第3話 主人公、現る

「今日はもう帰っていいって、先輩たちも言ってたけど帰れそう?」

「うん、大丈夫だと思う。アユム君は?レッスン、良かったの?」

「ライブも無事に終わったし、桃子のこともあるし、今日は休みにするんだって。桃子がいないとなんにもできないんだから、俺ら」

「あはは、大げさだなぁ」

「……ま、とにかく今日は家でゆっくり休みなよ。荷物取ってくる」

「うん、ありがとう」


 なんてスムーズ。なんていい流れ。

 そりゃそうだ。初っ端から、主人公でもないのにアユム君がめちゃくちゃかわいいストーリーで、何度も読んだんだから、流れは完璧に把握済みだ。


 で、だ。

 この流れだと確かこの後……


「桃子ー!心配したよー!」

「わっ!大和やまと君、びっくりさせないでよ!」

「ああっ、ごめん、急に抱きついて。でも心配したんだからねー!」


 ドアを開けるなり私に飛びついてきたのは大和やまと陽一郎よういちろう君。このゲームの主人公的ポジションだ。


「心配かけてごめんね。でももう大丈夫だから」

「本当に!?よかったー!」


 大和君はパッと太陽みたいに笑って、再び抱きついてくる。ずっと思ってたけど、大和君ってほんと、犬みたいだよなぁ……。


「アユムから聞いたんだ、桃子が倒れたって。あいつ、めちゃくちゃ焦ってたよ」

「アユム君が?」

「うん、自分たちのせいで無理させたんじゃないかって。おれも、同じようなこと考えちゃった」

「そんなことないよ。みんなで一緒に頑張ってるんだから」


 アユム君ーーー!!!本当にいい子だなお前は!!知ってたけど!!知ってたけど!!!

 そして大和君もいい子だな!!知ってたけど!!!


 大和君の頭を撫でながら、ベッドを出る。上履きを履こうと足元を見て、気づいた。

 上履きが、無い。

 私が読んだストーリーでは、思い出す限りこんな描写はなかった。

 なんで?なんでだ?おい私の夢だろ!上履きの発注ミスか!?

 上履きがないことに焦っていると、それに気づいた大和君が笑いながら理由を話してくれた。


 上履きは私が倒れた時に脱げ、そのままらしい。

 どうやらその時、教室にはアユム君しか居なかったが、たまたま大地先輩が近くにいたのだという。

 物音を聞いて様子を見にきた大地先輩が、そのまま担いで(!)保健室まで連れてきてくれたそうだ。

 アユム君はその後ろをオロオロしながらついて歩くしかなかった。

 そんな時、レッスンになかなか現れない私とアユム君を探しにきた大和君とすれ違ったので、事の成り行きをアユム君が説明。

 アユム君はそのまま保健室へ付き添ってくれ、大和君はメンバー達にこのことを伝えてきてくれたらしい。


「桃子が倒れたって聞いた時は、めちゃくちゃびっくりしたし、心配で気が気でなかったけど、今考えたらあのアユムの姿は笑えるよなー」

「あはは、そうなの?」


 頭を抱えた。そんな話、聞いてないぞ。

ストーリーには無かった。絶対に。

 夢だからって勝手に話の余白埋めてんじゃないよ私の脳みそ!!確かにこの話読んでる時「どうやって保健室まで来たんだろうな」とは思ってたけど!

 大地先輩にどんな体勢でかわからないけど、担がれたなんて、そんな恥ずかしいことあるか。挙句、起きたと思ったらフルネームを呼び捨てにするなんて……なんて失礼な奴なんだ私は。後でちゃんとお礼を言わないと……。

 あーでもオロオロしながらついてくるアユム君可愛いなぁ、見たかったな……。

 上履きは、きっとアユム君が、後で荷物と一緒に持って来てくれるのだろう。


「桃子、今日はもう帰るんでしょ?良かったら一緒に帰ろうよ!心配だし、送っていくよ」

「あ、うん。でも今、アユム君が荷物取りに行ってくれてて」

「そっか!おれも自分の荷物取って来なきゃ。また戻ってくるね!」


 手をブンブン振りながら大和君は保健室を出て行った。元気でよろしい。


 さて、と。

 どうやらこの夢、原作のストーリー通りに進めるのでは飽き足らず、

 本編では明確に描かれて来なかった細かい部分まで、自分の都合のいいように作りあげて進めるつもりらしい。

 自分の夢ながら、強欲なオタクがすぎて呆れる。が、夢でくらい都合がよくたっていいじゃないか!と思うことにする。

 どうせ夢から醒めたら、むなしい現実が待っているんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アラサーが推しキャラと同じ学校に通う話 @enico_any

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