第17話
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翌日。
真司はその日の授業が終わると、残りの半分の貝が見つかりそうになったことを菖蒲に知らせる為あやかし商店街へと向かった。
商店街の入り口付近に建っている八百屋と魚屋の店主である山童と木魚達磨に挨拶をすると、真司は路地裏を使い菖蒲の家の裏口玄関を開ける。
「ただいま帰りました」
「た、ただいまです……」
真司の後ろにいる雛菊も少し恥ずかし気に真司と一緒に返事をすると、ドタバタと走る音が聞こえてきた。
「おかえりなさーい!」
ドンッと真司に飛びかかるように抱き着くお雪。真司はそんなお雪と受け止め「ただいま」と、ニッコリ笑いながら言った。
勿論、心の中では鳩尾にお雪の頭が当たり冷や汗をかいている自分がいる。
お雪は真司に抱き着きながら顔を上げると「ほよ?」と、小リスのように首を傾げた。
「雛菊お姉ちゃん! なんで真司お兄ちゃんと一緒にいるのー?」
「あ、それは――」
お雪にこうなったことを説明しようとした時、お雪の後に続いて星と菖蒲も玄関まで現れた。
「やはり、真司のところにおったんやね」
「……お兄ちゃん……おかえり、なさい」
「菖蒲さん、星くん」
菖蒲は「ふむ」と、小さく頷くと真司の後ろにピッタリと憑いている雛菊を見る。
「あの後、お前さんの姿が見えんくなってしまったからの。もしやと思っておったが、案の定やねぇ」
「どうしてこうなってしまったのでしょうか……? 仮でも桜の花びらに憑いていましたのに……」
眉を寄せ困り顔で菖蒲に聞く雛菊。その件については真司も知りたかったことなので、菖蒲の言葉の続きを雛菊と共にジッと待った。
菖蒲は暫し考えると口を開き「これは、もしかしたらの話じゃが――」と、言い出したところで、徐ろに星が菖蒲の着物をクイクイッと引っ張った。
「お話し……中で、やろ……?」
「む? うむ、そうじゃな」
星の言葉にお雪も元気よく返事をし、雛菊と真司は顔を見合わせると苦笑いをした。
「そうですね」
「で、ですね……あはは」
真司は靴を脱ぎ揃え廊下を歩き居間に向かう。居間に着くと白雪が温かいお茶を丁度テーブルに置いている途中だった。
「おかえりなさい。真司さん、雛菊さん」
「ただいま帰りました」
「たっ、ただいま、です……」
「あらあら、うふふっ」
どうやら雛菊は『ただいま』という言葉や『おかえり』という言葉にあまり慣れていないらしい。恥ずかしそうに言う雛菊を見て、白雪や菖蒲は「ふふっ」と、小さく笑っていた。
「あのねあのね、今日のおやつはひよこさんなのー♪」
「ひよこ、饅頭……」
どうぞ、と言わんばかりにお雪と星が同時に小さな掌に乗ったひよこ饅頭を差し出してくる。二人のあまりの可愛さに真司は自然と頬が緩んだ。
(妹と弟ってこんな感じなんだろうなぁ)
もうこれは何度思ったかわからないが、親戚に姉や兄がいても事実上一人っ子の真司はお雪や星が甘えてくれることに嬉しく思い、毎度そんなことを思っていた。
真司がまだまだ幼かったなら、恐らく母親に「おかーさん、弟か妹がほしい! ほいよー!」と、頼んだだろう。が、今はそうはいかないのが現実である。
真司は微笑むと二人からひよこ饅頭を受け取り「ありがとう」と、お礼を言った。
お雪と星は真司にひよこ饅頭を渡すと満足し、今度は自分達が食べるために饅頭を一つずつ手に取った。
「ひよこ饅頭美味しいよねー♪」
「うん……それに、可愛い」
「だね! かわいいー♪」
そう言いながらも、二人はひよこの頭から齧り付く。可愛いと言いつつも無惨に頭から齧り付かれ頭がすっかり無くなってしまった可哀想な饅頭の姿に真司は内心苦笑した。
すると、菖蒲が先程の話しをもう一度するように「こほん……」と、一咳した。
真司達は同時に菖蒲の方を向く。菖蒲は、白雪が淹れたお茶を音を立てながら一口、二口と飲むと湯呑みをテーブルに置いた。
「さて。先程の続きじゃが、恐らくもう一人の雛菊と長らく一緒にいたせいで桜からもう一人の雛菊の桜貝へと変わったのやもしれぬ。それか、雛菊の中にいる霊の雛菊が真司の傍を選んだかじゃな」
「何となくそう思っていましたが……でも、それなら私がいた桜の木は――」
「ふむ。完全に依り代を変わってはおらぬから、桜も無事なはずじゃ」
それを聞いてホッと安堵の表情になる雛菊。真司は、夢で見た雛菊が依り代としている桜のことを考えた。
(雛菊さんがいた桜って、あの学校の桜だよね?)
