分前のことを思い出す。


 桜貝が合わさった後、菖蒲は桜貝を稔に預けることをお願いした。

 稔も最初はお断りしたものの何だかんだで菖蒲の承諾を受けたのだ。

 その後は、稔が祖父に電話をし自分が貝を所持し保管しても大丈夫か尋ねた。

 電話の結果を緊張した面持ちで待つ真司。その結果は『大丈夫』ということになり、真司はホッとしたのだった。


 そしてその後、菖蒲は『これから稔も一緒にピクニックをしないかえ?』と、稔を誘ったのだった。

 しかし、稔にもまだ学校でやることがあり、学校を離れられないことを菖蒲に言うと菖蒲は暫し考えた。

 すると、何かを思いついたのか「そうじゃ!」と言うと菖蒲は稔の後ろにある窓を指さした。


「「??」」


 稔と真司は菖蒲が指した窓を同時に見る。


「その窓の外に桜の木が立っておるじゃろ? そこで花見はどうかの? ねぇ、先生?」

「あそこに桜があること知ってるんですか?」

「えぇ。ふふふっ」


(この下にある桜の木……それって、雛菊さんがいる桜だよね)


 真司は何となく菖蒲が何をしたいのかを察し、参加しようかどうしようか悩んでいる稔の背中を後押しする。


「先生も一緒にお花見しましょうよ。菖蒲さんが作ったご飯は美味しいんですよ! それに、桜の木もきっと喜びます!」

「桜が喜ぶ? ……そうか。そうだなぁ、本当は校内で花見なんて駄目なんだけど、今日は生徒もいないし……ま、大丈夫だろう! せっかくだしお邪魔しようかな」


 稔は、すぐ後ろにある窓の縁に頬杖をついて、その下にある桜の木を見て微笑む。今頃、雛菊もそんな稔を桜の傍で見上げているのだろう。

 真司は、稔には聞こえないようコソッと菖蒲に話しかける。


「雛菊さん喜ぶといいですね。でも、お互いに話すことが出来ないのは悲しいです……。どうにかして先生にも雛菊さんの声を届けたいんですけど……」

「ふふっ、お前さんは相変わらず優しいの。なに、私に任せんしゃい」


 そう言うと、菖蒲は椅子から立ち上がり、お茶やおやつの用意は稔と真司に任せ、菖蒲は一度あやかし商店街へと戻って行ったのだった。

 真司は雛菊のことを相談する前に菖蒲に『任せんしゃい』と言われ、あっという間に悩みが解決したことに驚いていた。

 だが、そんな菖蒲だからこそ真司は相談でき、頼ることもできるのだ。


 真司は稔と一緒に桜の木の下で菖蒲達を待っている間、稔と他愛ない話をした。

 すると、十分足らずで菖蒲は白雪達と雛菊を連れて学校へ戻って来た。

 真司は雛菊のいつもと違う姿に驚く。髪を上げ着物姿だった雛菊は、今は髪を下ろし、ふんわりとしたスカートを穿いていたからだ。


「これまた花が増えたなぁ~。宮前、お前、いつもこんな美人な人と一緒なのか? 羨ましいを通り越して感心するよ、先生。マジで」


 稔は腕を組み、一人で納得するかのように「ウンウン……」と何度も頷く。真司はそんな稔に苦笑すると、今度は白雪達を稔に紹介した。


「先生。こちらは菖蒲さんの家に住んでいる白雪さんと雪芽ちゃん、星君とルナって言います」

「宜しくお願い致します、ふふっ」

「私のことは、お雪って呼んでねー♪」

「……こんにちは」

「にゃー」


 白雪はニコリと微笑み、お雪は元気よく手を上げ、星は緊張しているのか人見知りになっているのか菖蒲の後ろに隠れながらもヒョコッと顔を出す。星の傍にいたルナは、いつものように尻尾をゆらりと揺らしながら一鳴きした。

 それぞれ稔に挨拶をすると、真司は最後に雛菊を紹介した。


「そして、こちらは菖蒲さんのお知り合いの雛菊さんです」

「あ、ああのっ……あの! よっ、宜しくお願い致しますっ!!」


 バッと勢いよく右手を出し頭を下げる雛菊に、稔は可笑しそうに「ぷふっ!」と、声に出して笑った。

 それはまるで『結婚してください!!』と男性が女性にするポーズだったからだ。稔は笑いを誤魔化すために態と空咳をすると、雛菊の右手をギュッと握り握手をする。


「宮前君の担任の白石稔です。こちらこそ宜しくお願いします」

「……っ!!」


 稔に手を握られ雛菊は下げていた顔を上げると、雛菊の顔がカァーッと一気に赤くなり逃げるように菖蒲の背中へと隠れてしまった。

 隠れる雛菊を見て、稔は「あ、あれ?」と小さく呟く。

『俺、なにか気に障ったようなことした?』というような表情を真司に向けると、真司は慌てて雛菊のフォローに入った。


「雛菊さんは恥ずかしがり屋なんですよ、先生」

「そ、そうなのか……?」


 真司が「はい」と返事をすると、菖蒲は稔の見えぬ所で真司に向かってグッと親指を立てた。

 真司のナイスなフォローに、更に白雪が重ねるように二段の重箱を持ち上げニコリと稔に微笑んだ。


「では、早速、お弁当を食べましょう。ふふっ」

「さんせーい♪」



 こうして今に至る、ということだ。

 恥ずかしながらも頑張って話す雛菊と、なんの力も無い人間である稔が話している様子を見て真司は本当に嬉しい気持ちになった。

 ぶつかることのない視線と声が交差する――決して交わることの無い者達が交わる。それは、現実には有り得ないことだからだ。


 白雪はお雪と星の紙皿におかずを乗せ、雛菊は稔の為にお酒ではなくお茶を顔を赤くして注ぐ。

 妖怪と普通の人間が、こうやって桜の下でのんびりとお花見をしている……真司は、それがとても嬉しかった。


「……今日は、嬉しいことだらけだ」


 そう小さく呟き、真司は何気なく桜を見上げた。

 桜は風が吹くと、ハラハラと地面に舞い落ちる。

 横では、菖蒲が立って桜を見上げていた。

 風が優しく吹く度に、菖蒲の長い髪がユラリと揺れる。菖蒲は髪を耳に掛けると、真司の視線に気がつき真司に向かって微笑んだ。

 真司は、そんな菖蒲の姿を見て「前にも、こんなことがあったような気がする……」と微かに思う。


けれど、それがいつの事なのかまでは思い出せないでいたのだった。


(終)


次話→第八幕~見えなくても~


【あらすじ】

 雛菊の一件から日が経ち桜が散り始めた頃、真司はその日、珍しく朝早くに目が覚めた。

 その後、真司は雛菊に会うために朝の散歩がてら学校へと向かったのだった。

 その途中、真司は盲目な女性とぶつかることに。

 そしてそのぶつかりが、真司にまた新しい『縁』が降ってきたのだった。

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