第6話

 ✿―✿―✿—✿―✿


「あーはっはっはっ! 来てやっとぞ、童子共!」

「……はぁ」

「ど、どうも」

「お久しぶりです、ふふっ」

「ふぁ?」

「……うるさい……」


 障子を勢いよく開けて現れたのは、菖蒲が要請した多治速比売神社の主祭神こと多治速比売命――本名は弟橘媛だった。

 平安時代の貴族のように重ねている着物に、床まで着くぐらい長い漆黒の髪。耳元にある一房分の髪には紅い紐で結ばれ、髪が動く度に紐に付けられている銀の鈴がチリリンと音が鳴る。

 一見可愛らしくも美しい少女だが、口を開けば残念になってしまうのがこの神様の特徴だ。


 多治速比売命の登場にそれぞれ違う反応をすると、多治速比売命は扇を開き「むっふっふっふ。菖蒲がこの我を頼るとはのぉ〜。いつぶりじゃろうなぁ〜」と、含みのある笑みを浮かべながら言った。


「お前さんに頼りたくて頼んでいるわけではない。仕方なしじゃ」

「相変わらずの口じゃなぁ〜。全く、昔は可愛気があったのにの。ほれ、昔みたいに弟橘と呼んでみぃ。ん? ん?」


 ちょいちょいと閉じた扇で菖蒲の肩をつつく。菖蒲はそれを鬱陶しいそうに手で振り払った。


「えぇい、やめい!」


 菖蒲と多治速比売命とのやり取りを眺めている真司は密かに「なんだか、姉妹みたい」と、思い内心苦笑した。

 案の定、同じ気持ちだったのか白雪は頬に手を当て「あらあらぁ」と微笑ましく呟く。それと同意見の星と傍にいる白猫のルナは、同時にコクッと頷いたのだった。

 まぁ、どちらが姉でどちらが妹なのかもわからない感じなのだが。

 だが、これを言ったら、きっとまた口論するであろうと思われるので、真司は敢えてそれは言わないでおいた。


 二人の言い合いは長続きし、落ち着く頃には二人共マッタリとしながら白雪が淹れたお茶を音を立てながら飲んでいた。

 あの言い合いは二人の挨拶みたいなものだろう。


「ずずずー」

「ずずー」


 居間に二人がお茶を飲む音が響く。多治速比売命は湯呑みをテーブルに置くと向かいに座っている菖蒲を見、話を切り出した。


「で、菖蒲。お主、彼処に用があると言うたの」

「うむ」

「なにゆえ、彼処側にく?」


 菖蒲も湯呑みをテーブルに置くと「ふぅ」と、息を吐き多治速比売命に「……雛菊を覚えておるか?」と聞いた。


「あぁ、あの桜の精か。あ奴も最近は見ぬなぁ。……そういえば、最近、小梅が心配していたのぉ」

「小梅?」


 真司が聞くと菖蒲はテーブルにある鈴カステラをパクッと口の中に入れる。星とお雪はその鈴カステラを食べながら、何やら別の話をしていた。


「ここで、魔女っ子まりんちゃんがこう言うのー♪ 悪はこの魔法でお仕置きなんだからっ!って」

「でも……僕は、ライバルのチーカが……好き」

「えぇー。まりんちゃんだよぉー」


 どうやら、最近二人の間でハマっているアニメの語り合いをしているようだ。どういう物なのかよくわからないが、真司は笑みを浮かべながら二人をチラッと横目で見た。

 それは菖蒲も同じなのか、菖蒲の口元が一瞬だけほころんでいた。


「それで小梅のことじゃったな。小梅は梅の精霊じゃ。お前さんも会ったであろう?」

「梅の精霊、ですか……あ! もしかして、大晦日の時のあの子ですか?」


 真司が菖蒲に聞くと、菖蒲の代わりに多治速比売命が大きく頷き返事した。


「うむ!! 小梅は梅の精霊でもあり、もぐもぐ……道真の神使の一人でもあるのじゃ!! もぐもぐもぐもぐ……うまっ! これは美味じゃな! 白雪、茶をお代わり!」

「あらあらぁ、少々お待ちくださいね」


 お雪と一緒で鈴カステラを次から次へと口の中に入れ、口の乾きを白雪が淹れたお茶で潤す。そして、無くなりそうになる鈴カステラを頃合いを見て追加する白雪。

 気遣いがかなり上手い。さすが、お転婆なお雪の姉でもあり母でもある人物だ。

 だが、真司はそれよりも多治速比売命の口から出たある人物の名が気になった。


「道真って――」

菅原道真すがわらのみちざねじゃ」


 菖蒲の言葉に真司が驚く。


「え!? あの学問で有名な人ですよね!?」

「我の多治速比売神社には末社が多くてのぉ……もぐもぐもぐもぐ……道真もその一人で我のおもりみたいなものじゃ……もぐもぐもぐもぐ」


 菖蒲は多治速比売命の台詞に呆れ顔になり、溜め息を吐く。


「やれやれ、自覚があったのかえ? 全く、たちが悪い……」

「はっはっはっ!」

「こ奴と話をすると、頭痛がしてくるわ……はぁ」

「あ、あはは……」


 真司が多治速比売命に苦笑すると、白雪が「その道真様は、京都から太宰府へ流された際に作ったと言われる天神像のうちの一体が、この堺にも御神体として祀られているのですよ」と、ぷち豆知識を教えてくれた。

