第2話
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「ん……ここ、は……?」
目覚めた先には、見慣れぬ天井があった。
「えっと……?」
「おや? 目が覚めたかえ?」
「え? あっ!!」
真司の横で静かに団扇を扇いでいる女性はニコリと微笑む。真司はその女性の顔を見て、全てを思い出したかのように慌てて体を起こした。
その様子を見て、女性は真司の体に怪我がないことがわかるとホッと息を吐き微笑んだ。
「ふむ。すっかり元気になったようやの」
「あ、あなたは! それに、こ、こここってっ?!」
「〝こ〟が多いの、ふふっ。ここかえ? ここは、あやかし商店街で 私の店の中やよ」
「や、やっぱり……噂は本当だったんだ。だ、だよね……」
女性は真司の言う〝噂〟という言葉に首を傾げる。
「はて、噂? まぁ、それはええとして。つかぬ事をお聞きするが、お前さんは人間やね?」
「あ。は、はい……」
ぎこちなく返事をする真司は、ふと、女性の言葉に疑問を持つ。
(あれ?〝私の店〟という事は……この人って、もしかして妖怪!?)
そんな疑問と裏腹に、目の前の女性は困った顔で苦笑していた。
「また何で人間がこんな所に? 普通なら怖がるか逃げ出すんやけどなぁ。あぁ、でも、お前さんは気絶してたか、ふふふ。で、この商店街に何か用かえ?」
真司はその言葉に少し俯く。そして、弱々しい声で話した。
「あの……助けてほしくて」
「助けてほしいかえ?」
女性は真司の言葉に首を傾げる。真司は自分のことを少しだけ横にいる女性に話した。
「僕は……昔から変なモノが見えるんです。それでも、無視してきました。もう、関わりたくないし……。目も合わせないようにして」
そう言いながら、自分の長い前髪にそっと触れる。すると女性は「ふむ」と、呟きながら頷いた。
「それが妥当の判断やねぇ」
真司は女性を横目で見ると、俯きながら話を続けた続けた。
「それで……数日前から、家の中で泣き声が聞こえ始めたんです。……あ、正確には、庭にある物置の中からなんですが」
「泣き声かえ?」
女性は首を傾げる。真司はそんな女性を見て頷き話を続けた。
「はい。両親には聞こえないようなんで〝人〟じゃないとわかり、今まで通り過そうと思いました……。でも、その……何だか、本当に苦しそうというか。……悲しそうな泣き声だったんです。結局、無視出来なくて、声が聞こえる物置の中を探ってみたら掛け軸を見つけたんです」
「ほぉ〜、掛け軸かえ」
女性は興味深そうに頷くと真司の話に耳を傾ける。真司は、女性が自分の話を聞いてくれそうな雰囲気に内心ホッとしていた。
真司は女性に続きを話す。
「その掛け軸を広げたら、小さな女の子が描かれていました。その子は、泣きながら僕に『助けて』って言ってきたんです……」
「ふむ。それで?」
「詳しい理由を聞いてみても、その子は泣くばかりで……。それに、僕には、その子を助ける方法もわからなくて……。困っていたら、学校で噂を聞いたんです。子の正刻にあかしや橋を渡ると、妖怪の町へと繋がるって。それで、妖怪なら、きっと助けられるんじゃないかって思ったんです」
女性は、真司が橋にいた理由がわかると小さく頷き「なるほどねぇ」と、呟いた。
「やから、あの時間におったんやね。しかし、そんな噂が流れていたとは初耳やわ、ふふふ。相変わらず、人間の情報網は謎だらけやねぇ」
「最初は、その……半信半疑だったんですが――」
「半信半疑やったけれども存在するとわかった。そして、そのまま橋を渡ろうとしたから私を引き止めた。といった感じかえ?」
言い当てられ真司は気まづそうに返事をする。
「うぅ……はい。なんか、こう……ハッキリとは見えないんですけど、何かがあるのは確かだと思ったので」
「ふふふっ、なるほどねぇ。お前さんの目の力は相当強いみたいやね。つかぬ事を聞くが、お前さん名は?」
「え? あ。宮前真司です」