「あの、もし雛菊さんが元々いた桜にいなかったらどうなるんですか?」
雛菊が消えてしまうのか、それとも桜の木が無くなってしまうのか……最悪なことはいくつか想像が出来るが真司はどうなるのか聞く必要があった。
不思議と『聞かなければいけない』と、そう思ったのだ。
「桜の精霊がいない桜の木は、精霊の加護が無い以上はやがて朽ちることになる」
「そん、な……」
菖蒲の言葉に真司が愕然となる。
「この地域の桜は主に私が見ているのですが、あの桜の木だけは私の居場所で……私にとっては、もう一つの体みたいなものでもあるんです」
真司の推測通り桜の木は無くなってしまうらしい。しかし、雛菊も菖蒲もそれほど深刻そうな顔をしていなかった。
「私が消えれば依り代にしていた桜はやがて朽ちますが、代わりの精霊がこの地域を見てくれます。朽ちてしまった桜も問題ありません。時間は掛かりますが、またそこから新しい芽が出るのです」
「そうやって今もなお咲き誇り続けている桜は、こうやって存在し続けているのじゃ」
雛菊は真司に向かって優しい笑みを浮かべる。
「ですから、真司さん。そんな顔をなさらないで下さい」
どうやら真司が思っている以上に、かなり深刻な顔をしていたようだ。もしかしたら、こんな顔だから二人は逆に平然としているのかもしれない。
真司の頭の中に、ふと稔のことが頭に浮かぶ。雛菊が消え桜が朽ちてしまっても、もう雛菊は稔と会えなくなるのだ。
「でっ、でも、あの桜は雛菊さんと先生を繋げてくれ――」
「――こりゃ、真司」
コツンと、隣にいる菖蒲に頭を小突かれ「いたっ!」と、さほど痛くはいのに条件反射で言ってしまう真司。
真司は小突かれた頭を押さえて菖蒲を見る。
「言うたやろう? 無事なはずと。それに今の話しは『雛菊がいなかった場合』じゃ」
「そ、そうでした……」
悪い方向へ考えてしまうのは真司の悪い癖でもある。強い気持ちと共に声を荒げそうになったところを菖蒲は諌めてくれた。
真司は落ち込まずに菖蒲に「ありがとうございます」と、お礼を言って小さく頭を下げる。普段の真司なら落ち込むだろうと予測していた菖蒲は、まさかの真司のお礼の言葉に目を見張るように驚いていた。
「おや、まぁ」
菖蒲は着物の袖口を口元に当てクスリと笑う。
「お前さんも、いつの間にか成長しておるのやね」
「??」
真司は自分が成長したことに自覚が全く無かった。だから、菖蒲が言う言葉もピンと来ず首を傾げることしか出来なかった。
居間に居る全員が真司を見て微笑ましそうに笑う。真司はそれがもどかしく思い、何だか気恥ずかしい気持ちになり小さく俯いた。
それでも真司の隣に居た菖蒲と雛菊だけが知っている……俯いた真司の口元が、微かに上がっていることに。
菖蒲はそんな真司を見て微笑むと「それで話しを戻すが、あれから何か進展でもあったのかえ?」と、真司に尋ねた。
真司は桜貝が入った巾着を取り出し雛菊と目を合わせると互いに頷き合い、学校での出来事――稔とのやりとりの事を菖蒲達に話した。
菖蒲は真司からことの話しを聞くと、袖口を口元に当て静かに笑った。
「短時間でここまで進展するとはのぉ。流石、真司じゃ」
「……お兄ちゃん、すごい」
「すごーい♪ やったー、やったー!」
お雪が両手を挙げ万歳をすると、相変わらず無表情のままだが心の中ではお雪同様に喜んでいるのだろう。星もお雪と一緒に手を挙げ万歳をしていた。
白雪は「うふふっ」と、笑いながらそんな愛らしい二人を見ると真司を見て「本当にすごいですね」と、言った。
「こんなに早く会わせてあげることができて良かったです」
