第2話

 ✿―✿―✿—✿―✿


 菖蒲と真司は商店街の路地裏を歩いていた。

 一見不気味そうに見えるが建物の裏にあるからそう思うだけで、実際は妖怪達の客引きの声や会話に笑い声などが裏でも聞こえてくる。その感じは、例えで言うならお祭りにある屋台裏にどこか似ていた。


「あの……どうして、路地裏を歩くんですか?」

「うむ。めんどくさいからじゃ」

「めんどくさい……?」


 なにがめんどくさいのかわからず、真司は菖蒲の後ろを歩きながら首を傾げる。


「今頃は、お前さんが人間だということが、この商店街に広まっているやろうからねぇ」

「え?! ぼっ、僕、食べられたりします、か……?」


 恐る恐る菖蒲に聞いてみると、菖蒲はクスクスと笑った。


「ふふっ。それはあらへんから安心しぃ。……まぁ、人間ということで気になった奴らは、お前さんに群がるやろねぇ。興味本位でな。私は、それがめんどくさいのじゃ。一々説明するのも面倒やしねぇ」

「安心しましたけど……なんだか、すみません……」


 真司は申し訳ない気持ちになり、シュンと項垂れる。そんな真司をチラッと横目で見ると、菖蒲はフッと微笑んだ。


「お前さんが気にすることは何もあらへんよ。ここの者は、見た目はあれじゃがよい妖怪達ばかりじゃ。久しぶりに人間に会って浮かれているのさ。……少し悪戯好きが多かったりもするがね」

「悪戯好きですか?」


真司が首を傾げていると菖蒲が「うむ」と、小さく言った。


「妖怪っていうのは、人間を脅かしてなんぼのものやからねぇ~」

「でも、昔は人間を……その……た、食べたり……していたんです、よね?」

「大昔はな」


 菖蒲はなんの躊躇いもなく言った。

 真司はその言葉に背筋が少しヒヤリとなる。菖蒲は内心怖がっている真司がわかったのだろう。「そう、怖がることはあらへんよ」と、優しく微笑みながら真司に向かって言う。


「言ったやろう? 大昔やと。まぁ、私から見たら、そんな昔ではないがね。人間からにしたら、まんまの大昔の事やよ。それこそ、平安の頃にもなるの」

「はぁ……よかったです」


 そう言いながらも、真司は菖蒲が少し寂し気な目になっていたのが気になった。

 もしかしたら、菖蒲は自分には知らない出会いと別れを繰り返したのかもしれない。そう真司は思った。

 真司は心の中で「自分は菖蒲さんに寂しい思いだけはさせないでおこう」と、密かに誓う。すると真司は、ふと、菖蒲の年齢について考えた。


(そういえば、菖蒲さんって年はいくつなんだろう?)


 見た目は同じ年、もしくは童顔のお姉さんぐらいに見えるが、菖蒲もこの町に住んでいる以上は妖怪である。『平安の頃』と、言っていたのでもしかしたらかなり年上かもしれない。

 真司は菖蒲について考えていると、突然、菖蒲が真司に向かって微笑んだ。


「真司や。がしゃ髑髏どくろは知っているかえ?」

「え? えっとぉ……」


 真司は歩きながら宙を見て考える。


「確か、死んだ人達の怨念が集まって巨大な骨の形をした妖怪……ですよね?」


 菖蒲は真司の返答に感心したように頷いた。


「ほぉ。よく知っているのぉ」


(あれ? 本当だ。僕、何でこんなこと知っているんだろう……?)