「宮前真司、か。ふむ、そうか……。私は、この骨董屋の店主をしている
菖蒲はそう言うと、手を畳につけ深く頭を下げた。
その所作はどこまでも美しく、真司は思わず口を開けながら菖蒲をジッと見ていた。
菖蒲は顔を上げ、ニコリと微笑む。その微笑みもまた美しく、真司は少し照れたように返事をした。
「よ、宜しくお願いします……」
「ふふっ。さてさて、真司や。その掛け軸は、今は何処に? 是非、私にも見せてほしいんやけれど」
「あ、すみません。今は、持ってないんです……」
「ん、そうか。なら、仕方あらへんねぇ」
少し残念そうに言う菖蒲に、真司は申し訳ない気持ちになる。
「あの……明日、持ってきます」
「ふむ、そうやね。そうしておくれやす。……さてと、もう時間も遅い。橋まで送ってあげるから、今夜は、はよお帰り」
「あ、はい」
そう言うと、菖蒲と真司は立ち上がり店に繋がる廊下を歩いた。
板張りの廊下を歩く真司と菖蒲。
真司が眠っていた部屋は、どうやら客間だったらしい。他にも空いている部屋がいくつかあったが、真司は廊下を歩きながら反対側を眺めていた。
左手には客間などがある和室の部屋、右手には砂じゃりで埋められ季節の花々が植えられている庭があった。
庭の中央には鹿おどしがあり、水が溜まるとカコン……と、音が鳴った。
廊下を進んだ先には和柄の暖簾が垂れ下がっている。真司は菖蒲の後を追うように暖簾をくぐる。
真司は暖簾をくぐると、その部屋をぐるりと見回した。
その部屋には、小さなレジカウンターに多彩な小物や壺、掛け軸や絵画などが置いてあったり飾られていたりしていたからだ。
どうやら、この部屋が菖蒲のお店の店内らしい。
(なんだか、小さな博物館みたいだなぁ)
そう思っていると、隣にいる菖蒲がクスクスと笑い出した。
「ここに置いてあるのが、そんなに物珍しいかえ?」
「まぁ……」
「ここにある物は、全て大切にされた物達ばかりやよ」
「大切にですか?」
「あぁ。そして、その主人が亡くなると、物達は寂しくなりやってくる。……ここはね、そんな物達が、次の主人に会うための店なんえ」
真司は菖蒲の言っている事がいまいちわからなくて、曖昧な返事を返した。
(寂しいって……物が??)
傍にある多彩な石が填められた硝子のコップと隣にある雪兎の絵が描かれている陶器をジッと見つめる真司。
(物でも寂しくなるんだ……)
「ほら、さっさと来んしゃい」
菖蒲が店の扉を開きながら言う。
真司は慌てて返事をすると、コップと陶器から視線を逸らし菖蒲の骨董屋を出たのだった。
妖怪と遭遇しないように真司に気を遣ってくれた菖蒲は、狭い路地裏を選び歩を進め、真司を『あかしや橋』もとい、あやかし橋の前まで送った。
「さぁ、帰りんしゃい」
「あの……ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
お礼を言う真司の頭を菖蒲は小さく叩く。
「気にすることはあらへんよ。ほな、また明日にな」
「はい」
真司はそう返事をすると『あやかし橋』と鉄のプレートに書かれている橋へと一歩を踏み出した。
すると、文字はゆらりと揺れ次第に『あかしや橋』へと変化し周囲は霧に包まれた。
そして、来るときは無かったと思われる朱色の鳥居がスーッと目の前に現れた。
(この鳥居の先に行けばいいんだよね……?)
辺りに霧がかかっている中、ハッキリと見える鳥居と橋の名前が彫られている鉄のプレート。
真司は振り返らず、その鳥居の中を迷わず歩く。歩いた瞬間、霧は霧散し、賑やかな商店街から鬱蒼としている風景へと変わった。
(帰ってきた……)
真司は一度だけ後ろを振り返る。後ろには、商店街の影も形も消えていた。
改めて「帰ってきたんだ」と実感すると、真司は前を向き、暗い道を歩きだしたのだった。
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