「うむ、白雪の言う通りじゃ。これもお前さんの力じゃよ、真司」
菖蒲は何か思い立ったのか、ポンっと両手を小さく叩いた。
「そうじゃ。せっかくやし、その瞬間は私も居合わせよう」
「え!?」
まさかの菖蒲の言葉に真司も雛菊も驚く。菖蒲は含みのある笑みを浮かべ「真司の言う先生という者にも
その瞬間、雛菊の顔がカーッと林檎のように赤くなる。どうやら、菖蒲には全てお見通しらしい。
そこの事情をよくわかっていないお雪と星は首を傾げ、なんとなく察していた白雪は「あらあら、うふふ」と、微笑んだのだった。
真司は、菖蒲が学校に来ることについて嫌な予感がしていた。
もし菖蒲が学校に来れば菖蒲の姿に学生達が騒ぎかねないからだ。そうなれば先生達も駆けつけて来るだろう。
(着物を着た人なんてこの辺りにはいないから珍しいし、それに菖蒲さんって美人だし……)
「むむ、なんじゃ? お前さんは、私が同席するのは嫌なのかえ?」
真司が渋っている姿に唇を尖らし拗ねたように言う菖蒲。真司は、そんな菖蒲に慌てて手を振り否定した。
「そんなことないです! でっ、でも、どうやって先生に説明すれば――」
「ありのままを言えばいいんだよ〜♪」
「……うん」
星とお雪の言葉に真司は首を傾げる。
「ありの、まま……? ……えっと……よっ、妖怪の町に住んでいる人です……とか?」
「そこは言っちゃダメ〜。ぶっぶー!」
手をクロスさせるお雪と何度も頷く星。白雪は頬に手を当てクスクスと笑っていた。
「なら、お手伝いしているお店ではどうでしょう? ふふっ」
「おぉ、それじゃ!」
白雪の案に菖蒲達は互いに目を合わせ頷き合うと、一斉に真司を見る。真司は向けられた視線に思わず身を引きそうになると苦笑しながら「じゃ、じゃあ、それで」と、言った。
これにて真司が先生に菖蒲を紹介するかの話し合いは終了した。
そして、そんな真司達のやり取りを先程から黙ったまま傍で見ていた雛菊は、その温かい雰囲気に柔らかい花のような笑みをフワリと浮かべていた。
「それで、合う日はいつか決まったのかえ?」
菖蒲が真司に尋ねた。
「いえ。なんでも、蔵が大きくて探すのが一苦労みたいです。でも、目録には載っているから確かに桜貝はあるみたいですけど……」
「それにしても驚きですね。その八郎さんという方の血筋の方が、真司さんの先生だったなんて」
「これも
本当に八郎と稔が血縁者なのかはわからない。系図が無い以上は確証は持てないからだ。
それでも真司の勘がこう言っていた。
『稔は、八郎の家系の血を引いている』と。
「縁、かぁ」
菖蒲の言う
だが、こうして真司が桜貝を持ったことで八郎の子では無いものの八郎と同じ家系だろう人と出会い、桜貝を合わせることもできる。
一つの行動が紡ぎ紡って〝今〟があるのだ。
縁というものを不思議に思っていると、菖蒲は真司に向かって微笑んだ。
「楽しみやね、真司」
「はい」
――そして、その数日後。
真司の家に稔から電話があった。
『宮前、俺だ。あの貝が届いたぞ。俺は明日やらなきゃいけないことがあって学校にいるから、来れるなら明日お前も学校に来てくれ。時間はそっちに任せる。俺は、朝から出勤だからな……とほほ……』
電話越しで残念そうに言う稔に真司は苦笑する。勿論、行くという返事をした。
耳をそばだてていた雛菊は嬉しそうな顔で「ついに来たのですね!」と、真司に言う。その笑顔ときたら、雛菊の後ろに小さな花が咲いているように見えるぐらいだった。
アニメーションや漫画でよくある効果演出というものだ。あまりの眩しい笑顔に、真司もつられて笑みを浮かべてしまう。