 真司は興味津々な様子で「へぇ〜」と頷くと、白雪は話を続けた。


「そして、道真様は、自身の書斎や紅梅殿の梅を名残惜しく思ったそうです。その想いが届いたのか、梅は道真様を慕って太宰府の地まで飛んで来た……なんてことも。ふふっ」


 笑う白雪に、菖蒲と多治速比売命も黙ったままそれに頷く。


「今は、その梅も精霊になり、道真様にお使いしているということです。それぞれ道真様を祀っている場所には、梅の精霊がいるんですよ。小梅さんもその一人です」

「へぇー。堺の街にも、色々言い伝えとかってあるんですね」

「まぁ、知らん奴が多いがな」

「うむ! さほど、有名でもないしの! 多分!」


 多治速比売命の『多分』という台詞に真司は苦笑する。神様でも、そこまではよくわかっていないらしい。

 菖蒲は話を戻すために「とりあえず、だ」と、言うと多治速比売命と目を合わす。


「多治速比売命よ、私達は訳あって、その雛菊を探しに彼処側に行かねばならぬ」

「故に我が呼ばれたわけか」


 どういう事か全くわからない真司だったが、突然、多治速比売命が勢いよく扇を開きその扇を襖に向けて一振りする。

 その瞬間、どこからかチリリンと鈴の心地よい音が聞こえた。


「うむ。これで彼処と繋がったぞ」


 そう言うと、多治速比売命は扇で口元を少しだけ隠し不敵な笑みで笑う。真司は何が何だかわからず、内心困惑していた。

 菖蒲は多治速比売命が一振りした襖を開けると、真司はポカンと口を開け言葉を失っていた。

 襖を開けると中には掃除道具や炬燵の布団などが入っているはずなのに、それがいつの間にか消え、奥には霧深い道が出来ていたのだ。

 菖蒲は、スッと立ち上がる。


「さぁ、真司。くぞ」

「へっ!?」


 わけがわからずも、自然と菖蒲に続き立ち上がる真司。

 菖蒲はそんな真司のことを、多治速比売命みたいに不敵な笑みを浮かべて真司を見た。

「やはり、この二人は似ている……」と、内心思う真司。しかし、その事を言えば菖蒲は嫌な顔をするだろうから、これもまた心の中に留めておいたのだった。


 真司は改めて襖に出来た道を見る。霧深いためハッキリとは奥まで見えないが、その霧深さは商店街に来る時に少しだけ似ていた。

 菖蒲は唖然となった真司の顔に満足したのか袖を口元に当てクスクスと笑い、

 多治速比売命もニヤニヤと目を細め笑っている。


「驚いたようじゃな」

「あーはっはっはっ、まことにい反応じゃ!」

「あ、あの……これってどういうことですか? この中って物置でしたよね?」


 真司が質問すると菖蒲が「うむ」と返事をする。


「多治速比売命の力で、彼処側と店の襖とを一時的に道を繋げたのじゃ。多治速比売命の力は主祭神なだけに力が強いため、彼処との道を繋げることができるのじゃ」

「そうなんですか。この先が彼処側……」


(僕が行ったところなんだ)


 真司は霧深く何も見えない道に少しだけ背筋がゾクリとする。商店街に来る時とは違い、なんだか霧が冷気のように冷たい感じがした。

 もちろん、そんなことは無いのはわかっている。だが、真司にはその先の道が少しだけ不気味に思えたのだ。

 多治速比売命は真剣な表情で真司に言い聞かせる。


「童子よ。この先は菖蒲の傍を決して離れるな。離れたら戻って来れなくなるかもしれぬぞ」

「は、はい……」


 真司が頷くと菖蒲が真司の肩をポンと叩いた。


「私には雛菊の居場所はわからぬ。が、お前さんなら着くことができるやろう。何せ、お前さんは一度呼ばれた側じゃからな」

「菖蒲様、真司さん、お気をつけて」

「……気をつけてね」

「いってらっしゃ~い♪」


 白雪達が真司と菖蒲に言うと多治速比売命が真司に「童子よ。もし、迷ってしまった場合は己の心と耳を信じるのじゃぞ」と、最後に忠告する。

 真司は緊張した面持ちで頷くと、真司と菖蒲は襖の中へと入って行ったのだった。

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