第3話

 ✿―✿―✿—✿―✿


 翌日、真司は昨夜の事を思い出しながら学校へと向かっていた。


(あれは、夢じゃない……よね?)


 真司は、まるで昨夜の出来事は全て夢ではないのだろうか?という感じがしていた。

 まるで夢物語を読み聞かされているような気分になっていたのだ。


(なんだか、本当に夢のような気もしてきた……)


 そう思いながら、前髪越しからチラリと電柱の下を見る。電柱の下には、小さな黒い煤のような生き物が動いていた。

 それは、どう見てもこの世の生物では無いと見てわかった。


(……やっぱり、夢じゃないんだよね)


 その物体と目を合わないように歩を進める真司。


(それにしても、あそこまではっきりと妖怪を見たのは初めてかも……)


 そう。真司は人ではないモノが見えるが、それらはハッキリと見えていなかった。

 真司の目からは、黒いモヤのような物体にしか見えていない。稀に、声も聞こえて来る時がある。


『こっちにおいで』

『楽しいよ』


 それらは、必ずそう言葉にする。もしかしたら、妖怪ではなく幽霊かもしれない。どちらにしても、真司にとってそれらはトラウマを抱えてしまった原因でもあった。

 ふと昔の事を思い出し、苦虫をかみつぶすような顔になる真司。そして、それを忘れるように頭を左右に振ると、真司はある事に気がついた。


(あれ? なんか……段々、人が賑わっているような?)


 女子学生や男子学生が楽しそうに話しをしながら自分の横を通り過ぎる。真司は首を傾げ、そんな彼らの会話に耳を傾けた。


「おい、聞いたか。なんかすっげー美人が、校門前にいるらしいで! ちょっと、行ってこよーや!」

「まじか! 通りで何か賑わってると思ったわ。てか、そこまで美人なんか〜。面白そうやし、行こ行こ!」


(すごく美人な人? そういえば……)


 "美人"というワードに、真司の脳内には一人の女性が浮かぶ。


「菖蒲さんも、すごく美人だったなぁ……」


 真司は、ボソリと呟いた。

 モデルや女優といった芸能人的な可愛い系美人なのもあるが、菖蒲にはそれ以外にも、何かを惹き付けてしまうような……とても、不思議な魅力があった。

 もちろん、芸能人みたいという表現がピッタリな人かもしれないが、もっと他に何かがあるような気がすると真司は思っていた。

 そんなことを考えていると、校門の方から「真司!」という女性の声が聞こえてきた。


「は、はい! ……って、へっ?!」


 急に名前を呼ばれ思わず返事をしてしまう。


(この声って……?!)


 真司は、自分の名前を呼んだ方向を見つめると、口をあんぐりと開けその場に立ち尽くす。それは、学校の門の前で菖蒲が微笑みながら真司に向かって小さく手を振っていたからだ。

 明るい赤ピンク地に橘(中には桜、撫子、桔梗)が刺繍されている着物を着て菖蒲は「真司~」と、真司の名前を呼んでいる。真司は慌てて菖蒲の傍まで駆け寄った。


「あ、菖蒲さん!? どうして、ここに!?」

「驚いたかえ? いやね、どうも夜まで待ってられんくてねぇ〜」


 そう言うと菖蒲は自分の右頬に手を当て「ふふっ……だから、お前さんの通う学校まで来たんよ」と、和かに言った。

 端から見ると、恥じらいながら言っているように見える。


「……………」


 真司の目は一瞬点になる。


「あれ、誰?」

「うわっ、あの美人あいつの彼女?! 羨まし~」

「あの子、可愛いなぁ」

「和服似合う人初めてみたー!」


 学生達の話し声に真司ははっと我に返る。すると、慌てて菖蒲の腕を掴み来た道を引き返したのだった。


「おやまぁ」


 菖蒲は一瞬驚くと、そう小さく呟き、真司に引っ張られるがままに小走りで歩き始めた。

 後ろの方では、密かに「愛の逃避行か?」などと言われている事を真司は知らなかったのであった。

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