真司は電話を切ると、次に菖蒲のお店に電話を掛けた。
妖怪と人の街で電話が繋がることに最初は驚いたが、菖蒲曰く、その番号は特殊なものらしい。因みに、あやかし商店街で電話会社を運営しているのは、あの怪談で有名な『メリーさん』だとか。
――プルル……プルルル……。
「はい、もしもし」
「あ、白雪さんですか? 宮前ですけど」
「あら、真司さん」
電話に出たのは白雪だった。白雪が真司の名前を言うとドタバタと走る音が聞こえ、電話越しから「真司お兄ちゃんからかかってきたの!?」と、お雪の嬉しそうな声が聞こえてきた。
「こら、雪芽。今電話中なんだから静かにしなさい」
「私もお兄ちゃんとお話したーい!」
「あ、あはは……」
お雪の耳の良さには相変わらず驚くばかりだ。
電話越しでも、白雪の困ったような顔でお雪を宥める姿は容易に想像がつき真司は思わず苦笑した。
「真司さん、ごめんなさいね。菖蒲様に用があるんですよね? 今、呼んできますね」
「あ、はい。お願いします」
「もしもーし! 真司お兄ちゃん、やっほー♪」
「お雪ちゃん」
どうやら白雪と電話を変わったらしく、今度はお雪の声が耳元から聞こえてきた。
「あのね、あのね! 明日ね、白雪お姉ちゃん達とピクニックに行くの〜♪ お花見ピクニックだよ! お兄ちゃんも行こうよ!」
「え、明日!? う、うーん……」
明日は、学校に行かなければならない。かと言って、誘いを断るとお雪は残念がるだろう。
真司はもし時間が空いたなら、お雪達と一緒にお花見をしたかった。
「もし、行けるなら行こうかな」
「うん♪」
お雪が元気よく返事をすると電話越しから菖蒲と白雪の声が聞こえてきた。
「雪芽、菖蒲様と交代なさい」
「うむ。少々貸してほしいの」
「はーい♪ またね、お兄ちゃん♪」
お雪は真司に挨拶をすると、電話を菖蒲に手渡した。菖蒲は「ふふっ」と、笑いながらお雪から電話の受話器を受け取る。
「おおきに。もしもし、真司かえ?」
「は、はい!」
電話越しとは言え、耳元で菖蒲の声が聞こえることに真司は少しばかり緊張していた。
そんな真司の様子がわかっているのかいないのか、菖蒲はクスリと笑う。
「ふふっ。それで、こんな時間に電話が来たということは、合わせる時が来たのじゃな?」
「はい。明日、学校に行くことになりました」
「そうかえ。では、校門で待ち合わせしようかねぇ。時間は午前中でええじゃろ」
午前中の指定に真司はさっきお雪が言っていたお花見が頭によぎる。
(午前中なら一緒に行けるかも)
『それでいこう』と、真司は心の中で頷くと菖蒲に「わかりました」と、返事をする。
「では、
「はい」
菖蒲と待ち合わせの時間を決めると互いに「また明日」と挨拶をした後、真司は電話を切った。
真司は緊張のあまり「はぁ〜……」と、溜め息を吐きその場で脱力する。雛菊は、そんな真司を見てその場でオロオロし真司に声を掛けた。
「ど、どうしたんですか! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫です」
真司は顔を上げ、両親には聞こえないように苦笑しながら答えた。
実は電話越しの菖蒲の声に緊張してしまって、なんてことは雛菊に言えるはずもない。
「はぁ……」
「??」
また、真司の口から溜め息が出る。真司が未だに気づいていない感情と想いに傍にいた雛菊はわからず首を傾げていたのだった。
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