第5話
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「菖蒲さん、持ってきました」
真司はそう言いながら庭に出ると、手に持っているA4サイズの紙を菖蒲に手渡した。
「うむ、おおきに」
菖蒲は白紙の紙を受け取ると、物置の扉を開く。
「あの、それで何をするんですか?」
「見てわからぬか?」
そう言いながら、菖蒲は紙を物置の中央に置いた。
「まぁ……」
曖昧な返事をする真司に、菖蒲は紙を床に置くとスっと立ち上がり扉を閉める。
「言ったやろう? 救出すると。この紙をワンちゃんを仮の家にするのじゃ」
「…………」
(掛け軸を広げて置いたほうが早いような……)
真司の思っていることを察したのか、菖蒲は突然頬をふくらませムスっとした顔になる。
「お前さん、今、何か失礼な事を考えたやろう」
「え!? いえ、そんな事は!!」
「ふんっ。まぁ、よい。……どうせ、こんな回りくどい事をせずに掛け軸を広げて置いたほうが早いようなぁー、とか思っていたんじゃろう」
全くのその通りであったがため、真司は複雑な気持ちになり視線を菖蒲から逸らす。菖蒲は手を腰に当て、真司の顔に指さした。
「よいか、真司! あの掛け軸は、大変貴重な物と見た!」
「貴重? そっ、そうなんですか?」
真司には家にある掛け軸の価値がわからないでいた。ましてや、物置の中にあったのだから、てっきりそれ程の価値は無いと思っていたのだ。
真司が首を傾げていると、菖蒲は小さく頷いた。
「うむ。しかも、掛け軸本体の破損も酷かった。まぁ、あれだけ古ければ仕方なかろう。そんな物を無造作に床の上に置けると思うかえ? ホコリも溜まっているこの物置小屋にっ! 例えるのならば、国宝級の物を砂場の上に置くようなもの!」
「うっ!! そう言われると、確に……」
真司が心なし納得した時――物置から、ガタガタッと音がした。
菖蒲と真司は同時に物置小屋を見ると顔を見合わせた。
「菖蒲さん。今の音って」
「どうやら、作戦は成功やの」
菖蒲はそう言うと物置の扉を開き中に入り、そして、床に置いた紙を手に取り見ると優しい笑みを浮かべた。
「いい子じゃ。一人で寂しかったやろう? 直ぐに、お前さんの飼い主の所に戻してやろう」
菖蒲は紙に向かって微笑む。真司は菖蒲の隣に行くと、菖蒲が持っている紙を横から覗き込むようにして見る。そこには小さな柴犬の絵がちょこんと中央に描かれていた。
「白紙の紙に絵が……これが、あの女の子の言っていた犬ですか?」
「うむ。さて、と……部屋に戻るかの」
菖蒲が返事をすると、菖蒲は真司の脇を通り過ぎ家に入って行った。
真司は慌ててその後を追う。
「あ、待って下さいよ!」
部屋に戻ると、二人は掛け軸と捕まえた犬が描かれている紙を中心に置いて、向かい合うように座っていた。
「あの……これから、どうするんですか?」
「なに、見ていればわかるさ」
菖蒲は箱に入った掛け軸を再び丁寧に開く。掛け軸を広げた状態で、そっと床に置き、犬が描かれている紙を裏にし掛け軸に合わせた。
その途端、掛け軸がカタカタと動き始めた。
真司は口の中の唾液を飲みこみ、動く掛け軸を緊張した面持ちで見つめる。動いていた掛け軸はやがて次第に静かになり、菖蒲は完全に掛け軸の動きが静かになるのを確認すると、紙をそっと掛け軸から離した。
「あ!!」
真司の驚きの表情と声に菖蒲はクスリと笑う。
真司の知っている掛け軸には女の子だけが描かれたはずなのに、今は、女の子の傍に柴犬も一緒になって川遊びをしている絵が描かれていたのだ。
そして、柴犬だけが描かれたいた紙はというと……真司が最初に持って来た状態の何も描いていない白紙に戻っていた。
真司は、まるで手品を見ているような気分だった。
菖蒲は微笑みながら掛け軸を見ている。
「やはり、本来あるべき姿が一番微笑ましくて、とてもよいのぉ」
――その時。
掛け軸の女の子が、正面を向き真司に向かってお辞儀をした。
「っ!?」
真司は目を擦って、再び掛け軸を見る。しかし、掛け軸には何の変化もなかった。
菖蒲は、そんな真司の姿を見て静かに笑う。
「お前さんが先程見たものは、幻でもなんでもあらへんよ。この子はね、お前さんに礼を言ったんやえ。有り難うございます、ってな」
真司は少し恥ずかし気に頬を掻く。そして、自然と笑みがこぼれたのだった。
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