✿第一ノ伍幕~二度目の訪問~

第1話

 真司が妖怪が運営し妖怪だけの町へと来たのは、これで二度目。

一度目は掛け軸のお願いのため。そして、本日二度目は、菖蒲が店主をしている骨董屋の初バイトのためだ。

 真司があやかし商店街へと着くと、早速、商店街の入口には着物を来た菖蒲が微笑みながら待っていてくれた。


「菖蒲さん!」

「ふふふ、よう来たね。来ると信じておったよ。……む? おやおや?? てっきり、その長い前髪を切ってくると思ったんだがねぇ」


 真司は、その指摘に頬を掻く。


「切ろうとしたんですが……いざ切ろうとすると、何度か躊躇してしまって」

「お前さんのことやから、そう言うと思ったよ」


 にこやか微笑みながら菖蒲が言った。

 すると菖蒲は楽しそうに笑い「やからねぇ~」と、言いながら袖口をゴソゴソとしなにかを取り出した。

 そして、それを真司の前髪に挿した。


「うわっ!?」


 突然、前髪を上げられ、真司は視界が明るくなったのに目を細める。そして、自分の頭に何か付いているのに気がついた。

 どうやら、これで前髪を留められたらしい。


「あの……これ、何ですか?」

「ヘアピンやよ。可愛らしかろう?」


(……そう言われても、これじゃ見えないんですけど)


 そう真司が思うと菖蒲は「ふふっ」と、笑った。


「それはね、おゆきが真司にと言ったんじゃよ」


 聞いたことのある名前に「お雪?」と、言いながら首を傾げる。


(そう言えば、その名前……前にも聞いたような……)


 どこで聞いたのだろうかと思い出す真司。


「そうだ。その名前って、菖蒲さんがベッドの下を覗いている時も言っていましたよね?」


 真司はそう言うと、そのことを思い出したのか苦笑した。


「うむ、その通りじゃ。まぁ、ここで立ち話もなんやから、私の店に向かおうじゃないか」

「あ、はい」


 真司は慌てて菖蒲の隣に行き、二人は商店街の中へと歩き始めた。

 二度目の商店街もお祭りのように賑わっている。

 八百屋には、こめかみまで伸びている口髭に全身細かい毛に覆われている上半身裸の一つ目の妖怪が腰にエプロンを巻いて大きな声で客引きをしていた。

 傍から見れば変態のおじさんに見える。


「今日は胡瓜が安いよ~! 新鮮屋の新鮮や! がはははっ! さぁさぁ、買った買ったぁ!!」


 その隣では、体の丸い達磨のようそうでないような微妙な妖怪が魚売りをしていた。


「んだ……鮭が安いべ~」


 とても人間とは思えない者たちが賑やかに店を開いている。無論、その店に訪れる客も人の姿には見えない。

 真司は妖怪たちと目を合わせないように俯きながらも商店街の様子を窺っていると、一つ目の八百屋の妖怪に声をかけられた。


「よっ! そこの兄ちゃんどうや? 新鮮な野菜はいらんか?」

「えっ!? ぼっ、僕!?」


 突然、声をかけられた真司はギョッとしながら驚いた。

 すると、横から真司を守るように菖蒲が腕を出し、真司を自分の後ろに下がらせた。


「これ、山童やまわら。野菜は今はいらんし、こやつに絡むな」

「え、あ!! あ、あああ菖蒲様!? じゃなくて、菖蒲姐あやめねぇさんじゃねーすか。へ、へへ……こりゃ、失敬失敬」


 山童と菖蒲から名前を呼ばれた八百屋の店主は、こうべを垂れるように菖蒲に謝る。


「イケてる兄ちゃんがいたんで、つい、あはははは」

「はぁ……」


 真司は菖蒲の後ろで曖昧な返事をする。そう。真司は前髪を上げれば、そこそこな容姿をしていたのだ。

 それは当の本人には自覚はない。菖蒲はそんな山童の言葉に納得するように深く頷いた。


「うむ。確かに、真司は可愛いの。初心やしの。そこは認めようぞ」


 そう言いながら、真司の頭を撫で山童に言う菖蒲。


(か、可愛い!? た、確かに、昔は、母さんに女の子の服を無理矢理着せられたけど……)


 菖蒲に頭を撫でられながらも、何故か少し複雑な気持ちになる。そんな真司のことを山童は横目で一瞥すると、腕を組み目を細めながら真司を上から下までジロジロと見ていた。

 真司はそれが怖く感じ、一歩身を引きながら重なるように菖蒲の後ろに隠れる。


(うぅ……やっ、やっぱり怖い!)


 山童の視線に逃げていると、ふと、山童が真司に向かってあることを言った。


「お前……もしかして、人間か?」


 その言葉に真司の顔から一気に血の気がに引いた。


(ば、バレた……!)


 真司は菖蒲にどうすればいいのかわからず、菖蒲が着る薔薇の柄が刺繍された少し西洋風の着物の袖をクイクイッと引っ張る。


「大丈夫やから、そんな心配そうな顔をせんでもええ」


 菖蒲は安心させるように微笑みながら真司に言う。そして、山童に向き直ると袖口を口元に当て、静かに笑いながら山童に言った。


「そうさね。この子は、お前さんの言う通り人間やよ。そして、これからは私の店の一員になる。こやつに何か悪さをしたら私が許さないから、その時は……覚悟しておくことやねぇ。ふふっ」


 山童や何気に会話を立ち聞きしていた妖怪、立ち止まって真司のことを見ていた他の妖怪達は、その場でゴクリと息を飲んだ。

 それぐらい、今の菖蒲の姿は妖艷で、恐ろしい雰囲気が出ていたのだ。


「これは、本気マジだ!!」と、山童や他の妖怪達も思い、全身から冷や汗が出て血の気がサァーと引いた。

 真司は気づかなかっただろうが、他の妖怪達は気づいている。菖蒲が少しだけ殺気を出していることに。

 山童と他の妖怪達は冷や汗をかきながら苦笑する。中には脱兎の如く逃げ出す者もいた。


「い、いやですよ~。姐さ~ん、はははは……。お、おお俺らが、そんな人間をどうこうしようと考えていませんって! な、なぁ、皆?!」

「そ、そうです菖蒲様!」

「人間なんて、いいいい今じゃ体に悪そうだし? は、ははははっ」


 菖蒲は、妖怪達の言葉を聞くとニコリと微笑んだ。


「なら、ええんや。ほら、はよう行くえ真司」

「あ、は、はいっ!」


 菖蒲はそう言うと八百屋を後にして歩き始める。山童や見ていた他の妖怪達は、二人の姿が見えなくなるとホッと安堵の息を吐いた。


「いや~、これは妙な人間がやってきたもんだなぁー。菖蒲姐さんのお気に入りかぁ。……しかし、さっきの姐さん怖かったぁ。おぉう、くわばらくわばらっ!」

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