 自分のことなのに不思議に思った真司。

 もしかしたら、読んでいる本やネットなどで知ったのかもしれないと真司は思っていた。

 そんな真司の思っていることはつゆ知らず、菖蒲は前を向き歩きながらも話を続けていた。


「正確には、戦死した者や野垂れ死にした者達など、埋葬さらなかった骸や骨の怨念が塊となり人に恐れられる妖怪になったのが〝がしゃ髑髏〟じゃ。そのがしゃ髑髏は大昔は人を見つけると、それこそ人々を襲い喰らっていた。……が、さて、問題じゃ。今、そのがしゃ髑髏は何をしていると思う?」

「え?!」


 唐突な問題に真司は驚き困惑する。


(昔は人を食べてたんだよね? 今は食べないってことは……改心してるってことだよね? 改心ってことはぁ……優しくなっているってことだから……)


 うーん、うーん、と唸りながら考える真司。

 しかし、考える時間が長かったのか、ついに菖蒲が「ぶぶー。時間切れじゃ」と、言った。


「答えはの……本屋じゃ」

「本屋ですか?!」


 予想外の答えに真司は驚く。


「うむ。図書館と言っても過言ではないな。なにせ、貸し出しもできるからのぉ~。そして、何より広い!! 昔は、人を襲い喰らっていたがしゃ髑髏も、今じゃ、この商店街の唯一の本屋じゃ」

「人を食べていた妖怪が、本屋さん。本屋……」

「うむ、驚くのも無理はない。おぉ、そうじゃ。今度、連れてってやろうぞ」

「えぇっ?! い、いや、僕はいいです!!」


 そんな妖怪にまだ会うことはできない真司は、慌てるように手を振りながら行くことを拒む。


「そう怖がることはあらへん。言ったやろう? 人を喰らうのも大昔やと」

「で、でも……」

「その改心っぷりに、また驚くかもしれんのぉ~。ふふふっ」


 菖蒲は袖口を口元に当てクスクスと笑う。行くことを拒んでいた真司は、そんな菖蒲の姿を見て「そ、そんなに昔と違うの……かな?」と、少しだけがしゃ髑髏に興味を持ったのだった。


 そんな話をしていると、あっという間に菖蒲の店である、骨董屋の裏口へと辿り着いた。

 裏口には木でできた塀と扉がある。瓦屋根に一階建ての木造の建物は風情があり、まるで昭和レトロな雰囲気があった。

 菖蒲は、先に戸口に入ると後ろを振り返り「ほれ、はようお入り」と、真司に言った。

 真司は慌てて返事をし、菖蒲の店の中へと入る――が、入った瞬間、何かに突進されギューッと抱きしめられた。


「おかえりなさーい!」

「げふっ!!」


 丁度、頭が鳩尾みぞおちにぶつかり、真司は少し前のめりになる。


「これ、お雪。猪の如く突進をするのはよいが、真司が困っているではないか」


(突進はいいんですかっ!? というか、今、サラリと避けましたよねっ!?)


「あ! ごめんなさ~い♪」


 てへっ♪と、舌を出し真司の傍を離れたのは水色の髪をし、ハーフテールに可愛らしい雪兎の髪飾りを付けた10歳ぐらいの女の子だった。


「えっと……?」


 真司は突然の事で頭が回らなかった。

 そして、目の前の女の子をジッと見る。女の子は空色の雪の結晶に雪兎が刺繍されている白いスカートのような着物を着ていた。


(この子、誰? って……今、菖蒲さん、この子のこと『お雪』って言ってなかった? 言ってたよね?)


「ま、まさか……!!」


 真司は前髪を留めている髪飾りにそっと触れる。


「これをくれたのって……君なの?」


 お雪は可愛らしい笑顔でニコリと笑った。まさに、花のような笑みとはこのことなのだろう。


「そうだよ~♪ うんうん、よく似合ってるね!」


 腕を組み、鼻を高くして何度も頷くお雪に真司はハッとなり思い出す。それは、菖蒲がベッドの下を覗き込んでいる姿だった。


「あ……! もしかして、菖蒲さんに変なことを吹き込んだのも君!?」

「変なこと?」


 菖蒲とお雪は同時に言い首を傾げる。


「ベッドの下には、イヤらしい物を隠してるとかだよ!」


 その言葉でお雪は何かわかったのか「あぁ、あれかー!」と、真司に言った。


「やっぱり、あった?? あったっ!?」


 目を輝かせながら、お雪は菖蒲に聞いた。

 しかし、その返答は菖蒲ではなく真司が代わりに言った。


「ありません!」

「なーんだぁー。ちぇ~……」


(なんで残念がるか、わからないんですけどっ!?)


