第5話
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白雪が戻ってくると、真司は改めて自身に起きた出来事を白雪達にも思い出す限りの全ての話をした。
すると、事の事情を知った白雪も菖蒲と同じく何か思い当たる節があるのか「え……それって……」と、言って珍しく眉間に皺が寄るぐらい難しそうな顔をした。
「それで、その後のことは覚えているかえ?」
菖蒲が真剣な表情で真司に聞くと真司は小さく頷いた。
「はい。顔までは覚えていませんが……ある人を探してほしいと頼まれました。それと、彼女の名前は確か『雛菊』と言っていたような……」
「雛菊か。……ふむ」
ふと、真司は別のあることを思い出した。それは最後に彼女が言った言葉だった。
「そういえば……あの時、違う人の声も聞こえたような」
ぼんやりとした面持ちで何も無い天井を見つめ、あの時の言葉を思い出すと、それは無意識に口に出ていた。
「この子を、助けて……」
「そう、言ったのかえ?」
真司はハッと我に返る。
「あ! えっと……多分ですけど。あの時、風も急に吹いてきて凄く強かったので確証は……」
「ふむ……もしかしたら、憑かれたのかもしれんの」
「そうですねぇ……」
「え?」
眉を下げ心配そうな顔をする白雪と、反対に真剣な表情で考える菖蒲を見て真司は首を傾げる。
「どういうことですか? それに、僕が居た場所は……? どうやって行ったのかもわからないし……菖蒲さんは"
「うむ。"彼処"とは、現世と黄泉との狭間のことじゃ。迷えば戻って来れなくなる。人間でいう樹海のようなものかもしれんの」
菖蒲の言葉に真司が内心驚く。
「じゅ、樹海、ですか……」
菖蒲は黙ったまた小さく頷き話を続けた。
「彼処の世界に名は無い。無に近いからの。現に、周りには何も無かったやろう? しかし、ある者には地獄にも天国にも見えるという。誰かの想いが、彼処の世界を相手に見せているのじゃ。つまり、幻影やね。お前さんは、その想いに引き寄せられたのか、はたまたは、誰かが
菖蒲がそう言うと、今度は白雪が話に加わり彼処側についての説明をする。
「人によれば、身体も魂も引き寄せられる者もいます。突然いなくなったこと――こういうのを人の子の間では"神隠し"と言われきましたね」
二人の説明を聞き、真司は自身に起きた出来事に恐怖を感じゴクリと口の中の唾液を飲み込んだ。
菖蒲が居なければ、最悪、真司の魂はその世界にずっと留まっていたのかもしれない。帰る術もなく永遠に。
そんなことを考えていると、急に全身に寒気が訪れた。恐怖から来る寒気だ。
(あそこが、そんなに怖い場所だったなんて……)
「そして、お前さんが聞いた『この子を助けて』という言葉と雛菊という名……それは、桜の精のことやろう」
白雪も菖蒲と同じ意見なのか小さく頷くと「しかし、彼女が彼処にいることはおかしいことなのです」と、真司に言った。
「……桜の精……桜を見守り……人が好き」
「雛菊のお姉ちゃん、凄く優しいんだよ〜! 後ね、いい匂いがするの♪ 甘い匂い!」
今まで黙っていた星とお雪も会話に加わり始め、それぞれ雛菊という人物を語る。どうやら、その雛菊は普段は桜に住み着き、花を咲かせたり人を見守るのが好きらしい。
春の花のように明るく優しい性格で、とてもじゃないが、雛菊自身が彼処に行くことも誰かを彼処側へ誘うことも無いらしい。寧ろ、それは考えられないと白雪も菖蒲も言う。
菖蒲は湯呑みの縁をツゥーと人差し指で撫で、頬杖をついて何かを考える。
そんな菖蒲を見て、真司は「その雛菊さんが憑かれたのなら、どうやって対処をするんですか? そもそも、精霊が憑かれることってあるんでしょうか?」と、菖蒲に尋ねた。
「滅多に無い。普段、私らは霊とは関わらないからの。どういう経緯で雛菊が憑かれたのかは知らぬが……やはり、雛菊の言う探し人を見つけるしかなかろうて」
「でも、どうやって探すんですか? どういう人物なのかもわかりませんし……」
白雪と星、それに真司も眉を下げ眉間に皺を寄せ「うーん」と唸りながら考える。すると、菖蒲の口から溜息めが洩れた。
その溜め息に白雪達の顔が上がり、一斉に菖蒲を見た。菖蒲は不満そうな表情で口を開く。
「再び、彼処にいる雛菊と話しをせねばならぬな……」
菖蒲の言葉に真司が驚く。
「え!? でっ、でも、戻って来れなくなるかもしれないんです、よね?」
「うむ。どちらにしても雛菊を助けるためにも一度赴かなければならぬ。故に、かなり不本意じゃが、道しるべとしてあ奴の手も借りるしか……あぁ、嫌だ嫌だ」
真司は菖蒲の言う『あ奴』かわからず首を傾げていると、真司とは反対にそれが誰なのかわかったのか、菖蒲の嫌そうな顔に苦笑する白雪。
「あらあら〜」
「あのぉ…。それって、誰ですか?」
真司が恐る恐る手を上げ菖蒲達に聞くと、白雪と菖蒲は同時にこう答えた。
「多治速比売命じゃ」
「多治速比売命様です」
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