 心の中でツッコミを入れる真司。

 菖蒲はそんな二人を見て可笑しそうに笑う。


「これ、二人共。立ち話もなんやから、はよう中に入るえ」

「はーい♪」

「はぁ……」


 色々と疲れた真司は、既に疲れ果て溜め息が出たのだった。

 茶の間にて、真司と菖蒲、そしてお雪は四角いテーブルを囲んで座っている。ズズズーと、茶を飲む菖蒲とテーブルの中央に置いてあるお菓子をリスのように頬張るお雪。

 真司は、まったりとする二人を交互に見て「これが、ここの日常なのかな……?」と、内心苦笑していた。

 お菓子を一通り食べ終わったお雪は満足したのか、真司の隣にいそいそと座り向き合う。


「ねぇねぇ、外の世界は今どんな感じなの!? ここで働くんだよねっ!? あ、これ食べる? 美味しいよ~♪」


 テーブルにあった和菓子を真司に勧めるお雪。

 お雪はお菓子を真司に手渡すと、また真司に質問をした。


「後ね! 後ね! それね、私と少しお揃いなんだよ。雪兎なのー♪」


 そう言うとお雪は自分の後頭部を見せ、モフモフとしている雪兎の髪飾りを真司に見せる。


「かわいいよね! ねぇねぇ、好きな物とか何? 人間の男の子はムッツリって本当なのー?」

「え、あ、あの……」


 次から次へと質問され真司は困惑する。真司は助けを求めるように菖蒲をチラリと見た。


(菖蒲さん、助けてください!!)


 その気持ちが通じたのか、菖蒲は湯呑みをテーブルに置くと溜め息を吐いた。


「これ、お雪。真司が、また困っておるぞ?」

「あ、ごめなさ~い♪」


 またもお雪はぺろっと舌を出す。するとお雪は思い出したかのように「そうだ!」と、言った。


「自己紹介まだだよね? 私は、雪芽ゆきめだよー♪ 皆からは、お雪って呼ばれてるのー♪」


 ニコリとお雪は笑った。


「僕は、宮前真司。宜しくね、お雪ちゃん」

「うん、宜しくー! 真司お兄ちゃん♪」


 真司に怖がられなかったのが嬉しかったのか、お雪は真司の手をギュッと掴むと、まるで犬が大喜びして尻尾を振っているみたいな勢いで握手をし始めた。


「あ、あははは……」

「そうだ! ここに来たのは、二回目だよね?! 案内しようか?! 案内するー♪」

「え?」


(二度目って、なんで知ってるんだろう?)


 真司は、ふと思った。


(あ、もしかして菖蒲さんから聞いたのかも)


 真司が自己完結すると菖蒲はお雪の案に賛成なのか深く頷いていた。


「うむ。それはよいの。いやな、先程も真司にがしゃ髑髏がいる本屋を今度案内しようと話していたんじゃ」

「そうなのー?」

「うむ。……あ」


 何かを思い出した菖蒲は、袖口を口元に当てハッとする。

 そんな菖蒲を見て、お雪は首を傾げた。


「そうじゃった、そうじゃった。お雪、今日は外へ出るのは止めておいた方がええかもしれぬ」

「えー、どうしてー?」

「ここに着く前に、山童に真司が人間だとバレてのぉ。今頃、商店街は大騒ぎぞ。……まぁ、それは態とバラ——ごほんっ、なんでもない」


 お雪は菖蒲がなにかを言おうとしたことがわかったのか「あぁ、なるほどぉ~」と、言いながら頷いていた。

 菖蒲は態とらしく咳をする。


「まぁ、落ち着いてから行ったほうがよかろう」

「そうだねぇ~♪」

「故に、今回はこの家の中を案内するとええ」

「うん♪」


 菖蒲とお雪はクスクスと笑いあう。真司は菖蒲がなにを言おうとしたのかわからなかったが、今の真司には別のことが頭に過ぎっていた。


(はぁ……帰りは、普通に帰らるといいなぁ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る